周りに合わせて成長するのは、人もトカゲも変わらない
「フッ!」
一息に刃を振るうこと、三度。両足と左腕を失ったヒュージ・エンカウンターが、音を立ててその場に崩れ落ちる。残った右腕で必死にもがくが、この状況から逆転を許すほど俺は寝ぼけていない。
「終わりだ」
気負いも気合いもなく、ただ静かに最後の一刀を振り下ろす。すると馬鹿でかいヒュージの体が真っ二つに切れ、僅かに蠢く瓦礫の山へと変貌した。
と、ここまでなら今までと同じだ。が、今の俺達はちょいと違う。
「アネモー、終わったぞー!」
「はーい! それじゃシェルカー、お願いできる?」
「キュィーッ!」
アネモの言葉に、シェルカーが甲高い鳴き声をあげる。するとどこからともなく数匹の死神トカゲがやってきて、大量に転がっているヒュージの残骸からあっという間に魔力を食べ尽くしてしまった。
「……ケプッ。キュイー」
「キュイキュイ! キュイイ?」
「キューイ!」
「あー、何だって?」
「えっと……『今日はもうお腹いっぱい』だそうです」
「そっか。ならまたよろしくな」
「キュー!」
軽く手を上げて挨拶する俺に、死神トカゲ達がこの場を去って行く。それと入れ違いにやってきたのはティアだ。
「ただいまエド」
「おう、お帰りティア。そっちも終わりか?」
「ええ、この子達のおかげで後片付けもバッチリよ!」
「ははは、そりゃよかった」
ダンジョンの分かれ道で、ちょうど左右の両方に敵がいたため、挟み撃ちされないように俺とティアで分かれて戦ったのだが、どうやら向こうも問題なかったようだ。
「ありがと。それじゃ、またね」
「キュイー!」
そんなティアの肩から、三匹の死神トカゲが這い下りて去って行く。そしてその様子に、俺はふと浮かんだ疑問を口にしてみる。
「なあ、ティア。何かトカゲ達の頭がよくなってねーか? 明らかに俺達の言葉を理解して反応してるような気がするんだが……」
「そう、ね。多分だけど、シェルカーの影響を受けてるんだと思うけど……」
「え、どういうことですか?」
ティアの言葉に、アネモが思わずといった感じで口を挟んでくる。その肩では名前を呼ばれたシェルカーもまた、可愛く首を傾げている。
「魔力的に繋がったせいで、アネモとシェルカーはお互いの意思が何となくわかるでしょ? それってアネモの方は何の影響もないけど、シェルカーからすると常に自分より圧倒的に賢い存在の意識を浴び続けてるってことなのよ。
ほら、オギャアとしか泣けない赤ちゃんだって、周りが会話をしていれば言葉を覚えるじゃない? それよりずっと濃く深く意識の奔流を受けてるから、シェルカーの知能がドンドン上がってて……で、そんなシェルカーの影響を受けて、周囲の死神トカゲの知能もあがってるんじゃないかしら?」
「……え、それ大丈夫なんでしょうか? あの子達がみんな賢くなって人間に反旗を翻したりしたら、私って歴史に残る大罪人になったりしません?」
「うーん、すっごく未来のことは何とも言えないけど、少なくともアネモとシェルカーがいる間は平気じゃない?
