三割の見逃しは、笑って流すには多すぎる
意外なことに、管理施設の扉には鍵のようなものがかかっていなかった。手をかければ普通に開き、俺達はあっさりとその内部に足を踏み入れることに成功する。
「へぇ? こいつは……」
安全確認のために最初に足を踏み入れた俺を出迎えてくれたのは、全てが青銅のような色の金属でできている不思議な空間だった。内部はかなり広く、天井まではおおよそ五メートル、横は直径二〇メートルほどの円形になっている。
その中央には鍛冶に使う炉のように下側が膨らみ、上へと細く伸びている不思議な柱のようなものが立っており、視界の隅には階段も見える。おそらく上と下にも部屋があるんだろう。
「とりあえず危険はなさそうだな……おーい、入っていいぞ」
「はい! うわぁ、管理施設のなかってこんな風になってたんですねぇ」
「不思議な作りね……少なくとも住み心地はあまりよくなさそうだわ」
「そりゃここには住まねーだろ。ふむ……?」
二人を招き入れつつ、俺は外周に沿って配置されている箱のような魔導具を観察する。大量のボタンだの何だのがついている雰囲気は、第〇九二世界で見たものに似ている気がする。
「これ、キャナルのところで見た魔導具に似てるわね?」
どうやらティアも同じ感想を抱いたらしい。確かにこの感じは、キャナルの事務所にあった魔導具に近いが、こっちの方が随分とでかくてごついというか、少々雑な感じがする。
「なら、この辺か? おぉぉ!?」
見たことがある魔導具ならば、何となく使えないこともないかも知れない。赤く色のついたそれっぽいボタンを押すと、突如として壁面に光が宿り、何だかわからない数字やら映像やらがパッと映し出された。それに俺達が驚いていると、背後から凄い勢いでアネモがやってくる。
「ちょっ、お二人とも何やってるんですか!?」
「アネモ? いや、何かこの辺を押したら動きそうだったから……つい?」
「ついじゃないですよ! この管理施設がダンジョンに吸収されてないのは、多分内部に多量の魔力を蓄えてるからのはずです。なのに無意味に稼働させて魔力を消費させたら、いつダンジョンに飲み込まれるかわからないじゃないですか!」
「ははは、悪かったって。ならここを……あれ?」
さっきのボタンをもう一度押してみたが、壁に映し出された映像は一瞬だけ消えるもすぐにまた表示されてしまった。二度三度と試してみるが結果は同じで、どうやっても消えない。
「……ヤバい、消えない」
「どうするんですかエドさん!? 詳しいことは全然わからないですけど、これ消えなかったら本気で施設が飲まれちゃいますよ!?」
「えーっと……どうするって、どうすれば!? なあティア?」
「えぇ? 私に聞かれても……」
「だよなぁ、クソッ!」
割と久しぶりに、本気の焦りを感じる。適当に色んなボタンを押したくなるが、それは悪手だというのを俺はあの世界で学んだ。中身の情報が消えただか何だかで死んだ魚のような目になったキャナルの犠牲を、俺は忘れていないのだ。
まあそれは済んだこととして、マジでどうする? 最終手段として諸々を「終わらせる」という手もあるが、訳がわからねーものを訳が分からねーうちに終わらせたりしたら、取り返しのつかない可能性が高すぎる。
「なあこれ、どっかに説明……………………」
「エド?」
「……ティアにアネモ。悪いんだが、この魔導具の説明書みたいなのを探して来てくれねーか? そこの階段から上と下にいけそうだから」
「あ、はい。わかりました! じゃあ私は上に行きますね! 行こうシェルカー」
「キュウ!」
「う、うん。お願い……エド?」
「大丈夫だ。だから頼む」
「……わかったわ。じゃ、私は下に行くわね」
俺の言葉にアネモが壁際にあった階段を上っていき、ティアは心配そうな顔で俺を見てからその反対の位置にあった階段を下っていく。そうして二人がいなくなったところで、俺はさっきの赤いボタンをポチッと押して……そのまま押し続けた。すると五秒ほどしたところで、あれだけ賑やかだった映像がプツンと音を立てて消える。
だが、それはいい。もうそんなことはどうでもいいのだ。何故ならこの施設の魔力は、そんなことで使い果たせるような代物ではないのだから。
俺はそのまま魔導具の前を離れると、部屋の中央にそびえ立つ金属の柱の側に行く。そうして下側の膨らんだ部分に手を当て……確信を持って剣を抜いた。
