誰も証明などできないが、それでも言葉は事象を引き寄せる
「……とまあ、そんなことがあったんだよ」
話を終え、俺はポスンと近くのベッドに腰を落とす。本来ならとっくに出掛けている時間だが、もう急ぐような気分でもなくなってしまったのだ。
にしても、不思議なもんだ。主観ではもう一〇〇年どころじゃないくらい昔のことだっていうのに、俺の頭にはあの夜のことが鮮明に浮かび上がってくる。そういや、あいつらはどうしたんだろうな? レイホルトとかいう今の勇者と一緒に旅をしてるのか、それともどっかで平和に生きてるのか……機会があったら調べてみるのもいいかもな。
「そう、なの……じゃあこの世界では、村は襲われてないってこと?」
と、そんな事を考える俺の横に、ティアもまた腰を下ろして話を続けてきた。その問いに俺は軽く考えながらも一応頷く。
「多分な。一周目と同規模で襲われてるなら、そもそも村が残ってるはずがない。が、村長さんを始め、この村には年寄りが普通にいるだろ? つまり襲われたという事実そのものがないか、あるいは襲われたとしてもほとんど犠牲を出さずに撃退できたんだろう。
まあその場合、誰がそうしたのかとか、襲撃の規模は同じだったのかとか、疑問は色々あるんだが……それを詳しく聞くのはなぁ」
昔語りの一環として話を聞くことはできるだろうが、あまり詳細を尋ねるのは難しい。本当に一切の被害なく解決できたと確認できているなら別だが、大怪我や少数の死人が出ていた場合、興味本位でそんなことを聞いたとなれば非難されて然るべきだ。
というか、これもやっぱり機会だ。一緒に酒でも飲んで思い出話をするような状況を作れれば聞けるんだが……あー、くそっ。マジで何かねーかな?
「祭……いや、余所者が提案できる内容じゃねーよな。村中の皆が羽目を外せるほど大量の獲物や酒の調達……も、そうなる理由が思いつかん。後は……結婚式とか、か?」
この手の村で催される祭事と言えば、収穫祭と結婚式だ。娯楽の少ない場所だからこそその手の祝い事は盛大に……勿論村レベルでだが……行われ、ふらりと立ち寄った余所者ですらそういう日には酒と料理にありつけたりする。
が、当たり前の話として、結婚式なんてそう都合良くあるはずがない。この二ヶ月ほどで見た限りでは、すぐに結婚しそうな人達もいなかった。
「なら、いっそ私達が結婚しちゃうとか?」
「いや、それはきついだろ」
見知らぬ村で結婚するなら、そこに腰を落ち着けるつもりがあるということだ。だが俺達がここにいるのはあくまでも仕事のついでという体であり、わざわざここで暮らす理由がない。
せめてもう数年暮らしているなら話も違うだろうが、二ヶ月でここを生涯の定住地と決める理由など、それこそ俺には思いつかなかった。
「何よ、私と結婚するのがきついの?」
「ちげーよ! そうじゃなくて……ってか、わかってて聞いてるな?」
「さあ、何のことかしら?」
ニヤニヤ笑いながら俺の頬を突くティアの手を振り払い、俺はベッドから立ち上がる。流石にそろそろ起きないと、村長夫婦にあらぬ誤解を与えかねない。
「ほら、馬鹿なこと言ってねーで、そろそろ村に出るぞ。今日は休みの日だから、しっかり顔を繋いどかねーと」
「はいはい、わかってるわよ。こういうのは日々の積み重ねが大事だものね」
微妙な気まずさをそのままに、俺は今度こそ部屋の扉を開いて階段を下りていく。するとそこでは村長であるロハスが、奥さんのアンナと一緒にのんびりとお茶を飲んでいた。
「おはようございますロハスさん。それにアンナさんも」
「おはようございます」
「おはよう、エドさん、ティアさん。今日は随分とゆっくりでしたね?」
「いやぁ、それは……」
「あら、貴方。そんなことを言うものではありませんよ? 若いお二人なんですから、そういうこともあるでしょう?」
「いや、俺とティアは、そんな――」
「ふふ、大丈夫ですよ。この家は音が漏れないようなしっかりした作りになってますから。ですよね貴方?」
