拒否すると罰せられる厚意は、もはや厚意ではない気もする
俺の「気絶している間に全ての問題がいい具合に解決してくれるといいな」作戦は、ティアに尻を蹴っ飛ばされて二秒で終了した。その後は若い……確か二五歳だったかな? 女性騎士が動かない熊魔獣を怪訝そうな顔で切り倒してから、回復薬を使ってくれる。
「どうだ?」
「はぁー、助かりました。ありがとうございます騎士様」
「ありがとうございます」
俺とティアが揃って頭を下げると、騎士の女性は軽く微笑んで答えてくれる。
「いや、私は姫様の指示に従っただけだ。感謝なら姫様にするといい」
「姫様、ですか?」
「そうだ。馬車で走っている最中に、姫様が急に『人が襲われている気がする』と声をあげられてな。念のため私がやってきたところで、君達二人に出会ったのだ」
「なるほど……では確かに、そちらの方も恩人ですね。是非一言御礼をお伝えしたいのですが……高貴な方ですと、難しいでしょうか?」
「いや、大丈夫だ。姫様から『もし誰か襲われていたら、自分のところまで連れてきてくれ』と言付かっているしな。着いてくるといい」
「おお、ありがとうございます。じゃ、行こうぜティア」
「ええ」
おおよそ想定通りのやりとりを終え、俺達は女性騎士について森を出る。すると街道沿いに出たところで数人の護衛と共に黒塗りの豪華な馬車が停車しているのが見え、まっすぐにそこまで近づくと、扉の前で女性騎士が片膝を突いて声をあげた。
「姫様、ただいま戻りました」
「おかえりなさいエルザ。どうだった?」
「はい、姫様のお言葉通り冒険者が魔獣に襲われておりましたので、救出の後お連れ致しました。一言御礼をと申しておりますが、どうしましょう?」
「勿論いいわよ」
舌足らずの高い声と共に、馬車の扉が内側から開かれる。そうして姿を現したのは、ふんだんにフリルのあしらわれたピンクのドレスに身を包む、榛色の髪と目をした五歳くらいの少女。何を隠そう彼女こそ、この世界の勇者である。
「初めまして、冒険者の人。私は……………………」
「? 姫様?」
「だ、誰!?」
姫と呼ばれたその少女は、しかし俺達を見て驚愕と共に声をあげる。いや、正確にはティアを見て叫んだように感じたが……何でだ?
「いえ、その、誰と仰りましても……助けた冒険者としか。そう言えばお前達、名前は?」
「あ、はい。俺……いや、私は冒険者のエドです。で、こっちは……」
「エドの仲間で、ルナリーティアです。この度はお連れの騎士様に助けていただき、ありがとうございました」
「あー、そう。うん、エドね。エドはいいのよ。でも貴方! 貴方誰!? 何者!?」
「いや、ですから私はエドの仲間で……何者って言われても……」
「貴方エルフよね! 耳長いもの! でも何でエルフがエドみたいなしょぼくれた男と一緒にいるの!?」
「えぇ……」
少女の歯に布着せぬ発言に、俺は思わず小さく呟く。いやまあ、確かに誰が見ても美女のティアと比べれば、俺はごく普通のパッとしない容姿ではあるけれども。
でもしょぼくれ……むぅ、俺ってしょぼくれてるのか?
