終わらせるのは簡単だが、続けることは難しい
その後、正気に戻った俺は動力を駄目にしてしまったことを正式に謝罪し、俺達は第二一九〇駐屯地遺跡を後にした。管理施設の重要性は痛いほど理解してしまったので正直もっと責められるかと思ったんだが、アネモ曰く「あんなに泣いて反省してる人を追加で責めるわけないでしょう!? 私を何だと思ってるんですか!?」と違う方向に怒られた。
そうして第二一八九駐屯地へと戻った俺達だったが……
「あの、何かあったんですか?」
ざわつく町中の様子に、報告のため探索者協会へ寄ったアネモが受付の人にそう問う。その結果告げられたのは、「町の管理施設が突如として機能停止してしまった」という事実。
すぐに探索者に対して原因究明の調査依頼が出されたが、当然誰もその答えには辿り着けない。しかもそこに、新たな問題まで加わった。
「……………………」
「あっ!? だ、大丈夫ですか!?」
通りを歩いていた男性が、突如ふらりと倒れ込む。それを見たアネモが慌てて駆け寄り抱き起こしたが、男性は何の反応も示さない。
「……駄目、だったか?」
「はい。この人も寝ちゃったみたいです…………」
管理施設の停止から、おおよそ一週間ほどした頃。町中で突如として人が倒れ、そのまま目覚めないという事件が起きた。しかもその数は日を追う毎に多くなっていき、これはただ事ではないと、アネモの提案で俺達は慌ててここ、第二一八七駐屯地に帰還したのだが……ここでもまた、ニーハックの町と同じ問題が発生していた。
そしてそれは、ニーハックやニイハナだけではない。無事だった人々の必死の調査の結果、周辺のあらゆる町が同じ状況であるとわかり……俺達はそれからずっと、ここニイハナに滞在しているのだ。
「ここも、随分寂しくなっちゃったわね」
「そう、ですね……」
「キュー……」
人口こそ少なかったが、それなりに賑わい活気のあった大通り。だが今は往来に人の姿はほとんどなく、代わりに道の隅にグッタリと壁にもたれかかった人々の姿がちらほらと見える。不意に「寝て」しまう人の数があまりに多くなってしまったせいで、いちいち宿に運んで寝かせて……などということはできなくなっているからだ。
故に、アネモもその平人の男性を壁際に寄せてから戻ってくる。何処の誰ともわからない相手では、これ以上には対処のしようがない。
「で、でも、まだ私は起きてます! それにエドさんやティアさんだっているんです。きっとこの謎の現象の原因を究明して、みんなを起こしてあげるんです!」
「キュー! キュー!」
「あはは、そうだね。シェルカーもいるよね。うん、みんなで頑張ろう!」
「キュー!」
「ははは……そうだな」
「エド……」
やる気を見せるアネモとシェルカーに、俺は何とか笑みを絞り出す。そんな俺をティアが悲しげに見てくるが……悪いな、これが限界だ。
そう、この現象の理由を、俺は知っている。究明なんて必要ないくらい、単純にして当たり前の原因だ。それは即ち……魔王の魔力切れである。
無限だ無限だと言われていたこの世界の魔王の魔力は、当然ながら本当に無限だったわけじゃない。というか、神だろうが魔王だろうが、真に無限だの永遠だのなんてものはないのだ。何せ俺はあらゆるものに終わりをもたらす、終焉の魔王だからな。
俺がニィクオ遺跡で接触した段階で、魔王の魔力はほぼ尽きていた。仮に俺があそこに行かなくても、おそらく一年と保たずに同じようになっていたことだろう。
だが、俺は遺跡に行き、魔王に触れた。だから魔王は何もかもが失われて虚無の海に沈んでしまう前に、最後の力を振り絞って俺に託したのだ。
だから俺は知ることができた。だが、それが限界だ。俺の中で眠る魔王に再び力を与えて顕現させることも、俺自身の力で汚染魔力を生み出して補充することもできない。唯一俺が魔王の代わりにこの世界の礎となって支えることは可能かも知れなかったが……その未来は選べない。ティアを残して人柱となる「終わり」を、俺は受け入れることなどできないのだから。
