才能の一言では片付けられないこともある
「ねえエドにゃん、ケルヴ卿って誰?」
「いや、知らん」
「ケルヴ卿は、少し前に更迭されたギュネヴの代わりに国務大臣に就任なさった方だ。このようなところで一体何を……?」
ティアの問いに答えられなかった俺の代わりに、エルザが説明してくれる。ちなみに、名前は本当に知らなかった。いや、正確には覚えていなかったというべきか? 何せ主観時間では一〇〇年以上も前のことだし、当時は城の中のゴタゴタなんて一切気にしてなかったからなぁ。流石に記憶が曖昧なのは致し方ないだろう。
「よしっ!」
と、その時俺の腰辺りで、マーガレットが小さく拳を握って笑みを浮かべているのに気づいた。何がよかったのかちょっとだけ気になったが、マーガレットは真剣な表情で隙間から外を見ており、声をかけるのは躊躇われる。
そしてそんな俺達に気づくことなく、ケルヴ卿とやらともう一人の誰かの話は粛々と続いていく。
「例の者達ですが……アグリッハの町までの足取りは掴みました。ですがその先が……」
「そうか。身を隠すのが上手い鼠共だ。そう簡単に尻尾を掴ませてはくれないだろう。とは言え見逃しては取り返しのつかぬ疫病を運ばれてしまう。何とかしてギュネヴの作った抜け穴を発見し、塞がねば――」
「ニャーン!」
突然、マーガレットが大きな鳴き声をあげながらタンスの扉を開け放った。その予想外の出来事に、俺達も、そして相手側も一瞬動きをとめる。鋭い目つきをした四〇代くらいの貴族の男と、使用人の服を着た三〇代くらいの男……なら赤い貴族服を着た男の方がケルヴ卿だろうな。
「誰だ!? って、マーガレット王女殿下!?」
「そうですケルヴ卿! 第三王女猫のマガにゃんです!」
「ね、猫? それは……ん? エルザ!? これは一体どういうことだ! まさか貴様――」
マーガレットの後からタンスを飛び出して来た俺達。そのなかでも見知った顔を見かけてか、ケルヴ卿が鋭い声をあげる。
「ち、違いますケルヴ卿! 私達は決して怪しいものではありません!」
「怪しくないものがタンスに潜んで盗み聞きなどするか!」
「はぐっ!? それは……」
「怪しくなんてありません! 私達は猫なので、暗くて狭いところでごろにゃんこしていただけです!」
「ごろ……? おい」
「も、申し訳ありませんケルヴ卿! しかしその、流石にこれを予想するのは……」
ケルヴ卿に睨まれ、もう一人の男が平身低頭で言う。すると険しかったケルヴ卿の表情が幾分か緩み、代わりに大きなため息を吐いた。
「……ハァ、そうだな。マーガレット王女殿下がここで遊んでおられるなど、知るはずもない。しかし殿下、感心しませんな。王女ともあろうお方が、このような場所で盗み聞きなど――」
「盗み聞きじゃありません! 猫は暗闇に潜んで目を光らせ、鼠を狩るのが仕事なのです! ケルヴ卿だって猫なのですから、わかるでしょう?」
「私が猫、ですか?」
「はい。だってさっき、鼠がどうって話をしていたじゃないですか!」
「それは…………」
無邪気に言うマーガレットに、ケルヴ卿の顔がこれ以上ないほど苦い表情を見せる。相手が王女では頭ごなしに命令することもできず、相手が五歳の少女では言ってもどれだけ通じるかがわからないと理解できているからだろう。
「あの、王女殿下? 先程の話なのですが――」
「それにしても、このお城には随分と鼠と猫が多いんですね」
「……? 殿下、それはどういう……?」
「エドにゃん……いえ、その時はエドわんでしたけど、庭を散歩していた時も、草むらの奥でそんな話をしている人がいたんです。胸にこう、猫の目みたいな形をしたペンダントを下げていて……あれ凄く素敵だったので、私も欲しいです」
「猫の目? 目のようなペンダント……まさか!? 殿下、それは何処でしたか!?」
