歓迎される来訪者と、歓迎されぬ侵入者
本日より三話ほど三人称です。ご注意下さい。
「フフフ……」
白銀の鎧を身に纏い、母の形見である姿見に自分を映したマグナが、ちょっとだらしない笑みを浮かべて小さく笑う。それはこの鎧を預かるようになって一ヶ月ほど経った最近のマグナの日課であり、朝の大事な儀式だ。
というか、このためだけにそれまで妹の部屋に置いていた姿見を貸してもらい、朝もいつもより半鐘分(一時間)ほど早起きするようになったのだが、その顔に疲労が浮かぶことはない。むしろツヤツヤである。
「ああ、格好いいなぁ……安物って言ってたけど、幾らくらいなんだろう?」
鏡に映る己の姿に、マグナは今日もうっとりと見とれてしまう。何なら昔からこの鎧を身につけて戦っていたような錯覚すら浮かぶほどに気に入り、買えるものなら自分も買いたいと思ってしまっているほどだ。
「……次にエドさんに会ったら、ちょっと聞いてみようかな」
「あーっ! お兄ちゃん、またそんな格好して!」
と、そんな世迷い言を口にした瞬間、マグナの部屋の扉が乱暴に開かれ、そこから顔を出した妹のルルカが、責めるようにそう声をあげる。
「ルルカ!? 何だよ突然! 扉を開けるなら、せめてノックくらいしろよ!」
「何がノックよ! さっきから散々呼んでるのに、返事もしないのはそっちでしょ!」
「へ!?」
言われて、マグナは慌てて窓の外を見た。差し込んでくる光の加減からすると、確かにそろそろ朝食の時間だ。
「ご、ごめん。聞こえてなかったかも……」
「まったくもー! 次返事しなかったら、姿見を返してもらうからね!」
「それは!? か、勘弁してくれよ」
情けない笑みを浮かべつつ、マグナは丁寧に鎧を脱いでいく。そんな自分をジッと見つめる妹の姿を見て……不意にマグナの目から、ポトリと涙が零れた。
「えっ!? ちょっ、お兄ちゃん、何で泣くの!?」
「え?」
「いくら何でも泣くことはないでしょ!? わかったわよ、もうしばらくお兄ちゃんの部屋に置いておいていいから――」
「いや、違う。そうじゃなくて……何だろ? 何で急に涙なんて……?」
自分でも出所の分からない涙に、マグナは困惑しつつも目元を拭う。その時ふと浮かんできたのは、胸を締め付けるような切なさと、これ以上ないほどの温かな気持ち。相反するその感情に揺さぶられ、マグナはぽつりと言葉を漏らす。
「……何か、幸せだな」
「……えぇ? ちょっとお兄ちゃん、本当にどうしたの?」
「どうってわけじゃないけど、何かこう……突然そんな気がしたんだよ」
「何よそれ。まあ確かに、今はそれなりに幸せだと思うけど」
「そう、だな。うん。幸せだよな」
母親こそ亡くなってしまったが、父も妹も元気でいるし、食うに困らない仕事もある。子供の頃の夢こそ叶わなかったが、それでも十分以上に満ち足りた日々。そんな地に足の着いた幸せが、ほんの一瞬ふわりと浮かび上がってしまったような気がしたが、すぐにそんな勘違いもマグナの中から消えてなくなる。
「変なお兄ちゃん。ほら、いいから早く着替えて下りてきて! お父さん待ちくたびれてるわよ!」
「ああ、ごめん。すぐ行くよ」
だからこそ、マグナは妹の言葉に素直に謝罪すると、丁寧に鎧を脱いであるべき場所へと収納し、階下に下りて食事を済ませた。その後はいつも通りに父と共に畑に出て仕事をしていたのだが……
「……? なあ父さん。何か村の方が騒がしくない?」
静かな村のなかから、人の喧噪のようなものが聞こえる。五年前の襲撃を思い出して若干顔色を悪くするマグナに、マグナの父レクスも顔を上げて村の方を眺める。
「そうだな、確かに……マグナ、お前は村に行って様子を見てこい。俺は念のために家に帰って、ルルカの側にいる」
「わかった」
不安を抱いたのはマグナだけではなかった。父の言葉に神妙に頷くと、マグナは村へと早足で戻っていく。すると徐々に聞こえてくる声は大きくなり……しかしその騒ぎの元は、マグナの想像とは真逆の存在だった。
「勇者様バンザーイ!」
「レイホルト様ー!」
「えっ、嘘だろ!? 勇者様!?」
村の入り口に出来た人だかり。その向こうにいたのは、輝く鎧に身を包む勇者レイホルトとその仲間達だ。それに気づいたマグナは、慌ててそちらに駆け寄っていく。
大きな町なら近づけないほどの人だかりができていたことだろうが、幸いにしてここは小さな村であり、程なくしてマグナは通りを歩く勇者レイホルトのすぐ横まで辿り着くことができた。
(うわ、うわ! 本物だ! 本物の勇者レイホルト様だ! それにお仲間の二人も!)
