子供はいつか大人になるが、男はいつまで経っても男である
「うぉぉぉぉ!? エドさん、それは……っ!?」
「フッフッフ。どうです? 凄いでしょう?」
村を出てから、二週間。戻ってきた俺の姿を見て、畑から出てきたマグナが驚愕の声をあげる。それもそのはず、今の俺は物理的に光り輝いているからだ。
「まさかそれ、勇者様の!? 一体どうしたんですか!?」
「仕事の報酬でもらったんですよ。まあそっくりに作られた偽物ですけど」
「ははは、それは勿論そうでしょうけど、でもこの再現度は……はぁぁぁぁ……」
ドヤ顔でポーズを決める俺に、声を震わせるマグナが近づいてくる。ふむ、この反応なら大丈夫そうだ。
結局というか当然というか、俺がアントラの町に滞在している間に、勇者レイホルトと出会うことはなかった。なので俺は、レイホルトがどんな格好をしているのかを知らない。
が、開拓者協会から受け取った資料によれば、レイホルトが旅をした道程はマグナが辿った足取りと大筋では違わないことがわかった。ならばおそらくレイホルトが身に付けている聖剣やら聖鎧やらはマグナと同じだろうと踏んで、一周目にマグナが身に付けていた武具を再現したのがこれである。
ちなみに、本当に「形だけ」でいいのであれば、「半人前の贋作師」を使えば一瞬で作り出すこともできた。それをわざわざルナメタルの武具を溶かして剣と鎧に打ち直したのは……まあ俺の拘りというか、感傷故だ。たとえ使われることがなかったとしても、勇者マグナの手に渡るなら、それをただの紛い物にはしたくなかったのである。
「どうです? マグナさんも着てみますか?」
「えっ!? いやいや、でもそれは…………いいのかい?」
「勿論」
たっぷりと期待の籠もった目で見てくるマグナに、俺は笑って頷く。むしろそのために用意したのだから、ここで素っ気ない態度を取られたりしたら俺の方が困るくらいだしな。
「あ、私が手伝うわね」
鎧を脱ごうとした俺を、ティアが手伝ってくる。一人で着脱できるようにはしてあるが、当然手間はかかる。俺はティアと手分けをして鎧を脱ぎ、それを受け取ったマグナがワクワクした顔で身に付けていく。
「お兄ちゃん、私が着るの手伝おっか?」
「いや、いい。俺にやらせてくれ。なるほど、これがこっちで……?」
「はーい……って、聞いてないし。お兄ちゃん、子供みたい」
「フフッ、男の人はみんな、幾つになってもそんなものよ?」
もたつきながらも輝く鎧を身につけていくマグナの姿に、ルルカが呆れた視線を、ティアが微笑ましげな笑みを浮かべる。そんな俺達に見守られながらも、マグナは何とか鎧を着込み、その腰に剣を下げた。
「どう、かな?」
「うわぁ、凄い! お兄ちゃん格好いい!」
「本当、よく似合ってるわ。ね、エドもそう思うでしょ? エド?」
「……っ。あ、ああ。そうだな」
照れた顔で立っていたのは、あの日見た勇者マグナそのものだった。いやまあ、本人なんだから当たり前だが。だがその当たり前は失われていたはずで……だからこそ俺はあり得ない懐かしさに一瞬息を詰まらせてしまう。
「よく似合ってるぜ、マグナさん。あ、でも、剣は抜かない方がいいかな? それ、ちゃんと切れるから」
「え、そうなのかい!? でもほら、気をつけるから、構えるくらいは……」
「俺かティアが見てる時なら、いいですよ」
「そうかい? じゃあ……おぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
スラリと……とはいかず、カチャカチャと音を立てて抜き放たれた銀色の剣は、太陽の光を浴びて美しく輝いている。その刀身に見惚れるマグナの腰が引けているのはご愛敬だ。
「はー、凄い。本当に凄い……ありがとうございますエドさん。一生の思い出になりました」
「それはよかった……あー、でも、そうですね。そういうことなら、一つお願いがあるんですけど」
「? 何でしょうか?」
「その剣と鎧を、マグナさんのところに置かせていただけませんか?」
「…………は?」
俺の申し出がよほど予想外だったのか、マグナの動きが一瞬止まる。その数秒後に我に返ったマグナが口にするのは、必死の否定だ。