目の色を変えたケルヴ卿が、掴みかかるような勢いでマーガレットの側に駆け寄ってくる。だがマーガレットは怯えることもなく、可愛く首を傾げて考え始める。
「あれは……どこだったっけ? ねえエドにゃん、覚えてる?」
「へ? えーっと……確か半月前くらいですよね? とすると……西北の監視塔の下辺りだったんじゃないかと」
「監視塔!? くっ、足下ほど目に見えぬとはこのことか……おい、すぐに調査させろ。
殿下、急な用事ができましたので、これで失礼させていただきます……エルザ、貴殿の立場はわかるが、あまり殿下を自由にさせすぎるのはどうかと思うぞ?」
「ご忠告痛み入ります」
エルザが頭を下げるのを見届ける間もなく、ケルヴ卿がもう一人と一緒に部屋を出て行く。その足音が消えたところで、漸く俺達の間に流れていた緊張の空気が緩んでいった。
「ケルヴ卿は何だか忙しそうね。何だか気が抜けちゃったし、今日の探索はこのくらいにしましょうか?」
「そうしていただけると助かります…………」
マーガレットの言葉に、エルザが心底安心したように声を漏らす。そしてその横では、ティアが俺に話しかけてくる。
「それにしても、マガにゃんは随分落ち着いてるわね。ひょっとして今日みたいなことが前にもあったりしたの?」
「ん? ああ、そうだな。割と多いな」
「それってその、マガにゃんが…………だから?」
ティアが言葉を濁した部分は、「勇者」と言いたかったのだろう。だがそれに対して、俺は曖昧にしか答えられない。
「うーん、多分……としか言えねーけど」
勇者の中には、いわゆる「巻き込まれ体質」という奴がいる。それは俺の持ってる「偶然という必然」を超える吸引力で、理屈を無視してあらゆる厄介ごとに巻き込まれる才能、あるいは災能だ。
そしてこれまでの事件遭遇率を考えると、確かにマーガレットにはその才能が宿っている気がする。
(……そうだな、たまには見てみるか)
ふと思い立ち、俺は目に力を込めて「七光りの眼鏡」を発動させる。するとマーガレットに秘められた才能や可能性が見えてくるが……
(むぅ、見えづらいな……)
才能や可能性というのは、基本的に歳を取れば取るほど狭く細く具体化してくる。なので五歳であるマーガレットの才能は、酷く読み取りづらい。要はまだまだ何でもできる、何にでもなれる年頃なので、範囲が広すぎてぼやけてしまうのだ。
だが、それでも全く見えないわけではない。まず見えたのは「謀」の才能……まあ、うん。そうか。子供が持ってるこの才能は、悪戯とかそういうのの才能なので、そりゃあるだろうと納得できる。じゃなきゃ人を猫にして、タンスに隠れたりはしないだろうしな。
後は…………んん?
「エドにゃん? そんなに見つめてどうしたの?」
「はっ!? あ、いや、何でも……何でもありません」
「そう? 変なエドにゃんね」
ジッと見つめてしまったことで、マーガレットに不審がられてしまったようだ。どうやらこれ以上見続けるのは難しそうだが……むーん?
「さ、戻りましょ! みんなもう普通にしていいわよ」
「はぁ、助かった……」
「あー、面白かった!」
マーガレットのお言葉に、エルザとティアが正反対の反応を示す。そのまま俺達は歩いて帰るわけだが……そこで俺はエルザに睨まれる危険を冒してでも、もう一度マーガレットを凝視する。
「……………………」
「エド殿? さっきから随分と姫様を熱心に見ているようだが、何かあるのか?」
「…………いえ、何も」
「…………?」
思わず固い声を出してしまった俺に、エルザがどう対処していいのかわからないという顔をする。本来ならここは適当に笑って流すべきところなんだが……今の俺にはそれができない。
(……どういうことだ?)
マーガレットに眠る無数の才能。そしてその奥にある、既に目覚めている力。そこには数え切れない程の絶望の夜を乗り越えた者にしか持ち得ない、「不撓不屈の魂」が宿っていた。