「まあ、そうだな。と言ってもそれは、やってきたお客さんに静かに過ごしてもらうためで、別にそういう目的ではないんだが……」
「いいじゃありませんか。聞いても聞かれても、いいことなんてありませんもの。そうでしょう?」
「お前、それは……あはは、申し訳ない」
「いえ、気にしないでください」
アンナからの艶を感じさせる流し目を受けて、村長のロハスが苦笑する。ちなみに村長とその奥さんは、二人とも同い年の三八歳らしい。子供は息子が一人で、成人と同時に俺達が来たことになっているアントラの町に出稼ぎに行っている。小さな村だからこそ、将来後を継いで村長になるなら町の人達との人脈が重要なのだそうだ。
にしても、同い年なのに若々しい奥さんと、ちょっとくたびれて見えるロハス。そして今の会話からすると……確かにこの家の防音はしっかりしているようだ。毎晩ぐっすり寝ている俺の耳に届くのは、ガタガタと木戸を揺らす風の音くらいだからな。
「二人とも、何か食べる? ちょっと時間がずれちゃったから、朝食はもう片付けてしまったのだけれど」
「あ、調理場をお借りできれば、私が作ります!」
「あらそう? ならせっかくだし一緒にお料理しましょうか。そうすれば私達のお昼も一緒に作ってしまうから」
「わかりました! エド、それじゃちょっとお手伝いしてくるわね」
「おう、期待してるぜ」
「任せて!」
俺が笑顔で手を振れば、ティアとアンナが弾む足取りで料理場へと消えていく。そうして手持ち無沙汰になった俺に、ロハスが少し改まった感じで話しかけてきた。
「さて、エドさん。実は貴方にちょっと頼みたい仕事があるんですが、いいでしょうか? ああ、座って下さい」
「ありがとうございます……で、どんな仕事でしょう?」
席を勧められ、俺はロハスの正面に座って問う。小さな村内で俺達の方から頻繁に仕事をもらい続けるのは難しいので、何かを頼んでくれるのはむしろありがたい。
「ほら、エドさんは時々獲物を持ってきてくれるでしょう? それをね、正式に依頼したいんですよ。具体的には五日後までに、大きめのを三匹ほどお願いしたい。できそうですか?」
「あー、そうですね。特に問題はないと思いますが……五日後って、何かあるんですか?」
「ええ。その日は慰霊祭をやるつもりなんです」
「慰霊祭? それって――」
「……実はこの村は、五年前に魔王の眷属に襲われたことがあるんですよ」
「っ!?」
ちょうど話していたことだけに、俺は一瞬息が止まるほどに驚く。だがその真の理由など知る由もないロハスは、そのまま話を続けてくれる。
「今思い出しても、恐ろしい話です。夜中に突然夜人形が襲ってきて……村人にも何人か被害が出ました。まあ魔王の被害なんてそれ以外にも何度も被っているわけなので、今までは何もしてこなかったのですが……ほら、今年は魔王が倒されたでしょう? ならそれを機に、一度くらいはけじめとしてそういうことをやっておくのもいいかと思いまして」
「なる、ほど……あの、失礼ですが」
俺はゴクリと唾を飲みこんでから、言葉を続ける。
「夜人形に襲われて、何人かの被害で済んだんですか? その……」
「ははは、そうですね。この村にもルナメタルの武器は一つだけあって、警備に当たってくれる人にお貸ししておりましたが、彼一人だけではとても守り切れなかったでしょう。ですが、神は我々を見捨てなかった」
「というと……?」
「勇者様がね、助けに来てくれたんですよ。なのでこれは、魔王の犠牲になった者達への慰霊と鎮魂に加え、我らを助けて下さった勇者レイホルト様に感謝を捧げるという意味もあります。どうでしょう、引き受けていただけますか?」
「レイホルト…………ええ、勿論。お引き受けします」
俺にとっては耳慣れない、だがこの世界では常識である勇者の名前。俺は仕事を引き受けつつも、マグナの姿を塗りつぶそうとする勇者レイホルトの名を、静かに口の中で転がした。