「あの、姫様? それ以上は流石に失礼かと……名乗りもまだですし」
「あっ!? そうね、ごめんなさい。それじゃ改めて。私はこのフォーンダリア王国の第三王女で、マーガレット・キルツ・フォーンダリアよ! それでエルザ、この人達はどんな状況だったの?」
「はい。姫様のお言葉通りに森に入ったところ、アルゴベアーに襲われておりました。それは私が退治しましたが、エド殿は頭に、ルナリーティア殿は腕に怪我をしておりましたので、回復薬を用いて傷を癒やしております」
「そう。腕はともかく、頭は心配ね……よし! ならエドはお城に連れて行って、治癒術士に診せましょう!」
「えっ!?」
いいことを思いついたとばかりに満面の笑みを浮かべるマーガレットに、しかしエルザが困惑の声をあげる。
「あの、姫様? 流石に素性の知れぬ冒険者を城に連れて行くのは、少々問題があるかと……」
「お父様には私がお願いするから大丈夫よ! それにせっかく私が助けたのに、ちゃんとした治療をしなかったせいで死んだりしたら、それこそ王族のコカンに関わるわ!」
「姫様。その……コカンではなく、沽券です……」
「細かいことはどうでもいいの! とにかくエドは連れて行くわ!」
「……あの、私は?」
と、そんなマーガレットとエルザのやりとりに、不意にティアが口を挟む。するとマーガレットは不思議そうな顔でティアの顔を見てから言う。
「え、何で貴方……えっと……るな、りゅー?」
「ルナリーティアです……呼びづらかったら、ティアで構いません」
「そう? じゃあティア。貴方が怪我をしたのは腕で、それは回復薬で治ったのよね? なのに何で貴方が城で治療を受けるの?」
「それは……いえ、治療は必要ないですけど、エドは大事な仲間ですから、できれば一緒に居たいかなって」
「えー? 子供じゃないんだし、治療を受ける間くらい町の宿で待ってればいいんじゃない?」
「それは……うぅ、そうなんですけど…………」
五歳の少女に正論で詰められ、ティアが口ごもってしまう。ぬぅ、これは完全に予想外の流れだ。一周目は俺だけだったからあっさり城に行けたんだが……ハァ、こりゃ仕方ねーな。
「あの、王女殿下」
「何?」
「せっかくのご厚意ではありますが、その申し出は辞退させていただきたく」
「えっ!?」
「ぬがっ!?」
俺は深く頭を下げながら、マーガレットに告げる。するとティアと……あと何故かマーガレットまで驚いた声をあげた。
「エド、いいの?」
「いいさ。確かに色々面倒なことは増えるだろうけど、ティアと離れるよりは、な」
「エド……」
「ちょ、ちょっと待って! 何で!? 何でエドが来ないの!?」
「おい貴様、姫様のご厚意を足蹴にするとは、いくら何でも不敬であるぞ!?」
「わかってます。わかってますが……それでも俺には、ティアと一緒にいることの方が大切なんです。どうかご容赦ください。もしお許しいただけないのであれば……その咎は私だけに」
「そんな!? 私だって一緒に罰を受けるわよ! ごめんなさいお姫様!」
「…………如何なさいますか、姫様?」
二人揃って頭を下げる俺達に、エルザが何とも困った表情で声をかける。するとマーガレットは王族にあるまじき乱雑さでガリガリと頭を掻くと、何とも投げやりに声をあげた。
「あーもう! いいわよ! わかったわよ! なら二人とも一緒に城に来ればいいでしょ!」
「姫様、よろしいので?」
「いいも悪いもないわよ! 二人じゃなきゃ駄目って言われたら、二人連れて行くしかないじゃない!」
「ですが……というか、そもそもそこまでこの冒険者に肩入れする必要はないのでは?」
「そうだけど、そうじゃないの! お父様には私から上手く頼むから、さっさと城に行くわよ! ほら、二人とも馬車に乗りなさい!」
「えっ、いいんですか? 王女殿下と同じ馬車なんて……」
「いいのよ! ほら乗って! エルザも!」
言って、マーガレットが馬車の中に引っ込んでしまう。なので俺とティアもそれに続いて馬車に入り、マーガレットと向かい合う席に二人並んで座った。最後はエルザが乗り込んでマーガレットの隣に座ると、外から扉が閉められて馬車がゆっくりと動き出す。
「うわ、すっごいフカフカの椅子ね。それに全然揺れないし」
「当然でしょ! それよりティア!」
「? 何でしょう?」
「私ね、貴方とエドの馴れ初めがすっごく気になるの! 二人は何処で知り合ったの? どうして一緒に冒険者をやってるのかしら? 教えて教えて! 城に着くまでの間に、ぜーんぶ教えて!」
「えぇ? え、エド?」
「あー、そうだな。話して大丈夫そうなことだけ話せばいいんじゃねーか?」
ティアに問われて、俺は答える。今回は城に行くのがわかっていたので、身元を聞かれても大丈夫なように背景はそれなりに考えてある。そもそも俺も隣にいるのだから、変なことを言いそうになったら止めればいいだけだしな。
「じゃあ、お話しますね」
「やった! フフフ、二人の秘密、教えてもらうわよ!」
「あはははは……」
何とも微妙な笑顔を浮かべながら、ティアが俺との出会いと思い出を語っていく。それをマーガレットは興味津々の表情で聞き続け、その隣ではエルザが片時も油断することなく剣の柄に手をかけたままで……
(あー、今回は随分と騒がしい始まり方だな……)
そんな事を考えながら、俺はボーッと馬車の窓から空を見上げるのだった。




