辻褄さえ合っていれば、内容はどうにでもなる
「まあ、死なねーけどな……って、あれ?」
何か勘違いしているっぽいマーガレットに、俺はニヤリと笑ってそう言った……つもりだったんだが、あれ?
「え? いない? いや、一杯いる!?」
剣を振り下ろした先から、マーガレットの姿が消えている。代わりに馬鹿みたいに広いパーティーホールの中には沢山の人がいて、その全員がこっちを見ている。
え? 何だこの状況? 一体何が――っ!?
「エドっ!」
「エド様!」
「うおっ!?」
突如、俺の左右から誰かが同時に抱きついてきた。片方はよく見知った顔であり、もう片方は……?
「ティア!? それに……え、誰だ?」
「私です! マーガレットです!」
「王女殿下!? いや、でも……?」
マーガレットと名乗った女性は、一五歳くらいの少女だ。確かに面影があるというか、血の繋がった姉だと紹介されたら無条件で信じるくらいには似てるが……?
「もーっ! またエドは心配かけて!」
「心配って……え、ティア、これどういうこと?」
「どうもこうもないわよ!」
「あの日、私の運命を断ち切ってくれたエド様は、その場で忽然と姿を消してしまったんです」
「俺が……消えた? 何で?」
「「それはこっちが聞きたいわよ!」です!」
「アッハイ。申し訳ないです」
二人に凄い剣幕で迫られて、俺は反射的に謝る。しかし、消えた? ってことは……
「ん? じゃあ今っていつなんだ?」
「あれからおおよそ一〇年後です。今日が私の一五歳の誕生日なんですよ」
「エドが戻ってくるならきっと今日だろうって、みんなで待ってたのよ!」
「おぉぅ、そうなのか……」
仕組みも理屈も全く分からないが、とにかく俺はこの一瞬で、一〇年ほどの時間を移動してしまったらしい。
「何か、ごめんな。心配かけちまって」
「いいわよ、ちゃんと戻ってきてくれたから……お帰りなさい、エド」
「ああ。ただいま、ティア」
改めてギュッと抱きついてきたティアの体を、俺は優しく抱き返す。するとティアが俺の耳元をくすぐるように、小声で話しかけてくる。
「ハァ、本当によかったわ。エドが死んだりいなくなったりしてないのは何となく感じられたけど、今日戻ってくるかは確証がなかったし。もし来なかったら、明日からはエドを召喚の儀式を研究する予定だったのよ?」
「えぇ? 召喚って……そんなことできるのか?」
「さあ? でも他にどうしようもないじゃない?」
「まあ、うん。そうか?」
確かに、天使に悪魔、魔王に邪神と、何か凄いものを喚ぶ儀式というのは色んな世界の色んな場所にあったりする。それで呼び出されるのが本当に魔王やら邪神やらなのかは知らねーけど……いや、でもこの場合喚び出す対象が俺で、召喚者がティアってことなら、意外と成功したりするのか?
むぅ、今回みたいなことがまたあるかもと考えると、一考の余地はあるかも知れん。可能なら使い道は色々思いつくしな。
「お久しぶりでございます、エド様」
と、そこで少々老け顔になった王様が、側にやってきて話しかけてきた。っていうか、エド様!?
「ど、どうも陛下……あの、何でそんな呼び方を?」
「ははは、王位はアンダルトに譲りましたので、今の私はただの老人に過ぎません。それに時を超越する神を、ただの人間である私が敬うのは当然でありましょう?」
「か、神!? おい、ティア!?」
「あはは……」
『だって、魔王だって言ったら、召喚する儀式を研究させてもらえないじゃない』
苦笑いするティアが、「二人だけの秘密」で本音を伝えてくる。あー、はい。そうですね。今日この日に魔王に滅ぼされる予定だった国で、魔王を喚び出す儀式はそりゃ研究させてもらえないですよね。
って、そうか。今日ここで魔王が復活するという歴史が正しく紡がれるように、俺がこの場に喚び出されたってことなのか? ぐぅぅ、本当に何もわかんねーな……
「さあ皆! 我が娘マーガレットの誕生日に、この国を真に救ってくださった神が再臨なされたのだ! この歴史的な日を大いに祝おうではないか!」
「「「オォォー!」」」
王様……先王様のその発言に、会場に集まっていた貴族っぽい人達から歓声があがる。その後は何だか色んな人に話しかけられたが、俺はひたすら愛想笑いで誤魔化し……漸くその行列が途絶えたところで、近くに来たティアが飲み物の入ったコップを差し出してくれた。
「お疲れ様、エド。大人気だったわね?」
「勘弁してくれ……」
