無茶な要求を通したいなら、相応の状況を作るべし
ドラゴンの襲撃騒動から、三日後。結局俺とティアは、王様に呼び出された。まあ、うん。そりゃ呼ばれるよな。俺が王様だったら絶対呼ぶし。
ちなみに三日後だったのは、あのドラゴンを呼び出したらしいナントカって集団への対処とか、ドラゴンの攻撃で壊れた建物の臨時補修、ドラゴンの死体の回収やら怪我をした兵士達への対処やらで、誰も彼もが大急ぎだったからだ。
で、漸くというかいよいよというか、偉い人達の居並ぶ謁見の間に呼び出された俺とティアは、王様の前で説明をするわけだが……
「ふむ、つまり貴公は血を武器とする秘術を受け継ぐ一族の剣士である、と?」
「そうです。ただそれ故に連戦には耐えられず、強敵との戦いで血を失いすぎて不覚を取ったところを、マーガレット王女殿下に救われたのです」
これは、俺がドラゴンと戦いながら適当に考えた……ゲフン、熟慮の末に作り上げた俺の来歴だ。というか、これを通すためにあの時わざわざ血刀錬成を見せたとも言える。
「では、ドラゴンの首を切り落とした剣も、エド殿が自らの血で作り上げたのですか?」
「そうです、アンダルト王太子殿下。そしてその剣は、役目を終えて血に還り、もうこの世界にはございません」
王の側に並ぶ四人の王子と王女達。その中で最も年上の男の問いに、俺は恭しく頭を下げて答える。
この理屈であれば、万が一にも「夜明けの剣」を渡せなんて要求をされることはない。流石に竜殺しの剣となると、「半人前の贋作師」で作った偽物じゃ一発でばれるしな。
それに、何処でも何でも出し入れできる「彷徨い人の宝物庫」の存在が露見したりしたら、それこそ大事だ。密輸に暗殺、証拠の隠滅、長剣一本分の収納量があるなら、悪用する手段なんて幾らでも思いつく。
「ちぇっ、あの剣欲しかったのにな……なあおい、エドだっけ? それなら今ここで、新しい剣を作って見せてくれよ!」
と、そこで横から口を出してきたのは、一二歳くらいの少年だ。名前は確か、ギル……ギルバル……?
「よさないかギルベリア。エド殿に失礼だぞ」
「何だよ兄上! 兄上だって気になるだろ? それにこいつが嘘を言ってる可能性だってあるじゃねーか!」
「そうです。平民の言うことをそのまま信じるなんて……」
「ミトルナ!」
不満を口にした七、八歳くらいの少女を、以前にもあったことのある第一王女のレテヴィアが咎める。するとミトルナ第二王女はシュンとして顔を下げたが、代わりに王様がその口を開く。
「だが、そうだな。貴公がドラゴンを倒したことを疑う余地はない。が、その力の一端、可能であれば見せてくれぬか?」
「お父様!」
王様の願いに、しかし答えたのは俺ではなく、俺のすぐ側に立つ五人目の王族、マーガレットだ。無論その隣には、護衛騎士であるエルザも待機している。
「お父様は、さっきのエドの話を聞いてなかったのですか! 血を流しすぎたら大変だって言ったではありませんか!」
「む。いや、そうだが……」
「エドは私の雑用騎士なんです! いくらお父様でも、無茶を言ったら駄目なんですよ!」
「ぐぬ……」
ぷっくりと頬を膨らませるマーガレットに、王様が困った顔つきになる。四〇代中盤と思われるなかなか貫禄のある王様だが、どうやら末の娘……しかも五歳という可愛い盛りのマーガレットには弱いらしい。とはいえ、ここはちゃんと見せておいた方がいい場面だ。
「ははは、構いませんよ、王女殿下。とは言え、あれからまだ三日しか経っておりません。流石にあれほど立派な剣を作れるほど血を流しては死んでいまいますので、ごく小さなものとなりますが……それでもよろしいでしょうか?」
「おお、そうか! 無論構わんぞ。皆もいいな?」
俺の提案に、王様がパッと表情を輝かせてそう言う。他の全員がそれぞれの面持ちで頷いたのを見ると、俺はその場で振り返り、エルザに向かって左手を伸ばす。
