来るとわかってる敵なんて、何もさせないに決まってる
「ふむ、ここか」
「うわ、やっぱり広いわねぇ」
王様から許可を得られたことで、俺達は未来で魔王が復活するというパーティーホールに足を踏み入れた。ただし、当然ながら俺とティアの二人だけではない。
「そりゃそうよ。何せここはこのお城で一番広い部屋だもの!」
「直近で使われたのは、姫様の五歳の誕生日パーティでしたね。あれは実に盛大でした」
俺達のすぐ側には、マーガレットとエルザも一緒にいる。更には遠巻きにこちらを伺う武装した兵士の姿もあるが、これは仕方ないだろう。いくら何でも無条件で城内を探索なんてさせてくれる訳がないしな。
「誕生日パーティねぇ……私、自分が何をしてたのか全然覚えてないわ」
「え!? あれほどはしゃいでいたのを、何も覚えていらっしゃらないのですか!?」
「仕方ないじゃない! エルザにも事情は話したでしょ!? 私のなかでは、五歳の誕生日なんて何百年も前だもの、そりゃ忘れちゃうわよ」
「それはそうですが……」
王様と謁見するまでの三日間。そこで俺とマーガレットは、互いの秘密を打ち明け合った。と言っても、俺の秘密に関しては真実を伝えても混乱するだけなので、王様に話した設定に加え、魔王退治の専門家で、世界を巡って魔王の痕跡を追いかけているというのを追加した感じだ。
「確かに五歳になってからの姫様のご様子には、不可解なものが沢山ありました。ありましたが……とは言え、同じ時を繰り返していると言われても、どうしても理解が及ばないというか……いえ、決して姫様のお言葉を疑うわけではないのですが」
「別に疑ったっていいわよ。こんな話をまともに信じるようじゃ、護衛なんて任せられないわ。まあだからこそ、私にはエドが必要だったんだけど」
「むむむ……」
そしてその場には、当然エルザもいた。マーガレットが五歳から一五歳までを繰り返しているという話を俺達と一緒に聞いたわけだが、未だに納得……というか、自分の中で処理しきれていないらしい。
もっとも、マーガレット自身が言っている通り、それが普通の感覚だ。そんな話をあっさり信じられるのは、世界の外側を知っている俺達くらいのものだろう。
「それでエド。どうかしら? ここには何かありそう?」
「そう、ですね……」
改めてそう切り出してきたマーガレットに、俺は魔王が復活したというホールの中央付近を歩いてみたり、床に手を置いてみたりする。が……
「どう? エド。何か感じたりするの?」
「いや、特に何も」
ティアの問いに、俺は軽く眉根を寄せて言う。とは言え、これは想定内だ。そもそも近くに来た程度で気配が感じられるなら、「失せ物狂いの羅針盤」に何の反応もないはずがないしな。ならば……
「では、ちょっと失礼……フンッ!」
俺は一言断りを入れてから、自身の体に魔王の力を漲らせる。そう、内から漏れ出す力が感じられないというのなら、外から無理矢理力をねじ込んでやればいいのだ。もしここに本当に魔王が封じられているのだとすれば、おそらくこれで何らかの反応が……お?
「これは来たか? ティア、王女殿下を」
「わかったわ」
下へ下へと沈めていった力の先に、何となく壁というか、殻というか、そういう感じの手応えを感じる。ティアに二人を守ってもらいつつ、俺は力を尖鋭化させる。針のように細くした先端を突き刺す雰囲気で、何かこう、いい具合に……どうだ?