ならばこそ、俺はティアにだけは全てを告げた。人間のこと、封印のこと、人間はとっくに死に絶え、アネモ達新人類は全て魔王の魔力を元に生み出された眷属のようなものであること……そして魔王の魔力が尽きた今、この世界に待っているのは緩やかな「終わり」であることを。
それを聞いたティアが激しく衝撃を受け……だが無言で俺を抱きしめてくれた。俺と共に嘘を纏って秘密を背負い、残り少ないアネモの日々が楽しく幸せであるように、精一杯努力してくれる。
「さあ、今日は最高に美味いものを食わせてやる!」
事ここに至れば、俺の力を隠す意味などこれっぽっちもない。大型の獣などいないこの世界では決して手に入らないだろう肉を「彷徨い人の宝物庫」から取りだし、香辛料だの何だのを惜しげもなく使って最高の状態に焼き上げる。
「うわー! 何ですかこれ、すっごいいい匂い……!?」
「キュー!?」
「ハッハッハ。匂いもそうだが、味も最高だぞ? さあ食え! どんどん食え!」
「わーい!」
「キュッキュキュー!」
三〇人は入れる店内に、客の姿は俺達だけ。もはや店員すらいない酒場に暴力的な匂いを充満させた焼き肉に、アネモとシェルカーが大はしゃぎでかぶりつく。
「えーっと……こっちだな。お、あった」
「はわわわわ、貴重な遺物がこんなに簡単に……!?」
エンカウンターのいなくなったダンジョンで、「失せ物狂いの羅針盤」を用いてアネモが見たかったもの、知りたかったこと、欲しかったものまで導く。
「ふっかふかです! 本当にこんなのに寝ていいんですか!?」
「いいだろ、もう誰もいねーんだし」
最高級の宿に無断で泊まったり、守る者のいなくなったニーハックの町の管理施設に侵入してみたり……まあ内部は同じ作りだったが……何にも縛られず自由な日々はあっという間に過ぎていき……そして遂に、その日がくる。
「お、起きたかアネモ。おはよう……!?」
「おはようごじゃいます……えどひゃん…………」
魔王の魔力が枯渇してから、おおよそ二ヶ月。いつもは寝覚めのいいアネモが、トロンと微睡むような目をして宿の階段を下りてきた。一見すれば暢気なその様子に、しかし俺のなかで緊張が走る。
「アネモ!? 貴方まさか……」
「てぃあしゃん…………えへへ、どうやらそうみたいです…………なんかもう、ねむくてねむくて…………」
「そう、か……わかった。なら俺がベッドまで運んでやる」
「ありがとうごじゃいます、えどひゃん……」
寝ぼけ眼のアネモを、俺は横抱きにして抱える。そのまま階段を上ってアネモの部屋までいくと、ベッドにそっと横たえて布団をかけてやった。
「とうとう、わたしもねちゃうんれすね…………」
「そう、だな」
「あーあ、やりたいこと、みたいこと、しりたいこと、まだまだたくさんあったのに……」
「……………………」
「でも、なんらかふしぎれす。もうめがさめないってわかってるのに、あんまりこわくないというか……なんれれしょうね?」
「……最後に」
グッと拳を握りしめ、俺はアネモに声をかける。
「最後に、何かして欲しいことはあるか? 何でもいい。それがどんな願いでも、俺にできる限りの全力を尽くして叶えよう」
「そうですねぇ……あー、それならひとつだけ」
「何だ?」
「へへ……これ、こどもっぽいからって、いままでだれにもいったことはなかったんですけど……わたし、そらがみてみたいれす」
「……空?」
「ええ。しってますか? あのいしのてんじょうのむこうにはかみさまのせかいがあって、そこには『そら』っていうのがひろがっているって、むかーしきいたことがあるんれす。
ふふ、ばかみたいれすよね。おとぎばなしをまにうけて、そらをみたいなんて……」
「……そうか。わかった。なあアネモ、もう少しだけ頑張れるか?」
「えどひゃん……?」
眠そうな声を出すアネモに、俺はニヤリと笑って宣言する。
「約束だ……俺が空を見せてやる」