数えるのが馬鹿らしくなるような人数の初対面の相手に挨拶され、しかもそいつの娘やら何やらを紹介されても、顔も名前も全く覚えられない。五分後に「先程はどうも」と言われても、一切名前が浮かんでこない自信がある。
「ふふ、皆さんもうお帰りになられると思いますから、大丈夫ですよ」
「ああ、王女殿下。そうなんですか?」
「ええ。エド様とご挨拶がしたくて皆残っておりましたけれど、本来ならとっくにパーティは終わっている時間ですもの。エド様は気づいてらっしゃらないようですが、既に月は天頂を過ぎておりますのよ?」
「へ!? そうなんですか!?」
シャンデリアには光が灯ってるし、窓の外が暗いので夜だろうとは思っていたが、まさかそんなに遅い時間だったとは……俺の感覚では昼前からいきなり夜に飛ばされた状態なので、時間の感覚が完全に狂っているようだ。
「ということですので、後は私達だけです。もしエド様がよろしければ、少しお話を聞いていただけませんか?」
「勿論。俺でよければ、喜んで」
「では、私の部屋へどうぞ」
「えっ!?」
いいのかと思ったが、マーガレットの流し目に先王様が大きく頷いていたので、問題はないらしい。そのまま近くにいた騎士に先導され、俺とティアはマーガレットの部屋に入る。初めて見たそこは、大人の女性に相応しい落ち着いた内装だ。
「そう言えば、エルザさんはどうしたんですか? 姿が見えませんけど」
「ああ、エルザは結婚して引退しましたわ。消えてしまったエド様や、残されたティアさんのことをずっと気にしてはいましたけど……あれ以上婚期を伸ばすと、流石に色々厳しかったので」
「あー、それはまあ……」
一〇年前でも二五歳で、この世界の女性としては晩婚の方だ。王族付きの護衛騎士なら貴族だろうし、そりゃ結婚しないわけにはいかないよなぁ。
そんな話を皮切りに、俺はマーガレットの話をゆっくりと聞いていく。その合間にはティアの話も加わり、どうやら俺がいない間も、それなりに楽しく幸せに暮らしていたようだ。
「本当に夢のようでした。事情を分かってくれる方がずっと一緒にいてくれるのが、あんなにも楽なものだったなんて……おかげでギルベリア兄様やミトルナ姉様との関係も良好に保てておりますし、国内の問題もあらかた片付けられました」
「フフーン、頑張ったのよ。褒めて褒めて!」
「おう、偉いぞティア。流石だ、勿論、王女殿下も素晴らしいご活躍でした」
「へへー」
「フフフ、ありがとうございます」
芳醇な香りのする、如何にも高そうなワインをチビチビと飲みながらの話は、あっという間に時間を溶かしていく。途中眠そうなマーガレットに何度かお開きの提案をしたが、それが聞き入れられることはなく……そして遂に、窓の外に見える空がうっすらと白み始める。
「ああ、日が昇る……私は遂に、あの夜を越えたんですね……」
「そうですね。もう王女殿下の時が戻ることはありません」
「無理を言って付き合わせてしまい、申し訳ありません。そして……ありがとうございます。どうしてもこの光景を、お二人と……とりわけエド様と一緒に見たかったのです。
そして今、希望は現実になりました。あれほど焦がれた明日に、私は今生きている。ありがとう、ありがとうございます。お二人は本当に、私の……」
酔いが回ったのか、緊張が切れたのか。うつらうつらと頭を揺らすマーガレットの目が、今にも閉じそうになる。
少し前にも、似た光景を見た。だがあれは世界の終わりで……でも今回は、世界の始まり。マーガレットの新しい日々は、今この時から続いていくのだ。
「そうだ、ティアさんに……頼まれて…………エド様、ティアさん。私を……ありがとう……二度と会えなくても、この感謝は永遠に…………」
ピコンッ!
『条件達成を確認。帰還まで残り一〇分です』
眠りによって齎される、永遠の別れ。だが今回の俺達は、笑顔でそれを見送ることができる。横抱きにしたマーガレットをベッドに寝かすと、俺はティアとしっかり手を繋ぎ、窓の向こうで昇っていく朝日を、二人で静かに眺め続ける。
「まったくエドは。待つのも追いかけるのも、いっつも私頼りなんだから!」
「ごめんごめん。二度としない……とは言い切れねーけど、必ず戻るとは約束するよ」
「調子がいいのね。でもまあ、今回はこれで許してあげるわ」
「ふがっ!」
鼻を摘ままれ変な声を出す俺を見て、ティアが楽しげクスクスと笑う。温かい室内に愉快な影を残しつつ、こうして俺達はこの世界を「追放」されていくのだった。