「…………フッ」
腰を落として構えを取り、短い息を吐いて剣を振るう。すると柱の外壁が切れ落ち、内部の仕組みが露わとなった。
髪の毛のように細いものから俺の指より太いものまで、様々な紐のようなものが取り付けられた、硝子っぽい容器。その中央に浮かんでいるのは、このところよく見る物質……シェルカーの額に輝いている赤い宝石とそっくりな破片だ。
もっとも、俺はこれをシェルカーと出会う以前にも見たことがある。勇者トビーと共に運んだり、ティアと再会するために初手で回収したりしたそれは、俺が何者であるかを思い出すきっかけとなった存在。即ち――
「魔王の心臓……まさかまた見る日が来るとはな」
実際には、これが魔王の心臓というわけじゃない。単に魔王の力を封じた石が真っ赤で、かつ強い力を感じさせるから、あの世界ではそう名付けられたんだろう。少なくとも俺の心臓はこんな宝石じゃねーしな。
とまあ、名前はどうでもいい。重要なのは確かにこのなかに、魔王の……俺の力の欠片の痕跡が感じられるということだ。
「まあ、そうだよな。魔王が負ける世界は珍しくもねーし、封印されるってのも実例があるんだから、そういうこともあるんだろう。しかし、その挙げ句に施設の動力源にされてるってのは……どうなんだ?」
物言わぬ硝子の籠に閉じ込められた魔王に、俺は一人で語りかける。だが当然魔王は何も応えない。
あるいは、応えられない、だろうか? ここまで近くにあるというのに、その赤い宝石の欠片からはほとんど力を感じられない。さっきは辛うじてイメージのようなものが伝わってきて、おかげで魔導具を止めることができたが、ひょっとしたらそれが最後の意思だったという可能性が否めないほどだ。
「まあいいさ。そんなことより問題は、こいつをどうするか、だな」
俺が回収するのは簡単だ。このケースをぶっ壊して宝石を取りだし、そこから力を吸収すればいい。ただし、その場合この施設は動力源を失い、永久に稼働を停止するだろう。
なので、それはいい。問題なのは、この欠片がこの施設以外の場所でも活用されている場合だ。各町にあるというここと同じ管理施設は勿論、アネモが「今はもう作れない」と言っていた魔導具のほぼ全てに、この「魔王の心臓」が動力として使われている可能性はかなり高い。
何せ人の魔力が回復しない世界なのだ。ダンジョンの魔力を活用してるならエンカウンターの残骸から「魔力を抜いて捨てる」なんてことをするはずがないので、どうしてるのかと思ってたんだが、なるほど枯渇しない無限動力があるなら納得である。
では、俺がそんな無限動力……魔王の力を完全に回収して、それら全てが一斉に止まったら? 世界中が大混乱に陥り、下手すりゃ人間が全滅する未来すら見えてくる。となると、もうこれは放置するしかないわけで……
「あー、また未回収か……」
一つや二つの世界なら、魔王の力を回収しなくてもいいとは思っていた。が、ミゲルやドルトン師匠の世界のように物理的に倒せなくて回収し損ねた世界と、マオやジョン、エルドなんかの見逃して回収しなかったのを合わせると、未回収の力の欠片はこれで八つめだ。
対してこれまで巡ってきた異世界は、ここで二三個目。つまり三分の一ほどは見逃していることになる。
「一〇〇のうちの八はまだ許容範囲内としても、このペースで未回収が増えるのは流石にマズいよなぁ」
思わず頭を抱えたくなるが、未回収の世界のほとんどは俺の意思で魔王を残すと決めた場所なので、誰に文句を言えることでもない。
「魔王なのにちょっといい奴だったりする率、高くねーか? そのうち本気で対策を考える必要があるかもな……ま、後で考えりゃいいか。おーい、二人とも――」
『主よ……永遠の果てに遂にまみえた、我が本体よ……』
「ん?」
何とも言えない苦笑を浮かべてからティア達を呼ぼうとしたところで、不意に俺の頭の中にそんな声が響いてきた。出所には心当たりが一つしかないので、俺は外しかけていた視線を赤い宝石に戻す。
『せめて、せめてこの記憶を……』
「ぐっ!?」
瞬間、施設全体から力が放たれ、押しつぶされるような圧迫感が俺を襲う。それと同時に頭痛が襲い、視界がザリザリとかすれて……
『フハハハハ! よくぞここまで来たな、勇者よ!』
そんな声に合わせて、目の前に見たことのない景色が広がった。




