伝説の存在は伝説の中にしか存在しない
見事船長に気に入られた俺達は、そのまま海賊船スカーレット号にて下働きをする……はずだったのだが…………?
「何故こんなことに……?」
「こいつはなかなかいい気分だねぇ」
俺は今、椅子に座ったレベッカ船長の横でやたらとでかい葉っぱを振って、涼やかな風を送る仕事をしている。椅子を挟んで反対側ではティアも同じ事をしているのだが、その顔にも当然ながら困惑が浮かんでいる。
「あの、船長さん? これって……?」
「ん? いやぁ、偉い奴ってのはこういうことをしてるって聞いたことがあってね。なら一度くらいは試してみようかと思ったんだよ」
「それは何とも、いいご趣味で」
「何だい、気に入らないのかい?」
ジロリと俺を睨むレベッカに、俺は曖昧な笑みを浮かべて答える。
「そういうわけじゃないですけど、まさかこんなことをやらされるとは思わなかったんで……」
海賊船の新入りの仕事といえば、甲板磨きか野菜の皮むきだ。なので俺としては足が滑るほど甲板を磨き上げたり、千切れさせずに細く長く野菜の皮を剥くことでこっそり自己満足に浸ったりする気満々だったので、この扱いには戸惑いしか覚えない。
いや、ホントに何だコレ? 力を見せたから客人扱いされるくらいの違いは想定していたけど、葉っぱで扇がされるとか意味がわかんねーぞ?
「ま、アタシもたった今思いついたことをやってみただけだからねぇ。アンタだって、自分がのした男共みたいなのに同じ事をして欲しいとは思わないだろう?」
「あー、それは確かに」
こういう感じで侍らされるのは、大抵の場合美男美女だ。腕っ節自慢のオッサンに汗を飛ばしながら扇がれるとか、なんかもうすえた臭いがしてきそうであらゆる意味で駄目っぽい。
「うわぁ、絶対嫌……」
「アッハッハッハッハ!」
ティアもそんな光景を思い浮かべたのか、露骨なしかめっ面をして耳をへにょりと垂れ下がらせている。そんな俺達の顔を見て楽しそうに笑うレベッカだったが、ひとしきり笑い終えてワインを瓶からラッパ飲みすると、一息ついてから徐に俺に話しかけてきた。
「ふぅ……で? アンタ達がここに転がり込んできた理由は何なんだい?」
「いや、だからそれは――」
「ここにはアタシとアンタ達しかいないだろう? アタシが聞かなかったことにすればそれで終わる話さ。それでもまだ隠し足りないかい?」
「……そのために、わざわざこんなことを?」
「ま、一度やってみたかったってのは否定しないけどねぇ」
なるほど、流石は荒くれの一団を率いているだけはある。ここまでされて何も言わないとなると、流石に追い出される可能性が高いな……ふむ?