「おおっ!?」
スポッという、何かが抜けた感触。同時に俺の流し込んだ力がグイグイと引き込まれて吸われていき、数秒後には俺が手を突いている床から黒い煙が立ち上り始める。
「え、嘘!? まさか魔王が復活する!? エド! 早くそこから――」
「フハハハハ! 遂に! 遂に蘇ったぞ! さあ世界よ、今度はこの俺が――」
「はいお疲れー」
「「――えっ!?」」
蘇った魔王を、俺は即座に「夜明けの剣」で斬った。すると黒い煙はあっさりと霧散し、俺の中に力が戻ってくる。うむ、回収完了だ。
「……え? え!? エド、今……えっ!?」
「ああ、王女殿下。魔王の討伐、無事に完了致しました」
「……えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」
一礼する俺の前で、マーガレットがへたり込む。その顔は泣いているのか笑っているのか、判別が難しい。
「え、嘘? 本当に? 本当に、魔王を倒しちゃったの?」
「はい。確実に倒しました」
「何それ……じゃ、じゃあ最初からエドに頼ってたら、こんなに……こんなに簡単に解決する問題だったってこと!? なら私は、私は今まで何をやってたの!?」
「あー、それは……あっ! 今の俺がこれだけ強いのは、エルザさんが助けてくれる前に、ティアが守ってくれていたからなんですよ! もしティアがいなかったら、もっとずっと大量の血を失っていて……その場合、自分が何者だったかの記憶を失っていたり、魔王を倒す力がなかったりするかも知れないですね」
「そう、なの? それじゃ何度も繰り返した世界で、今回だけが特別だったってこと?」
「そうですね。いや、王女殿下が繰り返してる世界で、別の俺がどうしてるのかは知らないですけど」
マーガレットが繰り返しているという世界の時間とか因果がどんな風に流れているのかが、俺にはよくわからない。一つの世界の同じ時間を繰り返しているのか、あるいは記憶を引き継いでループする次の世界に移動しているのか、もしくはその両方だったりするのか……俺が神の視点を手に入れでもしなければ、その真実を知ることはできないだろう。
なので、万が一「過去の俺」に干渉している可能性を考えると、ここは念を押しておかねばならない。力を回収した以上、二度と俺も魔王も出現しないはずではあるが、そもそも何でマーガレットが同じ時間を繰り返すなんてことができてるのか自体が意味不明だしな。
「と、そうだ。それじゃ王女殿下。最後に一つお聞かせください」
「何?」
「一五歳で終わり、五歳に戻る円環を、これで終わらせたいですか?」
「っ!?」
何気ない感じで聞いた俺に、マーガレットの表情が固まる。小さな口を開いては閉じるを繰り返し、その瞳をキョロキョロと動かし、手足を震わせ悩みに悩み……無言の時間をたっぷり五分過ごしたところで、遂に立ち上がったマーガレットがまっすぐに俺を見て言う。
「……お願いします」
「いいのか?」
それは擬似的な永遠との決別。本人の言葉を聞く限り、マーガレットは俺のように常人の何倍もの人生を歩んでいる。
だが、それが失われる。明日へと一歩踏み出す代わりに、最後の人生を普通に生きて死ぬことになる。その覚悟を再度問う俺に、マーガレットは決意を込めて頷く。
「いいんです。死なず終わらず繰り返す、永遠の子供時代……人によってはこれこそ神の奇跡だと、どんな犠牲を払ってでも手に入れたいものだと言うのでしょう。
でも、私は永遠よりも、終わりが欲しい。できれば一五歳から先も見てみたかったけれど……でも、もう十分に生きましたから」
達観した老人のように安らかな表情で、マーガレットが言う。まるで子を抱かんとする母のように優しく広げられた両手に、俺は黙って腰の剣を引き抜き構える。
「姫様!? それにエド殿も、何を――」
「駄目よエルザ、邪魔しては駄目。これは私に訪れた、きっと最初で最後の機会。だからエドさん。どうか願いを……私に、最後の安らぎを下さい」
「わかった。その願い、確かに聞き届けよう」
俺は剣に終わりの力を纏わせ、振りかぶる。咄嗟にエルザが俺とマーガレットの間に立ちはだかろうとしたようだが、その動きが凍り付いたように止まる。そりゃそうだ。ドラゴンの瞳にすら抵抗できない奴が、俺の「終焉の力」を目の当たりにして動けるはずがない。
「では、これで――」
「ああ、漸く……」
「終わりだ」
振り下ろした剣はマーガレットを切り裂き……その瞬間、ギュルンと世界がねじくれた。