「では、失礼して……すみませんエルザさん。刃物を持っていないので、左手の人差し指を軽く切ってもらえますか?」
「いいだろう。陛下、ご許可をいただけますでしょうか?」
「抜剣を許す」
王様の言葉に、剣を抜いたエルザが俺の人差し指の腹をスパッと切る。浅いが焼けるように痛い傷口からはボタボタと血が垂れ落ち始め……俺はそれに意識を集中して「見様見真似の熟練工」を発動。すると血の奥に鈍い銀色が固まり始め、俺の指先に五センチほどの小さな刀身が生み出された。
「ほう、それが……」
「何か、ちっちゃくてショボいな」
「お許しくださいギルベリア殿下。この技は本来増血の秘薬を用いてから使うものですので……うっ」
「エド!」
言いながら、俺は軽くふらついてしまう。するとすかさずティアが俺の肩を支えてくれ、合わせてマーガレットがキッと王様を睨み付ける。
「お父様! 兄様方も、もういいでしょう? ただ見てみたいというだけで、これ以上エドを疲れさせないでください!」
「お、おお、そうだな。すまなかった。もういいぞ」
「はい」
お許しを得て、俺は「見様見真似の熟練工」を解除した。その瞬間指先に生えていた刀身が床に落ち、ボロボロに砕けてしまう。元々こいつは「見せ用」なので、刀身として使えるような強度はなかったからな。
ま、そりゃそうだ。高い技術でとんでもなく薄い刃を作り、それを使い捨てるから「血刀錬成」は戦闘技術として成り立つのであり、普通の剣のような厚さ、丈夫さを出そうとしたら、尋常ではない量の血を……そこに僅かに含まれている鉄を集めて形にしなければならない。
いくら「包帯いらずの無免許医」があるとしても、ナイフほどの大きさですら血だけで作り出すのは困難を極める。こんな小さな刃ですらふらつきを覚える量の血を消耗しているのだから、もし「夜明けの剣」と同じ大きさの剣を作るとなれば……想像するだけで気が遠くなるな。うん、「終わる血霧の契約書」でも使わなきゃ絶対無理だ。
「相分かった。貴公の力は間違いなく本物であり、それを以て我らの命を救ってくれたことに、フォーンダリアの国王として感謝の意を示すものである。ついては褒美を取らそうと思うが、何か希望はあるか?」
「はい、それなのですが……」
希望はあるかと聞かれたが、本来ここで俺が答えるべきは「陛下の御心のままに」という言葉のみだ。その上で別室に移動してから、改めて担当者と本音を話す感じになる。
というのも、「褒美を与える」と言った手前王がそれを拒否するのは体裁が悪くなるし、褒美を受け取る側としても、何処まで許されるのかがわからない。普通は事前にその手の打ち合わせを済ませておくものなのだが、今回はそれをやっていないので、この場はそうやって言葉を濁すのが礼儀ということを、俺は事前にきちんと聞いている。
だが、俺はその流れを拒否してまっすぐに王様を見る。俺にマナーを教えてくれた文官の人が慌てふためいている姿や、あまりにも不敬かつ無礼な行為にさっきまでの賞賛を忘れて睨み付けてくる者の姿も目に入ったが、俺はそれを一切気にしない。何故ならこの要求は、きっと今この瞬間にしか通せないのだ。
「実は、私がこの地にやってきたのは偶然ではありません。様々な調査の結果、どうもこの城の地下に我が一族が討つべき怨敵が封じられている可能性があるのです」
「何だと!? それは真か!?」
「はい。ですのでどうか、私にこの城を調査し……そしてもしそれがいたならば、倒す機会を与えてはいただけないでしょうか?」
如何に活躍したとは言え、余所者に城の中を調査する権利なんて与えられるはずがない。だが王も貴族も所詮は人。俺の願いを不敬、不遜だと切って捨てるには、ドラゴンから与えられた恐怖が残りすぎている。
「…………わかった。王の名において、貴公のその願いを聞き届けよう」
たっぷりと一分ほど考え込んだ王の下した決断に、俺は頭を下げながらも内心でガッツポーズを決めた。