「では、ここだけの話ということで……俺が言うのも何ですけど、ティアはなかなかに魅力的な女性だと思いませんか?」
「ふえっ!? え、エド、突然何よ!?」
「んー? そうだねぇ。色気は無いけど、美術品的な美しさはあるだろうね。他にも……いや、これは言わないでおこうか」
「船長さんまで!? っていうか、言わないでおこうって何!?」
「あー、はいはい。話が進まないから、それは後でな」
「エド!?」
照れと動揺と怒りが絶妙にブレンドされた表情を浮かべるティアを手で制し、俺はレベッカに話を続ける。その間も背中をべしべし叩かれているが、そこは気にしない――
「痛ぇよ! わかったから! 後で言うから!」
「むーっ! 絶対よ?」
「ったく……とにかく、そんな彼女がちょいとたちの悪いお偉いさんの目にとまっちゃいましてね。権力のある方というのは殴って解決とはいかないのが厄介でして。
とは言え、こちらもやられっぱなしじゃありません。方々の伝手を使って色々と根回しをして貰っているんですが、その結果が出る前にティアの身柄を拘束されちまうとどうしようもないんで、ここに避難させてもらったって感じですね」
「なるほど、それでアタシの船かい。確かに海の上なら追っ手も来ないし、最初っから無法者であるアタシ達なら公権力で押さえつけることもできない。
でも、それはアタシがアンタ達を売らないっていう前提があればこそだ。アタシ達は海賊。リスクを背負って大きな儲けを狙うより、あっさりほっぽりだして目の前の小銭に飛びつくとは思わなかったのかい?」
「その時はその時ですよ。見る目がなかった、運がなかったと諦めて……」
そこで一旦言葉を切ると、でかい葉っぱを片手に持ち替え、空いた手で拳を握って前に突き出す。
「アンタをぶん殴って、この船を丸ごといただくだけさ」
ニヤリと笑って言う俺に、レベッカがポカンとした表情を見せる。だがそれもつかの間、レベッカは腹を抱えて大声で笑いだした。
「クッ、ハッハッハ! いいねぇいいねぇ、若さに任せて大口を叩けるってのはいいことだ。でも、その自信があるなら何で最初からそうしないんだい?」
「そりゃその方が楽だからですよ。操船技術も無いのに船なんか乗っ取ったって何もできやしません。どうしようもなくなれば漂流覚悟でやりますけど、そうじゃないなら船長に従って甲板を磨いてる方が万倍楽です」
「なんともまあ、しょっぱい言い草だねぇ。大言を吐いたかと思えば妙に現実を見てたり、よくわかんないガキだ。いいだろう。さっきも言ったが、こっちに面倒が降りかからない限りは船に置いてやるから、安心しな。仕事はしてもらうけどね」
「お任せ下さい船長! そりゃーもうスゲー勢いで働かせていただきますよ?」
ご機嫌な様子のレベッカに、俺は気合いを入れてでかい葉っぱを振る。その後もしばらく雑談を繰り広げていた俺達だったが、丁度いい機会なので俺は前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「ところで船長、勇者と魔王の話って知ってますか?」
「何だい突然に? 勇者と魔王って言うと、霧の魔王と灯火の勇者の話かい?」
「霧の魔王? 何それ?」
「え、まさか知らないのかい!? 有名なお伽噺だろ?」
「いや、それ多分この辺だけで、内地に行くと全然聞かないんですよ。俺もこっちに来て初めて聞いたくらいで」
ティアがボロを出す前に、俺が慌ててフォローを入れる。すると一瞬驚いていたレベッカもそんなものかと小さく頷いて納得したようだ。
「そうなのかい? まあ確かに海の話だしねぇ……なら教えてやるよ。この世界の海の果てには、霧を生み出す魔王がいるんだ。で、その霧は毎年少しずつこの世界に広がっていって、このままじゃいずれ世界は霧に飲み込まれちまう。
そんな霧を晴らすのが勇者さ。灯火の剣って言うのを使って霧を晴らし、魔王を倒して世界を平和にするってのが、おおよそのあらすじだねぇ」
「へー。じゃあ今もその魔王が世界に霧を生み出してるの?」
「は? 馬鹿言うんじゃないよ。そんなのお伽噺に決まってるだろ? 確かに海をずーっと進むと霧が濃くて進めない海域はあるけど、海の上で霧なんて珍しくもなんともないしねぇ」
「ふーん。じゃあ勇者も魔王も、お伽噺のなかだけの存在ってこと?」
「常識で考えりゃ、そうだろうねぇ」
「そっか。つまりそれを探すのが今回の目的なのね」
「ん? 何か言ったかい?」
「いえ、何も」
ティアの小さな呟きにレベッカは軽く首を傾げたが、幸いにしてそれ以上何かを聞かれることもなく、その後はレベッカが飽きるまでひたすらでかい葉っぱで扇ぎ倒して……そしてその日の夜。
「さ、それじゃ色々話してもらうわよ?」
一人で寝ることすら窮屈なベッドの上で、何故か俺はティアと密着してそう問い詰められていた。




