みんなでやれば怖くないし、みんなでやれば……多分恥ずかしくもない
この城にやってきてから、おおよそ二ヶ月。今日も俺は金貨一〇枚の借金を返すべく、雑用という名のお遊びに付き合うわけだが……どうやら今回は少し違う流れになるらしい。と言うのも……
「マガにゃん、参上!」
「ティアにゃん、参上!」
「フッ、エドにゃん参上」
「え、エルザにゃん……さ、参上…………っ」
本日の雑用は、何と全員参加である。しかも全員の頭には、何ともモフッとした獣人っぽいつけ耳が乗っているという本気仕様だ。
「あの、姫様? これは一体……?」
「仕方ないじゃない! ティアが一緒に遊びたいって言うんだから!」
「そうよ! 私だけ普通の雑用ばっかりなんてつまらないもの!」
事の発端は、正にそれである。マーガレットの遊びに付き合うのは基本俺だけだったわけだが、それにティアが不満を漏らしたのだ。
「何で私だけずーっと普通の雑用なの? 草むしりとか野菜の皮むきとか、そういうのは昔散々やったから、もういいのよ!」
「ですが、幾ら子供とは言え、人間の王族がエルフの方を四つん這いにして獣のように扱うのは……」
訴えるティアに、エルザが渋い顔で言う。本人同士が納得していたとしても、情報なんてのは受け取る側に都合がいいように捻れて歪むものだ。事実の表面だけを削り取れば「権力者によってエルフが虐待されている」と言えなくもない情景だけに、種族間戦争の引き金になりそうな仕事は流石に許容されなかったのだ。
「だからこうしたのよ! みんなでやれば怖くない! でしょ?」
「まあ、はい。確かにこれなら妙な誤解は生まないと思いますが……その、姫様? この耳は一体何処で?」
「ああ、これならバルター様にお願いしたら、喜んで用意してくれたわよ?」
「は!? え、何でバルター様が!? あの方は偉大な治癒術士ではありますけれど、裁縫士ではないんですよ!?」
「それは私の口からは言えないわね! 二人だけの秘密だもの!」
「えぇぇ……」
フフンと得意げに笑うマーガレットに、エルザが心底困り果てた表情になる。うーん、俺もちょっと気になる。まあ七〇歳くらいの爺さんだったし、孫を可愛がる感じなのかも知れねーけど……いや、深く考えるのはよそう。人には誰しも、踏み入って欲しくない領域ってのはあるもんだからな。
「さ、それじゃ行くわよ! にゃんが一人増えちゃったけど、今日は当初の予定通り、西館の探索よ!」
「「オー!」」
「お、おー」
「ちょっとエドにゃんにティアにゃん! そこは『オー』じゃなくて『ニャー』よ! あとエルザにゃん、もっとお腹の底から声を出しなさい!」
「「「ニャー!!!」」」
「よろしい! では出発!」
楽しそうに耳を揺らすティアと、恥ずかしそうに耳まで赤くなるエルザを従え、マーガレットが意気揚々と城の中を歩き始める。ちなみに俺は何も考えていない。何故なら今の俺は気まぐれな猫なので、悩みとか羞恥とか、そういうのは終焉の彼方に置いてきているのだ。
「ねえねえエドにゃん。すれ違う人がみんな見てくるわよ?」
「そりゃそうだろティアにゃん。猫ってのは全ての人を魅了するもんだからな」
「そっか。確かに猫は可愛いものね」
「そうよ! 今の私達は最高に可愛いの!」
「うぅぅ、恥ずかしい…………」
「大丈夫よエルザにゃん。貴方もとっても可愛いわ」
「ティア殿!? いえ、そういうことではなくてですね」
「こら、駄目よエルザにゃん! ちゃんと呼びなさい!」
「姫様!? くっ、てぃ、ティアにゃん殿……」
「フフフ、それでいいのよ!」
「くふぅ…………」
もはや耳どころか顔全体が真っ赤であり、うっすらと目に涙すら浮かべるエルザをそのままに、俺達はグネグネと城の廊下を歩き進む。すると徐々に人通りが減っていき……辿り着いたのは、何処ともわからぬ部屋の前。
「それじゃ、この部屋の中を探索するわよ!」
「えっ、勝手に入ってもいいものなんですか?」
「何で私が入ったら駄目な部屋があるの?」
「えぇ? えっと、エルザさ……にゃん?」
