やり遂げるとは思っていたが、やり過ぎるとは思わなかった
「よっ……と。ふぅ、今回も無事に終わったな」
軽い酩酊感の後、いつも通りに「白い世界」へと帰還した俺は、慣れた感じで首やら肩やらを回してみる。うむ、今回も当然体が元に戻ってるな。もっと何十年と過ごして若返ったとかなら感動するんだろうが、二〇歳からの半年とか一年だと、普通に筋力や体力が落ちたってガッカリ感しか湧かねーんだよなぁ……
「……ティア? 大丈夫か?」
「う、うん。平気……」
「何か体に違和感があったら言えよ? いや、言われても対処できるわけじゃねーけど」
「本当に平気よ。エドと違って、私の場合は一〇年前に戻ったってそこまで大きくは変わらないもの」
「そっか。やっぱり一〇〇歳越えは違う……イテェ!?」
ティアの蹴りが、俺の尻に容赦なく炸裂する。
「何でだよ!? エルフで一〇〇歳って別に年寄りでもなんでもねーだろ!?」
「何でもよ! エドの馬鹿!」
「わけがわからん……」
ティアのお怒りポイントがわからず、俺は涙目で尻をさする。実に理不尽極まりないが……ま、ティアがちょっとだけ元気になったようだからいいだろう。
「で、どうだった? 初めての異世界は?」
「うん。想像してたのよりずっと普通だったけど……でもずっと楽しくて幸せで……ちょっとだけ寂しかったわ」
「そっか」
「……エドは凄いね。こんなのを一〇〇回も繰り返したんでしょ?」
「だな。まあ慣れだよ慣れ。いい出会いも悪い出会いもあるし、楽しいことも辛いこともある。いつまでもここにいたいと思う世界もあれば、今すぐにでも帰りたくて仕方ない世界もあった。
そんな俺の経験から言うことがあるとすれば……割り切って楽しむことだな。どの世界にとっても、俺達はいきなりやってきて短時間滞在するだけのよそ者でしかない。
ならよそ者はよそ者らしく、その短い期間を楽しめばいい。『ああ、あの世界は楽しかった』って思い出せるように精一杯過ごすのが一番いいと俺は思うぜ?」
「そっか……そうね。そうかも」
あえて気楽に言った俺に、ティアがニッコリと笑って答える。その笑顔には若干の強がりが見て取れるが、それはワッフル達との思い出が素晴らしいものだったからだ。ならばそこは喜ぶべきことだろう。
「でも、ワッフル達、あれからどうなるのかしら? いい思い出にするにしても、それは流石に気になっちゃうんだけど……」
「ああ、それなら大丈夫だ。見てろよ……」
振り返ってテーブルの上を見れば、そこにはチカチカ輝く水晶玉がある。前回と同じだというのなら、これに触ればあの本が……何だっけ? とにかくアレが降ってくるはずだ。
ならばこそ俺は慎重に水晶玉に手を伸ばし……ここだっ!
神の挙動を完璧に見切り、俺は素早くその体を翻す。だがいつまで経ってもお目当てのものが降ってくることはなく、俺の頭も無傷のままだ。
「……………………?」
「何やってるのエド?」
「あれ? いや、頭の上に本が……」
「あっ!? ねえエド、本が!?」
訝しげに頭上を見つめる俺がティアの声で視線を落とすと、テーブルの上に「勇者顛末録」と書かれた本が出現している。
え、何で? 頭の上に降るんじゃねーの? っていうか、これでいいなら何で今まで頭の上に降ってきてたわけ!? 嫌がらせか!? 嫌がらせなのか!?
