間章:勇者になった日
今回は一周目のエドの話となります。ご注意下さい。
「そういや、勇者様ってどうやって勇者になったんですか?」
それは一周目の旅の途中。月明かりの下焚き火を囲んでの食事を終えた俺達は寝る前の雑談に興じており、パーティメンバーの一人であった戦士の男が、勇者マグナにそう問いかける。
「相変わらずバルゴはお馬鹿なのです。勇者様が勇者様になったのは、認定の儀の時に決まっているのです」
「おま、またそういう……そりゃ俺だってわかってるけどよぉ。でもあれ、教会がマグナさんを勇者だって認定しただけで、別にあの儀式でマグナさんが勇者の力に目覚めたわけじゃねーんだろ?」
「む。それはまあ、そうなのです。我らは神の奇跡の一端をその身に宿しているとはいえ、真なる神の所業を行えるわけではないのです。あちっ」
巨大な斧を担ぐ戦士の隣に座った神官の少年が、そう言って手にしたカップの中身をフーフーと冷ます。成人とほぼ同時に「銀月の剣団」に入団を許された実力は確かなものだが、こういういちいち可愛らしい仕草が女の子と間違われる所以だろう。まあ本人にそれを言うともの凄く怒るんだが、その怒り方もまた……いや、言うまい。
「ほら見ろ! ってことは、やっぱり勇者様が勇者になったきっかけってのがあるんじゃないですか? あ、それとも生まれた時から強かったとか?」
「バルゴなら赤ん坊の時から斧を振り回していても不思議ではないですが、勇者様はそういう感じじゃないのです……とはいえ気にはなります。エドもそうは思いませんか?」
「俺ですか? あー、はい。そうですね」
唐突に話を振られ、俺は食事の後片付けをしながらも同意する。この四人パーティのなかで唯一戦う力を持っていないので、この手の雑用や荷物持ちは全て俺の担当だ。
なお、俺の横で三人がそうして話をしていることに、不満は一切ない。これは正当な役割分担だし、実際この世界で現状の俺ができることは、精々このくらいだからな。
「ほら、エドも聞きたいと言っているのです」
「俺がいつから勇者だったか、か……」
そうして俺達三人に興味の矛先を向けられたマグナは、少しだけ表情を曇らせてジッと焚き火を見つめる。手にしたカップにゆっくりと口を付けると、ほぅと小さく息を吐いてから、静かにそれを話し始めた。
「俺がいつから勇者だったかなんて、正直俺にもわからないんだ。だが初めて勇者の力を使ったのは、今から五年くらい前の話だな」
「あれ、意外と最近なんですね?」
「お馬鹿は黙っているのです。もっと前から力に目覚めていたら、もっと前に勇者に認定されていたのです」
「ああ、そりゃそうか。すんません」
「いや、いいさ。当時の俺は、小さな村に暮らす農家の長男で……『銀月の剣団』に憧れる平凡な男だった。まあ憧れだけで、なれはしなかったけどな」
「農家、そりゃ確かに……」
「難しいですね。ルナメタルの武器は高いですから」
魔王の眷属たる夜人形は、ルナメタルと呼ばれる希少金属で作った武器でしか倒せない。それ故に「銀月の剣団」に所属するにはルナメタル製の武器を持っていることが条件なのだが……当然、それは安いものではない。
が、それに文句を言う者はいない。まさか希望者全員に貸し与えることなどできないし、持っていないならいないで、俺のようにサポーターとして戦士達に貢献すればいい。入団を望む多くの人がそれを選ばないのは、あくまでも「銀月の剣団」への入団というのは、夢や憧れの類いだとわきまえているからだろう。
「俺だって、ジイさんの形見だったこの大斧がなかったら、とてもじゃないけど『銀月の剣団』には入れなかっただろうしなぁ」
「ははは、うちの村は本当に小さな村でね。一本だけ長剣があったけれど、それは警備を担当してくれてる人が持ってたんだ。だからまあ、普通なら俺はその剣を時々見せて貰ったりするだけで、のんびり畑を耕す生活を送っていたんだろうけど……」
