理由も根拠もない好意には、首を傾げることしかできない
「うーん……何て言うか、普通ね!」
「そう言われても……」
移動する馬車の中、ひとしきり話を聞き終えたマーガレットの感想に、ティアが何とも困った表情で返す。
俺が知ってるこの世界の知識は、あくまでもこの城の中で過ごした半年ちょっとの間に得られたものだけだ。となれば必然でっちあげられる思い出話にも限界があり……どうやらお姫様はその「平凡な話」にご不満のようだ。
「もっとこう……ないの? 運命的な出会いの話とか、そういうの!」
「姫様、無理を言ってはいけません。冒険者の出会いなど、酒場で意気投合して仲間に……などというものがほとんどです。あとはギルドの仲介などですね」
「えー、そんなのつまらないわ! 命を預ける仲間なら、それ相応の出会いがあってもいいじゃない!」
「ははは。確かにそうかも知れませんけど、そういうのは数が少ないから詩になったりするわけで、巷に溢れてしまったらそれはただの日常ですよ?」
「むぅ、それは確かにそうね」
俺の言葉に、マーガレットが小さく唸りながらも納得する。正直あまり深く突っ込まれると何処でボロが出るかわからないので、この手の過去話は早々に切り上げたいところなんだが……
「おっと、着いたみたいですね」
と、そこで都合よく馬車が停止する。着いたのは町の入り口……ではなく、城の門の前だ。流石に王族の馬車だけあって、町の入り口程度では止められて誰何されることはなかったらしい。
ただ、流石に城の中へは素通りとはいかないようだ。外からのノックにマーガレットが頷くと、エルザの手で馬車の扉がゆっくりと開かれる。
「お帰りなさいませ、マーガレット殿下。エルザ様も、お勤めご苦労様です。それで……」
そうして開いた扉の向こうから姿を現したのは、赤と緑の組み合わさった目立つサーコートを身に纏う兵士の男。彼はマーガレットとエルザに敬意の籠もった眼差しを向け……そして俺とティアの二人には、訝しげな視線を向けてくる。
「先触れから伺っておりますが、そちらのお二人がマーガレット殿下がお連れになった冒険者の方ですか?」
「そうだ。何か問題か?」
「問題というか……」
エルザの問いに、兵士の男は眉間の皺を深めながら言葉を続ける。
「私の権限では、そちらの方々を城の中に入れることができません。なのでどうしたものかと……」
「何よ! 私がいいって言ってるのに、駄目なの!?」
「お許しください殿下。その、国王陛下のご許可をいただければ別なのですが……」
「わかったわ! ならお父様に頼んでくるから、エド達は少しここで待っていてくれる?」
「あ、はい。わかりました」
言葉的には頼みだが、俺の返事に否やはあり得ない。そう答えた俺に満足げに頷くと、すぐにマーガレットが馬車から飛び出して行った。
「じゃ、エルザ! 行くわよ!」
「畏まりました。では二人とも、また後で。姫様、お待ちください! 走っては危ないですよ!」
そんなマーガレットを追いかけて、エルザもすぐに外に出る。そうして俺達は二人きりで馬車に残され、その扉がパタンと閉じられた……が、よく見ると細い隙間が空いている。気を使ってくれつつも完全な密室を許すほどではないということだろう。
『ねえエド。これって前の時と同じ流れなの?』
おそらくはティアもそれに気づいて、俺に手を重ね「二人だけの秘密」で話しかけてきた。失う言葉を発しなければ、失言は存在しない……うむ、実に賢いやり方だ。まあそれはそれとして。
『いや、一周目の時は普通に城に入れてもらったぞ。つってもあれは俺が酷い怪我をしてたからだろうけど』
当時の弱っちい俺は、あの熊魔獣に結構な怪我を負わされていた。それもあってマーガレットの主張が通り、そのまま城で雇われている治癒術士のところに直接行ったのだ。
『なら、ここで足止めされてるのはやっぱり私のせい?』
『は? 何で?』
『だって、大した怪我をしてない私が一緒だから、すんなりお城に入れなかったってことでしょ?』
『いやいや、そりゃ違うだろ』
