名声と平穏、どちらが尊いかは人によって違う
その後、俺達は約束の五日の間に、きっちりでかい獲物を三匹仕留めた。普通の狩人なら五日で三匹は相当な苦労なんだろうが、俺の「失せ物狂いの羅針盤」とティアの精霊魔法が組み合わされば、この程度は楽勝である。
その気になればもっと狩ることもできたんだが、食べきれないほど獲物を獲っても無駄になるだけだし、普通の獣は魔獣と違って減りすぎると数が戻らなくなってしまう。人を襲う危険なものであったとしても、必要以上に狩ってはいけないというのは基本的な知識であり、つまらない自己顕示欲のためにそんなことをするほど俺もティアも馬鹿ではないのだ。
ということで、何の問題もなく訪れた慰霊祭の当日。村の中央広場にて一堂に会した村人を前に、村長のロハスが静かな口調で語り始める。
「本日こうして、魔王の犠牲になった者達を悼む慰霊祭を開催できることを、心から嬉しく思います。
死者を悼むことができるのは、偏に我らの生活に余裕があるからです。そしてその余裕があるのは、死した者達がその命を賭して我らを守ってくれたからに他なりません。まずは亡くなった者達に、祈りを捧げましょう」
その言葉に、全員が静かに目を閉じ祈りを捧げ始める。俺とティアからすると顔も名前も分からない相手ではあるが、ならばこそ誰でもなく全ての死者に、ただ静かに祈りを捧げる。
「……はい。では、これにて死者への鎮魂の祈りは終わりです。後はこの世界を救って下さった勇者様と、英霊になり損ねたとぼやくオスカーさんのような人達に感謝を捧げつつ、皆でのんびり酒と食事を楽しみましょう!」
「おいおい、そういうこと言うなよ村長!」
村長の言葉に、俺達に村の入り口で誰何してきた男性……オスカーが声をあげる。すると村人の間にどっと笑い声が漏れ、それを機にしんみりとしていた空気が一転、皆が思い思いの場所に陣取ると、用意された料理や酒を手に騒ぎ始めた。
となれば、当然俺とティアもそこに混ざる。できればマグナのところに行きたいが、最初は礼儀を通すべく村長のところだ。
「どうもロハスさん。いい演説でした」
「ああ、エドさん。ははは、お恥ずかしい。あまりこういうのには慣れていないので、冷や汗が止まりませんでしたよ」
「あら、そうなんですか? 村長さんなら話す機会は沢山ありそうなのに」
そう言って首を傾げるティアに、ロハスが少しだけ俯いて苦笑する。
「確かにそうなんでしょうが……私が村長になって、まだ五年しか経ってませんから」
「えっ、それって……」
「ええ、先代村長……私の父が、一人でも多くの村人を逃がすために、アントン……先代の警備を担当してくれていた人と一緒に夜人形に立ち向かったんです。
まったく、何が『お前みたいな若造に任せられるか!』だよ。俺ならもっと機敏に立ち回って、そうしたら……」
「ご、ごめんなさい。私、知らなくて……」
「いえ、いいんです。今の村の様子を見れば、きっと父も浮かばれますよ。簡素とはいえ、こうして慰霊祭を開けるほどに復興したわけですから」
「そうですね。本当に凄いと思いますよ」
当時の被害が具体的にどのくらいだったかは知る由もないが、それでも今の村人に怯えや困窮が広がっていないのは、間違いなくロハスが頑張ったからだ。誰かを癒やし、励まし、導ける人のことを、俺は心から尊敬する。
「さて、それじゃ私は少し皆のところを回ってきますから、エドさん達はゆっくりと楽しんで下さい」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます、村長さん」
一礼して去って行くロハスを見送り、俺達は酒の入ったジョッキを手に広場を見回す。義理を果たした以上、次に会うべき人は当然……お、いたな。
「どうも、マグナさん」
「あ、エドさん。どうも」
「ティアさんだー! こんにちは!」
「ふふ、こんにちはルルカちゃん」
兄妹の二人で料理を食べていたマグナ達に近づき、俺達は声をかける。町中なら当たり前にある交流がほぼ無い現状では、この慰霊祭は絶好の機会だ。これを逃すと、下手すりゃ次の収穫祭まで挨拶するだけの関係が続いちまうからな。
「打ち直した道具の調子はどうですか?」
