特別ではなくなることこそ、何よりも特別である
「ただいまー! はー、久しぶりー!」
「おいおい、随分大げさ……って、違うか」
妙に気の抜けた声ではしゃぐティアに、俺は苦笑してから気づく。そうだよな、俺にとっては半年ぶりでも、ティアからすると一〇年ぶりだもんな。そりゃ一息つきたくなるのもわかる。うーん、こりゃ本気で検討するべきだろうか?
「ん? どうしたのエド?」
「いや、ほら、俺を召喚するって話があったろ? あれ、ちょっと本気で考えてみてもいいのかなって」
俺が下手を打ったならひたすら謝り倒すところだが、たとえば今回みたいな不可抗力は、俺にはどうしようもない。そんな時に手軽に……とまでは言わずとも、俺と合流する手段を確立しておくのは、やはり有用だろう。
しかしそんな俺の提案に、ティアが何とも渋い表情になる。
「召喚って……確かに言ったけど、あれは冗談っていうか、どうしようもない時の最後の悪あがきみたいなものよ?」
「そうなのか? でもほら、精霊を召喚する感じでいけたり……しない?」
「しないわよ! 魔法を使えない人が勘違いしがちだけど、召喚魔法って転移魔法とは種類が違うの。転移は扉の表と裏に別々の場所を繋げることで、そこを通る人を一瞬で遠くに移動させるって感じで……つまり移動する人や物にはそもそも何の力も働いていないのね。
対して召喚の方は、喚び出す対象を一旦『根源たる要素』に分解してから、目の前で再構築する魔法なの。だから距離も時間も関係なく喚び出せる反面、精霊みたいにそもそも世界中に遍在していて、フンワリとした個しか持ってないものしか喚び出せないのよ」
「へー……って、え? それ、俺が喚ばれても大丈夫なやつなのか?」
今の説明を聞くと、転移はともかく召喚の方は、一回死んだみたいになってるように聞こえる。思わず聞き返す俺に、ティアが難しい顔のまま首を横に振る。
「わからないわ。だから最後の手段なの。そもそも普通の人間なら喚び出すこと自体ができないし……でもほら、エドって普通の人間じゃないでしょ? ひょっとしたらいけるかもって気がちょっとだけしたっていうか……」
「むぅ、否定はできねーな」
実際にどんな感じなのかは想像もできねーが、ぶっちゃけ魂というか、俺が俺であるという確固たる意思が大丈夫なら、確かに大丈夫な気がしなくもない。
ただ、失敗したら普通にそのまま死んだり訳の分かんねーことになりそうなので……試すのは無しだな、うん。
「まあ、仕方ないわよ。いきなり未来に飛ばされるとか、事前に説明されてたとしてもどうしていいかわからないし」
「……だな。俺もわかんねーや。じゃあそれはそれとして、今回の『勇者顛末録』を読みますかね」
エルフや魔王の手には余りまくった問題はひとまず棚上げし、俺はティアと一緒にテーブルにつく。そこに置かれた本は、なかなかに薄い。まあ五歳だし……いや、でも俺が世界を追放される時には、一五歳になってたけど、その辺はどうなってんだ?
「ま、読んでみりゃわかるか」
薄くて軽い「勇者顛末録」を手に取り、俺は徐にページをめくっていく。だがページをめくればめくるほどに、俺の手はその勢いを増していく。
「なん……だこりゃ?」
「ねえエド、これって……!?」
めくってもめくっても、読み進めても読み進めて、一向にページが減らない。他の「勇者顛末録」ならとっくに終わっているであろう量を読み終えても、読み終えた部分は厚さを増さず、未読の部分が薄くなることもない。
そしてその内容は、マーガレットが繰り返す世界で頑張る日々。だがそこにもあの世界では知り得なかった事実が刻まれている。
「定期的に、記憶が消えてる……?」
死んでも記憶を引き継ぎ、もう一度やり直す……それこそがマーガレットの背負った業だったはずなのだが、これによるとマーガレットの記憶はある程度の回数繰り返すと全て消え、まっさらな状態からやり直している。
一〇回や二〇回どころじゃない。何千回、何万回。飢えも渇きもない世界ならばこそ、俺とティアは永遠に続くような繰り返しの日記を読み続ける。そしてその果てに、ふとティアが呟いた。
「これ、エドが出てくる時と出てこない時があるけど、記憶が消えてからの最初の一回だけは必ずエドと出会ってるのね」
「ん? そう言えば…………っ!?」
言われて、俺は更なる速度でページをめくり続ける。めくってめくって読んで読んで……そして遂にそれに気づく。
「そう、か……これ、世界のループとマーガレットのループが別なんだ」
「え、どういうこと?」
「ほら、この箱の中に閉じ込められた世界って、ずーっと繰り返してるだろ? でもマーガレット自身は、その一巡のなかで時間を繰り返してるんだよ。俺達が一周する間に一〇周とか二〇周とかしてて、その間は記憶が引き継げてるけど、世界そのものが周回する時は全部なかったことにされてるんだ」