そこで一旦、マグナが言葉を切る。手にしたカップの水面に月を映し、ユラユラと揺らす仕草は何処か遠くに想いを馳せているように感じられる。
「五年前のあの日。俺の村が、夜人形の集団に襲われた」
「集団……ですか?」
「そうだ。オオカミ型が四、蜘蛛型が二、それに……人型が一」
「ひ、人型!?」
マグナの言葉に、神官の少年が声を裏返す。夜人形は無数の金属パーツを組み合わせて様々な形態をとるゴーレムのような存在だが、その形によって能力は大きく違う。
オオカミ型は素早く獰猛で、数が多い。蜘蛛型は頭上などの死角からの奇襲や狙撃を得意とする。そして人型は……指揮官だ。ただ一体存在するだけで、率いられた夜人形の戦闘力は何倍にも跳ね上がる、極めて強力な個体である。
「正直、為す術もなかった。悲鳴が聞こえてベッドから飛び起きた時には、既に村の中に血臭が濃く漂っていた。警備の人は必死に戦ってくれていたようだけど、オオカミ型に群がられ、すぐに全身を噛み千切られてしまった」
「……………………」
その言葉に、俺達は何も言えない。ただ黙って、マグナの話を聞き続ける。
「勿論、俺達は逃げた。残ったって何もできないし、何も救えないのはわかりきってたからな。でもすぐに敵が追いついてきて……まずは父さんが、奴らの前に立ちはだかった。
何の意味もなかった。一瞬の時間すら稼げなかった。瞬きする間に四肢を噛み千切られ、最後にこっちを振り返ろうとしていた父さんの頭すら、奴らは無慈悲に噛み砕いた。
だから、次は俺だ。一〇年前に死んだ母の代わりにずっと頑張ってくれていた妹を一瞬でも生かすために、俺は奴らに立ち向かった」
「おお! ならそこで勇者様の力が覚醒するんだな!?」
斧使いの男が、そう言って色めき立つ。だがマグナは悲しげな表情のまま、ゆっくりと首を横に振る。
「……違う。俺はすぐに奴らに吹き飛ばされた。蜘蛛型に腹を貫かれ、そのままゴミのように投げ捨てられて、近くの木に叩きつけられた。
不思議と痛みは感じず、だが寒い。腹に空いた穴から命が流れ出る感覚だけがあって……指一本どころか瞬きすらできない俺の前で、妹の体が真っ二つになった」
「あっ、うっ…………」
斧使いの男が、声を詰まらせしかめっ面になる。神官の少年も、そして俺だって、今のマグナにかける言葉など何一つ思いつかない。
「その時俺の中にあったのは、怒りでも絶望でもなく、疑問だった。何でこんな理不尽なものがこの世界に存在するのか。どうして世界はこんなものを受け入れているのか。
おかしい、こんなのは間違ってる。こちらを傷つけるなら、せめてこちらからも傷つけられる存在であるべきだ。こんな釣り合いのとれないものがあってはいけない。
そんなことをボーッと考えていると……何処からともなく、声が聞こえた。『世界をあるべき姿に戻せ』……そのたった一言が、俺の全てを変えた。
俺の体に、力なんて溢れていなかった。俺の心に、勇気なんてなかった。ただそれでも、俺はいつの間にか落ちていたルナメタルの剣を拾い、敵を切りつけ……気づけば全てが終わっていた。いつの間にか腹の穴は塞がっていたのに、倒れてる人達が動き出すことはなくて。村人も、夜人形も、何もかも……満月の光に照らし出されるのは、止まった世界だけだった。
それが俺の勇者としての始まりだよ。他愛のない、ありふれた悲劇……大切なものを守ったから勇者になったんじゃない。大切なものをなくした先で、たまたま拾ったのが勇者の力だったって、それだけの話さ」
自嘲するように笑いながら、マグナが夜空を見上げる。釣られて俺達も上を見れば、そこには白い満月が、何も告げることなくただ輝いていた。