背中に大きな斧を担いだ重戦士バルゴと、まるで少女のような顔立ちをした天才術士のエルン。そしてその二人を従えるように先頭を歩くのは、柔らかく波打つ輝くような金髪と、太陽のように輝く瞳を持った精悍な顔立ちの青年。勇者レイホルトの勇士に、数少ない村の若い女達のみならず、ご婦人や老女までもが黄色い声援を送っている。
「これはこれは、勇者ご一行様! このような辺鄙な村に、よくぞおいで下さいました」
と、そこで通りの奥から、村長のロハスがやってきた。満面の笑みを浮かべてそう告げると、レイホルト達が足を止めて話しかける。
「やあ、どうも。貴方がこの村の村長様ですか?」
「はい、村長のロハスと申します。勇者様には五年前にもここでお会いしているのですが……」
「あー……申し訳ない」
「仕方ないのです。レイホルト様が立ち寄った村は、それこそ数え切れない程なのですから、その全てを覚えているはずがないのです」
軽く顔をしかめるレイホルトに、エルンがそうフォローを入れる。そしてその言葉に、ロハスもまた苦笑を浮かべて答える。
「ははは、確かにそうですな。ですが我らからすれば、この村を救っていただいた感謝を忘れたことなど一日としてありません。村を救っていただき、本当にありがとうございました」
「私は勇者ですから、魔王の脅威から人々を守るのは当然ですよ。とは言え、その感謝は受け取りましょう」
「重ね重ねありがとうございます。それで勇者様、本日はどのような御用事で?」
「いえ、特に用事ということではありません。魔王の残党を退治する旅の途中で立ち寄っただけです。
ただ、私も仲間達も旅の疲れがありまして……もしよければ、今夜一晩ほどは何処かに泊めていただけませんか?」
「勿論ですとも! 丁度我が家の部屋が空いておりますので……すぐに片付けますので、後ほどおいで下さい。ここをまっすぐ歩いた先の、一番大きな家ですので」
「わかりました。お手数をかけます」
「いえいえ、とんでもない! 何もない村ですので大したおもてなしもできませんが、どうぞごゆっくり旅の疲れを癒やしてください」
そう言って一礼すると、ロハスが慌てて家に戻っていく。空いている部屋とは、勿論エド達に貸している部屋のことだが、ちょうど今、エド達はこの村にいない。薬草探しも大詰めらしく、調査の為に数日外で泊まり込むと言って昨日村を出ていったからだ。
(うわ、エドさん達、運が悪かったなぁ。あと一日出発が遅ければ、勇者様を直接見られただろうに)
悠々と目の前を歩く本物の勇者を前に、マグナはふとそんな事を考える。あんな鎧を手に入れるくらいだから、エドが自分と同じかそれ以上に勇者レイホルトに憧れていることは想像に難くない。ならばこそその間の悪さには思わず同情してしまう。
(ふふふ、帰ってきたら自慢しようかな)
少しだけ悪い笑みを浮かべつつ、マグナは勇者達に背を向けて家へと戻っていく。本当はもっと見ていたいし話もしてみたかったが、村長に招かれている客人を自分勝手に引き留めて話をしたりしない程度には、マグナも大人の礼節が身についていたからだ。
そうして帰宅すると、そこで待っていた父に事の子細を告げると、父と妹がホッと胸を撫で下ろし、「自分も勇者を見たかった」と騒ぎ出す。そんな一幕がありつつもマグナ達はいつも通りの日常に戻り、仕事を終えて夕食を食べ……そして夜。同じ村に勇者がいることに興奮したマグナがいつもより念入りに鎧を磨いてから眠りについた頃。
カタカタカタ…………
村長に借りた部屋で眠るレイホルト。その背嚢から小さな音が漏れ……次の瞬間、村長宅が轟音と共に崩れ去った。




