夢幻の目覚め
今回まで三人称です。ご注意下さい。
「何だこりゃ……?」
それは円錐の底面をくっつけ合わせたような、奇妙な形の物体だった。柱というよりは槍の方が近い気がするが、その大きさは一メートル以上あり、人が手に持って使えるとは思えない。
と、そこで突然槍の表面に黒い筋が走ると、バラリと細かいパーツになって槍が崩れ落ちる。その様子にマグナが眉をひそめていると、崩れたパーツが再び結合を始め、それが見覚えのあるオオカミのような形になった。
「っ!?」
叫びそうになるのを必死に堪え、マグナは大急ぎで家の中に戻る。そのまま有無を言わさずテーブルの上のランプを消すと、妹の口を強引に手で塞ぎながら父に向かって小声で話しかけた。
「父さん、外に夜人形がいる」
「っ……」
「んんーっ!?」
期待通りに父は声を抑えてくれたが、予想通りに妹は唸り声をあげた。だが先だって口を押さえているので、大きな音は漏れていない。
「静かに上に行こう。ここよりは――」
ドスン! ドスンドスンドスン!
そんなマグナ達をあざ笑うように、立て続けに四度の衝撃が走る。それが示す事実に目をつぶりながら全員で二階のマグナの部屋に行くと、マグナはそっと木戸を押し上げて外を見る。
「…………あぁ」
その口から、絶望の声が漏れる。窓から見える範囲だけで夜人形が三体おり、ならば見えないところにもう二体いるのはほぼ確実。しかも夜人形達は、どういうわけか全員がこちらに向かってゆっくりと移動している。
(何でこっちに来るんだ!? どうすればいい!?)
「お、お兄ちゃん……」
「っ……大丈夫、大丈夫だよルルカ。きっと勇者様が助けに来てくれる」
震える妹の体をギュッと抱きしめながら、マグナは自分にも言い聞かせるようにそう声をかける。
そう、あの時と違い、今回は勇者一行が間違いなくこの村にいる。魔王すら倒した人達なのだから、夜人形に負けることなんてないだろう。
なら時間さえ稼げば、自分達は助かる……そう強く信じることで己を奮い立たせるマグナだったが……
ガタン! バキン! ギシギシギシ――
「きゃ……」
「叫ぶな! ごめん、ルルカ」
「ふぐぅぅぅぅぅぅぅ」
階下から聞こえる破砕音に妹が叫びそうになり、マグナが妹の顔を自分の胸に押し当てて声を押さえ込む。今にも泣き叫びそうな妹の顔に、マグナもまた歯を食いしばる。
(駄目だ、駄目だ。これじゃ、このままじゃ……………………)
「……マグナ、よく聞いてくれ。父さんが時間を――」
「いや、それは俺がやるよ」
意を決した父の言葉を遮り、マグナは妹を父に押しつけてから部屋に飾ってあった剣と鎧を身につけていく。安物であり偽物であり、借り物であるはずの武具は、何故か妙にしっくりとマグナの体に馴染んだ。
「どうだルルカ? 兄ちゃんは勇者様みたいだろう?」
「……………………」
「だから大丈夫。お前のことは兄ちゃんがきっと守るから」
「……いや、待って。お兄ちゃん!」
「父さん、後は――頼んだ!」
「お兄ちゃぁぁぁん!!!」
叫んで手を伸ばす妹を振り切って、マグナは部屋から飛び出し一気に階段を駆け下りた。するとそこにはオオカミ型の夜人形が二体、まるで臭いを嗅いでいるかのようにフンフンと鼻を鳴らして家捜ししている姿がある。
「こっちだガラクタ共! 勇者マグナが相手をしてやる!」
それを無視して叫びながら、マグナは家を飛び出す。そこには追加のオオカミ型が二体と、おまけに人型が一体いる。
「人型……っ!? は、ははは。上等だ! みんな纏めて倒してやるさ!」