新たな世界が始まる時、マーガレットもまた新たな存在として始まる。そして最初の一回……何も知らない、経験していない普通の少女であるマーガレットは、神に運命を操られた俺と必ず出会い、俺が「追放」されるために一緒に過ごすことになる。
が、その後俺がいなくなった世界でマーガレットは死んで過去に戻り、そこから記憶を引き継いだ存在として、明日を手に入れるために足掻き始める。そこからはマーガレットが俺を助けに来るか来ないかは任意となり、そうして魔王がどうにかできてもできなくても、新たな周回に入ればまた最初からやり直し……つまりはそういうことなのだろう。
「そんな……それじゃマーガレットは、ずっと無駄になる努力を重ねてきたってこと!?」
「いや、それは何とも……だって、世界がループしたら全部なかったことになって最初からってのは、他の世界の全ての人達と同じ条件だろ? 俺が魔王の力を回収する前だったら、ティアやアレクシス達だって毎回魔王と戦ってたわけだし」
「あっ、そうか。そう言われればそうなのね」
世界が繰り返しているのは神の創ったこの場所の法則なので、俺を含めた全ての存在がどうしようもない部分だ。それを外からの視点を得たことで「何もかもが茶番でしかない」と切って捨てるというのは、あまりにも傲慢な考えだろう。
「でもそれなら、何でマーガレットにだけこんな複雑な力が宿ったのかしら? これって勇者の力なの?」
「能力の範囲を考えると、多分……?」
世界の外側……俺の周回を超えて記憶を引き継げないところからしても、これは神の欠片が与えた力じゃなく、あの世界の理がマーガレットに与えた力だろう。その場合あの世界では神の欠片が何をしてたのか、あるいは存在しなかった可能性だって無くはないが……まあそれは今はいいとして。
「あくまでも推測だけど、多分これが『勇者の力の限界』の一つなんじゃねーかな?」
普通にマーガレットを強くしなかったのは、五歳の……しかも王女に戦う力を与えても、鍛えることも戦うこともさせてもらえないからだろう。エルエアースのように魔王に出会った瞬間力が覚醒したとしても、何の下地も無しじゃ流石に戦えないだろうしな。
ならばあの場に居合わせられる騎士や兵士の誰かを勇者にすればとか、思いつくことは幾つもあるが、俺がパッと思いつくようなことを見逃しているとは思えない。
ま、考え得る全ての条件の中でもっとも有効だったのが、五歳の少女に一〇年を繰り返させて、魔王をどうにかする可能性を探らせることだったってのは、何とも残酷な話ではあるが……いや、言うまい。何の事情も分からない俺が言ったところで、お門違いの愚痴でしかねーしな。
「……っと、漸くか」
話し合い推測を重ね、その間にもページをめくっていた俺の手が、そこで遂に止まる。やっと届いた最後のページには、俺が贈った終わりの先が書かれていた。
――第〇〇九世界『勇者顛末録』 最終章 特別ではない明日
かくて終わらぬ円環から抜け出した勇者マーガレットだったが、以後は特に歴史に名を残すこともなく、平凡かつ平穏な人生を送ることになった。
妙に異性の理想が高くなってしまったことで一時は結婚を危ぶまれもしたが、「子犬のようでちょっと頼りない」と称される隣国の第三王子と結婚し、長男エドルと長女ティアラの二人の子をもうけ、権力とは少し離れたところで静かな余生を過ごし、六二歳にてその生涯を閉じる。
そしてその日々は、以後繰り返される世界でも変わらない。魔王がいなくなった世界では勇者となることもなく、単なる元気な王女として周囲に愛されるマーガレットだったが、何故かやたらと動物を拾ってきては「エド」と名付けるその悪癖にだけは、周りの者達が苦笑いを浮かべるのだった。
「ふへっ」
「フフフ、エドったら愛されてるのね?」
「そう、なのか? いやまあいいんだけどさ」
「きゃっ!?」
思わず変な笑い声を出してしまった俺の頬をティアがプニプニと突いてきたので、俺もお返しにその長い耳を摘まんでやる。
「もーっ、エドのえっち!」
「知らん。先にやったのはそっちだろ?」
もう幾度目かわからないようなじゃれ合いの繰り返し。だがこれが何度目だろうとも、俺はそれを楽しいと思うし、ティアも笑ってくれている。
そうとも、たとえ同じ時が巡ってくるとしても、今を精一杯生きて楽しむことが無駄になんてなりゃしない。いつかそこから一歩を踏み出す時が来たなら、その積み重ねこそが何よりの力になるはずなのだ。
「うわっ、そんな事言うエドには、こうよっ!」
「ちょっ、おま!? 脇腹は卑怯だろ!?」
「フフーン、知らないわ! 先にやったのはそっちでしょ?」
「ぐぬっ……フフフ、ならば俺も、魔王の本気を見せるべき時が来たようだな……」
「あ、あれ? エド、何だか目が怖いわよ? うひゃひゃひゃひゃ!?!?!?」
永遠に繰り返すかも知れない世界。だが二度と訪れないであろう、今という一瞬。それを忘れ得ぬものにするためにも……俺は心を鬼にして、ティアの全身をくすぐりまくるのであった。