言い直した俺の呼びかけに、エルザが何かを堪えるような表情で睨んでくる。だが俺は気にしない。猫は全てをナァナァに流すのだ。
「ぐっ……宝物庫や地下牢のような場所ならともかく、ここは来客用の待機室……それもいくつかある予備の一つだ。使う予定もなかったはずだし、姫様が入る分には問題ないだろう」
「そういうこと! それじゃ、突入ー!」
「あっ」
止める間もなく扉を開き、マーガレットが室内に駆け込んでいく。当然俺達も後を追うと、綺麗に清掃された部屋のなかには特に人影もなく、静かなものだ。
「さあみんな! 猫らしく部屋の隅っことかを探すわよ!」
「王女殿下……じゃない、マガにゃん? 探すって、何を探せば?」
「そんなの決まってるじゃないティアにゃん! 何か面白そうなものよ!」
「うわ、漠然としてんなぁ……」
「何よ、不満なのエドにゃん?」
「ニャー!」
ジロリと睨むマーガレットに、俺は否定も肯定もせずただ一声鳴く。猫は多くを語らない。ただ長いものに巻かれるべく率先して机の下や衣装ダンスの裏を見ていくだけだ。
「うわ、凄いわよエドにゃん。タンスの裏まで埃がないわ」
そんな俺に釣られるように、ティア達も部屋の隅を見回し始め、そんな感想を呟く。確かに普通なら埃が積もってそうなところに何もないのは凄い。凄いんだが……
「……これだけ掃除されてたら、本当に何もないんじゃないか?」
「当たり前だろうエド殿。いくらあまり使われない控え室とはいえ、掃除に手を抜くなど――」
「エルザにゃん?」
「ぐっ……うぅぅ…………え、エドにゃん…………」
「そんな血を吐くような顔で言わずとも……」
マーガレットに再度諭され、乙女にあるまじき形相をしたエルザが俺の名を言い直す。何かちょっと可哀想な気もするが、今の俺は猫なので何をしてやることもできない。俺が猫っぽくじゃれつきながら慰めたりしたら、多分本気で斬られると思う。
とまあ、そんな感じで室内を探し続けること、三〇分。相応に広い部屋とはいえ、四人で探し回れば流石にもう見るところなど何処にもない。
「姫様、流石にこれ以上は探すところもないのですが……」
「そうね。もうそろそろのはずだから……ほらみんな! そこのタンスの中に隠れるわよ!」
「へ? 姫様、突然何を――」
「いいから! ほら、エドにゃんとティアにゃんも、早く!」
手招きするマーガレットに従い、俺達は大きな衣装ダンスの中に入り込む。中身は空っぽだったので何とか収まったが、それでも四人は大分狭い。
「ねえマガにゃん。どうしたの?」
「猫は狭いところが大好きなのよ、ティアにゃん! だからこうして暗くて狭いところで、みんなで仲よく隠れるの!」
「あー、まあ、うん。わからなくはないけど……」
「あの、エルザにゃん? もう少し詰めてもらっても?」
「無茶を言うなエド……にゃん。私は鎧を着てるのだぞ?」
「だからなんですけど。食い込んで痛いというか……」
「我慢しろ。貴殿は猫なのだろう? 昔誰かに『猫は液体』だと聞いたことがあるぞ?」
「……ニャー」
そう言われてしまえば、俺にできるのは鳴くことだけだ。ニュルリと隙間に適応できないのは、俺の猫度が足りないからに他ならない。真の猫への道は、まだまだ果てしなく遠そうだ……
ガチャン
「ん?」
と、そこで不意に、部屋の扉が開く音がした。誰もが反射的に息を潜めてしまうなか、マーガレットがほんの少しだけタンスの扉を開くと、そこから室内の声が聞こえてくる。
「……誰もいないだろうな?」
「勿論です。ここは滅多に使われることのない部屋ですから。朝の掃除の時間を除けば、使用人達もほぼ通りません」
「ならいいのだが。では、早速話を聞かせてもらおう」
(……誰だ?)
その声に、俺は全く心当たりがない。そもそも知ってる人物の方が圧倒的に少ないのだから、当然と言えば当然だ。だが俺の顔のすぐ側では、エルザが険しい表情を浮かべて声を漏らす。
「ケルヴ卿? こんなところで何を……?」
おっと、どうやら今回も、何か厄介なことに巻き込まれてしまっているようだ。