確かに俺だけならば、治療の名目で連れてこられただけにすんなり城内に入れた可能性はある。が、そもそもティアを一緒に連れて行ってくれと頼んだのは俺なのだから、そこはティアの気にすることじゃない。それに……
『城に入るのに待たされるなんて当たり前だろ? 何で急にそんなこと気にしてるんだ?』
俺達みたいな流れの冒険者が、王城なんて場所にすんなり入れるはずがない。そんなことはティアだってわかりきってるはずなのに、どうして今更それを問うのか? 本気で意味のわからない俺に、ティアが若干表情を曇らせて話を続ける。
『何か……何かね。私、あのお姫様に歓迎されてない気がするのよ』
『へ? 何で? さっきまで楽しそうに話してたじゃねーか』
『そうなんだけど、でも何かこう、警戒されてるって言うか……壁を感じる?』
『ほーん…………いや、それ普通じゃね?』
誰とでもすぐに仲良くなれるのはティアのいいところだが、マーガレットは五歳の少女とは言え、曲がりなりにも王族だ。さっき出会ったばかりの相手を警戒して距離を置くのは、むしろ幼くてもしっかり王族の自覚があるんだなぁと感心し褒め称えるところだろう。
そんなことは当然ティアだってわかっているはずなのに、それでもどういうわけかその表情は冴えない。
『確かにそうなんだけど、その割には妙にエドにだけ懐いているような……』
『は!? 俺!?』
あまりに予想外の言葉に、俺は思わず声が出そうになって慌てて自分の口を押さえる。まあこの一言が聞かれたところでどうってこともないんだが、何となく雰囲気的に。
『何で俺? それこそ俺は大して話してないぜ?』
『うーん、何でって言われると、勘? そういう気がするとしか言えないんだけど』
『そりゃあ……あー…………何とも言えねーな』
勘と言われてしまうと、それ以上には何も言うことがない。ティアの直感であれば信じるに値するとは思うが……いや、マジで何でだ? しょぼくれたとか言われただけで、好かれるような心当たりがこれっぽっちもないんだが……?
『まあでも、そうね。確かに少し距離は感じるけど、別に嫌われてるってわけじゃないみたいだし。少しずつ仲良くなればいいわよね』
『おう、そうだな。どうせ最低でも半年は一緒にいるんだし、ゆっくりやっていけばいいだろ。ならそれはそれとして、少しこの後の流れをおさらいしとくか』
待ち時間は暇なので、俺達はこれからのことをもう一度軽く確認し合う。いきなり違う流れに入ってるので何処まで同じかはわからねーが、それを踏まえたうえで知っておけば、心構えってのができるからな。
ただ、そんな話し合いを終えても迎えはまだ来ない。いつまでも無言なのも不自然なので、普通に雑談もしたり、最後には飽きたティアが俺の肩に頭を乗せて寝息を立て始め、俺もちょっと眠くなって来たところで……漸くにして馬車の扉が開き、見知った顔が声をかけてきた。
「待たせたな二人とも」
「エルザさん! おい、ティア起きろ!」
「むにゃ……あ、えど。おはよう?」
「いや、まだ昼前……いや、もう過ぎたのか? とにかく朝じゃねぇ。起きろ!」
「ふにゃっ!?」
ティアの形のいい鼻を軽く摘まんでやると、たちまち寝ぼけた翡翠の瞳がぱっちりと見開かれる。それと同時に頬を膨らませたティアの手で俺の鼻も摘ままれたが、そこは気にせず俺はエルザの方に視線を向ける。
「ほまはへひまひた。ほれで……わかったから離せって! それで、どうなりました?」
「ゴホン。ああ、無事に許可が下りた。これから二人には下士官用の宿舎に移動してもらう」
「宿舎ですか?」
「そうだ。本来は客人ということなら城内の部屋をあてがわれるのだが……」
「あー、そりゃ得体の知れない冒険者を、おいそれと城の中には入れられないですよね」
苦笑して言う俺に、エルザもまた苦笑してみせる。
「すまないが、そういうことだ。そちらに駐在している治癒術士が、エド殿のことを診てくれる手はずになっている。何か問題はあるか?」
「いえ、何も。だよなティア?」
「ええ、平気よ」
一足飛びに城内まで入れた前回がおかしかったのであって、この対処は極めて真っ当だ。俺達は笑顔で了承すると、エルザに連れられ改めて城門をくぐっていくのだった。