「ええ、素晴らしい出来ですよ。今まで引っかかって刈りづらかった草なんかが、何でもスパッと切れて……父も喜んでました」
「お鍋もいい感じです! 火の通りにムラがなくなった感じで」
「ははは、そいつはよかった。また何かあったら言って下さい。この村にいる間は、いつでも修理や手入れをしますから」
「ありがとうございます」
「……ところで、マグナさんはずっとこの村に住んでいるんですよね? ということは、五年前の襲撃の時も?」
軽い話題から入って、俺はそれを口にする。普段なら不躾な質問だが、慰霊祭という今日この日であれば許されるはずだ。実際マグナは少しだけ表情を曇らせつつも、俺の話に乗ってきてくれる。
「そう、ですね。あれは本当に怖かった……夜中に突然叫び声が聞こえて、様子を見に父が家を出て行くなか、自分は起きてきた妹と一緒に家の中で待っていたんですが、なかなか父が戻らなくて……我慢できずに自分も家の外に出ると、そこには銀色の化け物がいたんです」
近くの木柵の上に腰を下ろし、マグナがゆっくりと話し出す。俺がその隣に座ると、こちらを見ることなくマグナが話を続けていく。
「当時自分は一七で、分不相応にも『銀月の剣団』に憧れていたんですが……駄目ですね。本物の夜人形に出会った瞬間、怖くて体が全く動きませんでした。全力疾走してきた父が自分の体を突き飛ばさなかったら、きっとあの時に自分は死んでいたと思います」
「それ、お父さんは大丈夫だったんですか?」
「ええ、何とか。ただ大きな物音を聞いた妹が家から出てきてしまって……自分を庇って背中に怪我をした父と、父に押し倒されて動けない自分。更にそんな自分達を見て叫び声をあげる妹の前には、獲物を狙う夜人形……絶望とはきっと、ああいう状況のことを言うんでしょうね」
「……それは、よく助かりましたね?」
少し離れたところで楽しげに話しているティアとルルカの方に視線を向けつつ、俺はマグナに問う。こうして本人から話を聞いているのでなければ、間違いなく全員死んだと判断するところだ。
だがそんな俺の問いに、何故かマグナの表情がパッと輝く。
「勇者様がね、来てくれたんですよ! 白く輝く鎧を身に纏った勇者レイホルト様が風のように現れて、その手に持った勇者の剣で、夜人形をあっという間にバラバラにしてしまったんです!
凄かった、本当に……ああ、これが勇者なんだと、それまでの恐怖すら忘れて興奮したのを覚えています」
「レイホルト様、格好良かったよねー、お兄ちゃん」
と、そこでルルカがこっちにやってきて、会話に加わってくる。夜人形に襲われた思い出となれば恐怖に顔が引きつるようなもののはずなんだが、ルルカが浮かべているのは憧れと羨望の笑顔だけだ。
「あんなキラキラした人に助けられるなんて、一生の自慢だよ! それに比べてお兄ちゃんは……」
「無茶言うなよルルカ。俺が勇者様みたいになれるわけないだろ?」
「えー? でも、お兄ちゃんだって昔は『銀月の剣団』に入りたかったんでしょ? 私てっきり、助けられた興奮でお兄ちゃんが家を飛び出して『銀月の剣団』に入ろうとするんじゃないかって思ったんだけど」
可愛らしく小首を傾げるルルカに、しかしマグナは少しだけ寂しそうな顔で首を横に振る。
「……いや、無理さ。むしろあの一件で、俺には戦いは無理だってわからされた。俺には畑を耕してるのがお似合いだよ」
「まあ、そうよね。お兄ちゃん、喧嘩とかすっごく弱そうだし」
「ははは……」
苦笑するマグナの顔には、諦めはあっても悔しさは感じられない。つまりは戦えないと称されることを、自分の中で受け入れているということだろう。
そしてそんなマグナが、ルルカの頭を優しく撫でる。
「いいかいルルカ。戦うことだけが人を救うことじゃない。勇者様だってお腹が空いたら力が出ないだろう? だから俺や父さんが畑を耕し作物を作ることは、きちんと勇者様の助けになってる。俺はそれで十分に満足だし、そうできることを誇りに思ってるよ」
「そっか。別にいいんじゃない? 私としてもお兄ちゃんが危ないことをしないでいてくれるのは安心だし」
笑顔で語り合う兄と妹。その光景は美しく平和で……だというのに少しだけ寂しさを感じてしまったのは、きっと俺の我が儘だろう。