「いやいやいやいや、無理に決まってるじゃないですか! こんな高価なもの、とてもじゃないけど預かれないですよ!」
「その辺はご心配なく。確かに見た目は高そうですけど、実際にはそこまで高価な品というわけじゃないですよ。そもそもマグナさんにお貸ししてるくらいですし」
「うぐっ、それはまあ……」
無論、これは嘘だ。ルナメタルで作った剣と鎧は、一般的な農民では人生を何度かやり直しても買えないくらいに高価である。が、そんなことを馬鹿正直に告げれば、マグナは触れることすらしなかっただろう。
「それにほら、俺達は村長さんの家に部屋を借りているでしょう? でもあそこは本来行商人の方とかにも貸してる部屋ですから、俺達だけがずっと占拠しているわけにもいかないので、そういう大きい物は置いておきづらいんですよ。
なので、俺達がこの村で仕事をしている間は、マグナさんのところで預かってもらえればと思ったんですが……あ、勿論手間をおかけする分お金は払いますし、何なら預けている間は好きに着てもらっていいですよ?」
「これを……好きに……っ!?」
「ちょっ、お兄ちゃん、本気!? こんなでっかいもの家に持って帰ったら、お父さんに怒られるよ!?」
「それは……ほら、あれだよ。俺の部屋に置けば……」
「部屋って、部屋の何処に置くの? その辺に転がしておいたら蹴っ飛ばしたりして危ないよ?」
「足下になんて置くわけないだろ! でも確かに、何処に置けば……」
「あ、なら俺が鎧架けを作りましょうか? 預かってもらうわけですから、そのくらいならすぐ作りますよ」
「いいんですか!?」
「え、ええ。勿論」
食い気味に顔を近づけてくるマグナに、俺はちょっとだけ背中をのけぞらせながらも笑顔で答える。するとマグナがガッシリと俺の手を掴み、キラキラした目で見つめてくる。
「じゃ、じゃあその……預からせてもらっても……?」
「お願いできますか?」
「はい! 毎日毎日、朝と晩にピカピカに磨かせていただきます! あ、でもこれ、手入れの仕方とかは農具と同じじゃ……」
「あー、そうですね。ならその辺も簡単に教えますし、手入れ用の道具もお渡しします」
「ありがとうございます!」
「お兄ちゃん……」
「男の人はね、みんなこんなものなの」
そんな俺達の隣からはさっきと同じ呆れ声と苦笑が聞こえてきた気がするが、そこは気にしない。立場が逆なら、俺もスゲー興奮するだろうし。
「いやでも、これ本当に凄いですよね。金属鎧なのに思ったよりも全然動きやすいですし……なあルルカ、これで畑仕事とかしたら――」
「駄目に決まってるでしょ! お父さーん! お兄ちゃんがー!」
「何だ、さっきから随分と騒いで……おぉぉ!?」
と、そこでルルカの呼び声に応え、畑の奥から二人のお父さんがやってくる。だがお父さんはマグナの姿を見ると、さっきのマグナそっくりの表情で大げさに驚きの声をあげた。
「おいマグナ、それ、どうしたんだ!?」
「凄いだろう父さん? これ、勇者様の武具を模して作ったやつなんだって。今日から俺の部屋で預かることになったんだ」
「何!? 何でそんな……というか、お前預かり物を着てるのか!?」
「うん、そうだよ。好きに着たりしてもいいって言ってもらってるから」
「なん……だと……!? と、ということは。ということは、だぞ? 俺も……俺もそれを着たりしても……?」
「えっ!? えっと……エドさん?」
「ああ、構いませんよ。ちゃんとした金属製なんで、多少なら雑に扱ってもへこんだり傷ついたりはしないでしょうし。意図的に傷つけようとするとかでなければ、気楽に触れてもらっても問題ないです」
「そ、そうなのか! ならほら、マグナ! お前さっさと脱げ!」
「嫌だよ! 俺だってさっき着たばっかりなのに!」
「お前、そこは親孝行をするべきところだろう!」
「ここは全然そうじゃないって!」
「ねえティアさん。男の人って……」
「そうよ。幾つになっても……親になったって同じなの」
言い争うマグナと父親の姿に、ティアとルルカが三度、しみじみとそう呟くのだった。




