馬や鹿になるくらいなら、英雄の方が簡単になれる
「エド、殿……?」
「お、エルザさん、意識がありますね? なら自力で立てます?」
「む、ろん。この、くらい……うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
女性とは思えない低く重い雄叫びをあげて、エルザがその身を起こす。おお、流石は護衛騎士。なかなかの気合いだ。
「くふっ……はぁ、はぁ……も、申し訳ありません姫様。私は、肝心な時に……」
「エルザ……」
「ははは、ドラゴンは仕方ないですよ。あれは一種の精神攻撃なんで、慣れてないと抵抗は難しいんじゃないかと」
一定以上に強いドラゴンは、その瞳に魔力を宿している。見るとビビって動けなくなるのは単に相手が強いからってだけじゃなく、そこから放射される強い魔力に当てられて、反射的に体が萎縮してしまうからなのだ。
うん、俺も「吸魔の帳」を覚えるまでは、理屈がわかってても動けなくなってたからなぁ。そもそも普通の人が人生でドラゴンに出会うことなんてないし、初めてなら意識があるだけでも十分凄い……とまあ、それはそれとして。
「さて、王女殿下。互いに聞きたいこと、言いたいことがあるでしょう。ですがまずは、あの無粋な飛びトカゲを倒してからってことにしませんか?」
「……できるの?」
怪訝というよりは、不安そうな目で見てくるマーガレットに、俺は大きく頷いてみせる。
「勿論。今の俺は王女殿下に雇われた雑用ですから。御命じいただければ馬にも鹿にもなりますし……ドラゴンだって倒してみせましょう」
「そんな!? 何を考えている!? そんなことできるはずが――」
「わかったわ」
「姫様!?」
悲鳴のような声をあげるエルザを無視し、マーガレットが俺の方に一歩近づいてくる。
「なら、エドシカはおしまい。今からは王女と騎士ごっこよ。エド、ここに跪いて頭を下げなさい」
「はい」
俺の目の前では、持ち直した兵士達に矢を射かけられたドラゴンが、鬱陶しそうに身をよじりながら火球を飛ばして反撃している。一瞬ごとに被害が広がっていく現状ではあるが、これはきっと必要なことなのだろう。
膝をついて頭を垂れる俺の額に、マーガレットがそっと唇を落とす。すぐに離れた温もりは、小刻みに震えていた。
「叙勲の儀式は略式よ。さあ、我が騎士エド! あの不埒なドラゴンを、見事討ち取ってみせなさい!」
「仰せのままに、我が主よ」
俺は立ち上がり、改めて剣を構える。敵は遙か高空、剣士の俺の間合いからは大分離れているし、散発的な矢もあまり効果があるようには見えねーが……心配する必要はない。
「ティア!」
俺は「追い風の足」で城の壁を駆け上りながら、姿の見えない相棒の名を呼ぶ。するとドラゴンの翼の辺りに突風が巻き起こり、その巨体がグラリと揺れた。
それに合わせるように、俺は右手に持った「夜明けの剣」の切っ先で左手の手のひらを切り裂くと、そのまま大きく振りかぶる。
「こいつを使うのも久しぶりだな……行け、血刀錬成!」
溢れ出る血に「見様見真似の熟練工」を発動し、生み出されるのは影すら生まぬ薄命の刃。「一つ上」となったことで可能となったそれを走る勢いも利用して投げ飛ばせば、音を置き去りにした不可視の刃は、よろめくドラゴンの右の翼を根元から切り飛ばすことに成功した。
「GYAOOOOOOOO!?!?!?」
「でかいってのは不便だな!」
突如として翼を失い、きりもみ落下してくるドラゴンに、俺は城の壁を、屋根を蹴って肉薄する。狙うのは首、だが敵もそこまで甘くはない。
ガキンッ!
「おっ?」
巨体を捻り首を捻り、振り下ろした俺の剣をドラゴンがその口で受け止めた。齧り付いた牙は「夜明けの剣」をガッチリと固定しており、しかもその口腔からは赤い炎がチロチロと漏れている。
「GOOOOOOOO!!!」
こちらの動きを止めた上で、至近距離から放たれる不可避の吐息。灼熱の炎が俺の全身を包み込み、ドラゴンの金の双眸が勝利の愉悦に歪むが……そいつはちょいと気が早すぎるんじゃねーか?
「甘ぇ!」
「GYAO!?」
空を焦がす火の向こうから無傷で現れた俺の姿に、ドラゴンが驚愕の声をあげる。俺の「不落の城壁」と「吸魔の帳」の守りを抜くには何もかもが足りてないぜ?