「りざるとぶっく……? 何これ? ねえエド、これ読んでいいの?」
「……あー、うん。どうぞ」
どうにも腑に落ちないものを感じつつ、俺はティアと一緒に重厚な革張りの本を読んでいく。アレクシスの時と違って俺達が出会う前のワッフルの記述は薄く、その後中盤にかけてまでは俺達が一緒に行動していた分のためそこは軽く読み流し、俺達が別れた洞窟から先の部分を食い入るように読み進め……そして現れた最終章という文字に、俺はゴクリと唾を飲み込み、噛みしめるようにその一字一字を己の心に刻みつけていく。
――第〇〇二世界『勇者顛末録』 終章 「エドルティア王国」
かくて勇者ワッフルと英雄ドーベンの二人により魔王は倒され、世界からはクロヌリの脅威がゆっくりと減少していった。それによって生まれた余剰軍事力と魔王の領地という広大な土地、更には魔王を倒した勇者と英雄という強い力を得たことで一部のケモニアンの中には「これを機に人間を討ち滅ぼし、ケモニアンの力で世界を統一するべきだ」という動きが活発となる。
が、それに対して勇者ワッフルは「ワレが魔王を倒せたのは、かけがえのない人間の友がいてくれたからなのだ。その恩と友の想いをワレは未来永劫忘れないのだ!」と高らかに宣言し、英雄ドーベンもまた同様の発言をしたことで戦争の気運は一気に下火となる。
更に、ケモニアンの勇者が人間を認める発言をしたことで双方の間で互いの存在を認め合うような動きが生まれ、民衆の意思に後押しされる形で広大な魔王領の中に世界初の人とケモニアンの共生する国、エドルティアが建国された。
エドルティアの初代国王となった勇者ワッフルと、片腕たる大将軍ドーベン。その生涯をかけて両種族の融和に尽力した二人が「友」と再会することはついぞなかったが、その何処までも純粋な想いは、今も人間とケモニアンが笑い合うこの国の中に確かに刻まれている。
「おぉぅ、スゲーな。魔王は倒すだろうと思ってたけど、まさか王様になってるとは……」
「ね、ねえエド。この国の名前って……」
「言うな。考えたら駄目なやつだ」
ワッフル達の気持ちは嬉しいが、国の名前に俺達の名前が使われてるのは……何かもう、えぇ? ど、どうしろと?
いや、嬉しくないわけじゃねーよ? 光栄だと思うし、あいつらも頑張ったんだなーとか、約束覚えててくれたのかとか、思う事は沢山あるけど……でも国の名前は流石に……
「てかこれ、もしあの世界に残ってたら、俺達も国の重鎮みたいな感じになってたんじゃねーか?」
「国の成り立ちとか政治的な立ち位置とかを考えると、ワッフルとエドが共同で王様になってたかもね。フフッ、どうエド? 王様になれなくて残念?」
「馬鹿言え、王様なんて頼まれたってやりたくねーよ!」
二つの大国から睨まれ続ける新興国の国王なんて、秒で胃が溶けるんじゃねーか? 多少の贅沢と引き換えに自由を捨てて国民のために生きるなんて生き方、俺には到底選べない。
ま、だからこそそれを選んでやり遂げたらしいワッフルとドーベンには尊敬の念が絶えないし、もしその場にいるならばそりゃ助けたいと思っただろうが……これを読む限りは、何もかもがもう過ぎたことだ。
「……私達にとってはついさっきのことなのに、あの扉の向こうではもう何十年もの時間が流れちゃったのね」
「みたいだな。つっても、ティアみたいな長命種からすると、いつものことなんじゃねーの?」
「流石にそこまでじゃないわよ。確かに気がつくと一〇年くらい経ってたりするけど」
「それも大概だと思うけど……まあいいか。ほら、ティア」
声をかけて本を閉じると、俺はそれを本棚にしまい込む。二冊並んだ本棚はまだまだスカスカだが、ならばこそこの全てに最高の歴史を並べてやろうという気概も湧いてくる。
「じゃ、次の世界に行くか」
「あ、待って待って! えーっと……えいっ!」
席を立つ俺に、ティアが慌てて水晶玉に手を触れてからついてくる。
「それで? 次はどんな世界なの?」
「あーっと……どんなだったかな? てかティア、お前また何かスキル貰ったの?」
「フフーン、内緒! 後で教えてあげるわ」
「何だよ、気になるじゃねーか! 今教えてくれよ」
「だーめ! そんなにいっぺんに楽しみを終わらせるなんて勿体ないじゃない! ほらほら、それより早く行きましょ! 新しい世界が私達を呼んでるわ!」
「へいへい。じゃ、行きますかね」
ティアの手をしっかりと握り、俺は新たに出現した〇〇三の扉を開く。新たな出会い、新たな冒険を求めて踏み出した一歩は、今回もまた光の中へと消えていった。