腰の剣を抜き、マグナが手近なオオカミ型に斬りかかる。だが剣の覚えなどないマグナの一撃はあっさりとかわされ、逆に剣を口で受け止められて遠くに弾き飛ばされてしまった。
「くそっ、やっぱり格好だけじゃ駄目だよなぁ……でも、まだ!」
今にも腰が抜けそうな程に怖いはずなのに、何故か冷静さを保っている自分に、マグナは内心で首を傾げる。
これならもう少し……勇者様が来るまでくらいは時間を稼げる。そんな風に考えるマグナだったが……現実はマグナが思うよりも厳しかった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「っ!? ルルカ!」
叫び声に振り返ると、妹を口にくわえたオオカミ型の夜人形が、マグナの部屋の窓から飛び出して来た。その体に必死に父が追いすがっていたが、着地に合わせて振り落とされると低いうめき声を上げて動かなくなる。
「いやぁぁぁ! お父さん! お兄ちゃん!」
「待ってろルルカ! 今助け――ぐはっ!?」
駆け出そうとするマグナの体を、先程剣を奪い取ったオオカミ型の夜人形が体当たりで吹き飛ばした。鎧を着ていたおかげで致命傷にはならなかったが、それでも衝撃で目を回し情けなく地面に転がるマグナの前で、妹をくわえる夜人形の無機質な顔がニヤリと嗤ったように見える。
(何故こんなことが起こる? どうして世界はこんなにも理不尽を押しつけてくるんだ?)
今にも噛み砕かれようとする妹。だがマグナの頭には、不思議と真っ二つに切り裂かれる妹の姿が浮かんだ。
(俺はまた何もできないのか? あの時のように、ただ奪われるのを見ているだけなのか?)
たまたま助けられた自分に、何も守れなかった自分が重なる。二つの過去が交錯し、マグナのなかに決意と覚悟が満ちていく。
(違う、そうじゃない。俺にはできるはずだ。勇者が魔王を倒したというのなら……夜人形なんかに負けるはずがない!)
空に輝く満月の優しい光が、マグナの体をふわりと包み込む。痛みが遠のき意識がぼやけ……別の世界で魔王を倒した真の勇者の記憶が、ほんの一時魂を燃やす。
(俺は、俺は……この世界を守るために、外からやってきた理不尽に立ち向かう!)
――『ああ、今こそ目覚めの時。勇者よ、世界をあるべき姿に戻せ』
どくんと、心臓が跳ね上がった。マグナの全身に、これまで感じたことのない……だが何処か懐かしい力が満ちてくる。
「輝け、『銀月の剣』!」
突き出した手から、月の光を集めた剣が伸びた。それは「銀月の剣団」の名の由来となった、真の勇者だけが振るえる絶魔の剣。輝く刀身に貫かれた夜人形はいかなる抵抗も許されず一瞬にして朽ち果て、崩れ落ちる錆の塊をクッションにルルカの体が大地に落ちる。
「ぐっ、あっ…………」
然れど、それは月が見せた泡沫の夢。あり得ざる世界から夢幻を引き出した奇蹟の代償に、マグナの意識が闇へと沈んでいく。
「だめ、だ。まだ…………」
敵は残っている。今気絶しては何の意味もない。何とか耐えようとするも、今のマグナは勇者ではなく、ただの農民。そこには何の力もなく、奇蹟は二度も続かない。
だが、それで十分。たった一度しか起きないからこそ奇蹟であり……たった一度で十分だからこそ、奇蹟なのだ。
「おっと。後は任せろ」
気絶して倒れ込むマグナを、風のように現れた青年が抱き留める。事情の把握はこれっぽっちもできていなかったが、やるべき事に迷いはない。
「まったく、俺がちょっといない間に、残りカス如きが好き放題やりやがって……だが、これで『終わり』だ」
終焉を告げる魔王の宣言は、ただ一太刀で世界全ての理不尽をねじ伏せるのだった。