「おりゃあ!」
「GYA!?」
間抜けなドラゴンの鼻っ柱に、俺の拳が炸裂する。すると一瞬牙が緩み、俺は剣を引き抜くと、流れに任せて左の翼も根元から切り飛ばす。
「GYAAAAAAAAA!!!」
「相手が悪かったな。お前の終わりは……今ここだ!」
両の翼を失い、ドラゴンの巨体が真っ逆さまに落下し始める。重さの違い故に俺の体がふわりとドラゴンから離れ、まずはその巨体が轟音と土埃を立てて地面に落下した。
その数秒後には、俺だって地面に叩きつけられる。普通なら即死だが、俺は違う。「夜明けの剣」を横に持ち、まるでギロチンの刃のような状態にしてドラゴンの首目がけて落下すると、受ける衝撃全てを「円環反響」にて「夜明けの剣」へと集中。
「GYA――」
バツンという音と共に、俺の体よりずっと太いドラゴンの首が切断された。ビクビクと震える体と濁った金の双眸が繋がることは、二度とない。
「……………………」
土埃が収まり、スッと立ち上がった俺の姿に、周囲のざわめきが消える。王女の連れてきた得体の知れない男、子供の遊びに付き合わされる哀れな道化。そんな印象しかなかった相手がたった一人でドラゴンを倒したとなれば、その反応も当然だ。
だが、俺はそれを気にしない。ただまっすぐに中庭を歩き、主の元へと近づいていく。
「っ!? ま、待て!」
「エルザ」
そんな俺の行く手を、咄嗟にエルザが阻もうとした。だがマーガレットがそれを制し、一歩前に出てくる。ならばと俺もその前で足を止め、膝を折って頭を垂れる。
「エド……あの……」
「王女殿下より賜りしご命令、確かに完遂致しました」
少しだけ顔をあげ、俺はマーガレットを見てニヤリと笑う。それに驚いたマーガレットが大きく目を見開き……だが小さな声でクックッと笑うと、如何にも尊大な態度で胸を反らし、俺の頭に手を置いた。
「うむ! 我が騎士エド、大義であった! さあ、みんなで讃えてください! 竜殺しの剣士にして、救国の英雄! 雑用騎士のエドさんです!」
「お……おぉぉ…………オォォォォォォォォ!!!」
最初は僅かに、だが時間と共に周囲から歓声が湧き上がってくる。この場にいる誰もがドラゴンの脅威を肌で感じ、それが倒される瞬間をその目で見たのだから、湧き上がらないはずがない。
「エド! エド! 竜殺しの剣士、エド!」
「エド! エド! 救国の英雄、エド!」
「エド! エド! 雑用騎士……雑用騎士って何だ?」
「知らん! でも細かいことは気にするな! エドー!」
「「「オォォォォォォォォ!!!」」」
「フフッ、凄い人気ね? 手でも振ってあげたら、英雄さん?」
「ティア!? いや、俺は別にそんなのじゃ……」
派手に暴れてしまったので、諸々を誤魔化すためにちょいと足場を固めたかっただけなのだが、どうも予想以上に盛り上がられている気がする。いつの間にか側にやってきたティアにそう言って苦笑すると、今度はマーガレットがその口を開く。
「駄目よエド! 英雄はちゃんと民の声に応えないと!」
「えぇ? でも――」
「それとも、私の婚約者として紹介した方がいい? そしたら王様ごっこもできるかも知れないわよ?」
「うぉぉー! ドラゴン、討ち取ったりー!」
五歳の王女の婚約者なんて、厄介ごとの塊でしかない。慌てて立ち上がって雄叫びを上げる俺に、呼応した周囲の人達も更なる歓声を上げ始める。
「……それで姫様。それにエド殿も、この騒ぎに一体どうやって収拾を付けるおつもりなのですか?」
「え? 私は何も知らないわよ。いつも通り遊んでるだけだもの!」
「あっ、ズルッ!? お、俺も遊んでるだけですから! そう言うのはほら、エルザさんみたいな権威のある人がいい感じに処理してくれれば……」
「一介の護衛騎士に過ぎない私に、どうしろと!?」
「「さあ?」」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
顔を見合わせ同じ言葉を口にする俺とマーガレットに、エルザが深い深いため息をつく。積み上がった問題は山どころか天まで届きそうだが……
「フフッ、アハハ! アハハハハハハハハ!」
目に涙を浮かべ、腹を抱えて大笑いし始めたマーガレットの姿に、俺はとりあえず全ての問題を棚上げして、しばし勝利の余韻に浸るのだった。