アネモが……というか、私達がエンカウンターを倒すことでシェルカーや他の死神トカゲ達は労せずして魔力が食べられるし、私達側も『抜き水』を消費しないでエンカウンターを処理できる。
それがお互いにとって都合がいいって理解できるくらいにまで知能が高まれば、人間を襲うどころか積極的に協力するようになるんじゃない? そうなれば最初の頃に話してた『死神トカゲと人間の共生関係』っていうのも成り立つかもね」
「それは……確かに。そうか、シェルカーだけが特別じゃなくなるなら、そういう未来も……」
シェルカーの扱いをどうするのかという俺の問いに、アネモはまだ明確な答えを出していない。今はまだ町に入る少し前にシェルカーと別れ、朝町を出てから合流するというのを繰り返している。
だが、こうして一緒に冒険を……ダンジョン探索を続けるならば、それを永遠に隠し続けるのは難しいだろう。何処かで答えは出さねばならず……しかし事が事だけに、感情で先走るのではなく論と証拠で慎重に詰めねばならないというのはよくわかる。
「ま、まだ焦らなくてもいいさ。ってか、そうだな。もしシェルカーのことを明かすって言うなら、この遺跡の中心にある魔導具……施設だっけ? を見つけて、その手柄と一緒に公表するのがいいだろうし」
「なるほど。確かに『実際に役に立ちました』って言う方が、説得は楽よね」
「ぐむむむむ……か、考えてみますね」
あの日と同じ答えを、しかしあの日より必死に頭を悩ませながらアネモが言う。肩に乗ったシェルカーが心配そうにその頬を鼻先で突くが、もうアネモが悲鳴をあげることはない。
とまあ、そんなやりとりがあったりしつつも、シェルカーとその仲間達の活躍のおかげで、俺達の探索速度は圧倒的に速くなった。何せこれまで面倒な迂回をしたり、余力があるのに物資の関係で帰還したりしなければならなかった場面が全部なくなったわけだからな。おかげで俺達は追加の一ヶ月ほどで、割とあっさり遺跡の中心部へと辿り着くことに成功した。
「ここが中心部……凄いことになってるわね」
「だな。こりゃ素人の俺達でも見間違えようがねーぜ」
遺跡とは言いつつも、これまでの道のりで町の痕跡を匂わせるようなものは何一つなかった。というのも、この世界の物質は魔力を失えばその全てがダンジョンに飲まれて消えてしまうからだ。崩壊して一年くらいならまだしも、ニィクオの町がダンジョンに飲まれたのは、おおよそ一〇〇年前。何も残っていないのは当然なはずだったのだが……
「にしても、こいつはまた……」
俺達の目の前にあるのは、見たことのない青い金属で作られた建物の一部だ。ただし一部というのは壊れているというわけではなく、上や下がダンジョンに飲まれているという意味である。
まるで溶けた石の中に飲み込まれ、それが冷えて固まったような不可思議な有り様。その入り口の扉が床にも天井にも飲まれることなく俺達の前にあるのは、結構な偶然なのだろう。
「なあアネモ。何でこの建物はダンジョンに吸収されてねーんだ? いや、埋まってはいるけれども」
「町の中央にある管理施設は、それ以外の建物とは全く違う存在なんです。他の家とかは私達が作ってますけど、これだけは元からあるものを利用してるだけで、いつ何処で誰が作ったのか、誰も知らないんですよ」
「えぇ? そんな不確かなものに町の命運を預けちゃってるの?」
「うぐっ!? ま、まあそうなんですけど、でもそうする以外にないというか……とにかく、これがまだ健在でよかったです。これならここを基点に新しい町を作ることもできるかも……早速ニーハックの町に戻って報告しましょう!」
「え? 中は見なくていいのか?」
あっさりと帰還しようとするアネモに、俺は思わずそう声をかける。しかしアネモは驚いた顔で俺を見ると、ブンブンと勢いよく首を横に振った。
「何言ってるんですかエドさん! 管理施設は立ち入り禁止ですよ? 無断で入ったりしたら厳罰……最悪死刑だってあり得るんですからね!」
「いや、でもそれは『町の』管理施設だろ? 今のこれはただの遺跡なんだし、そもそもここには俺達しかいねーんだから、見とがめられることだってねーだろ」
「それは……そうですけど……」
「それに扉が露出してるってことは、俺達じゃなくても誰か……例えばエンカウンターだって中に入れるってことにならねーか? なら内部の破損状況とか、安全の確認って意味でも見てみる方がいいと思うんだが」
「う、うぅぅ…………」
「あと、純粋にこの中がどうなってるのか興味がある。アネモは見たくねーのか?」
「ぐぬぬぬぬ…………み、見たいです」
「よし、じゃあ決定!」
「キュー!」
俺とシェルカーのひと声で、管理施設の中を探索することが決まった。が、そんな俺の隣に立ったティアが、そっと手を重ねてくる。
『どうしたのエド? ちょっと強引な感じだったけど?』
『ん? ああ、実はな……』
目で訴え、心に話しかけてくるティアに、俺は少しだけ顔をしかめて管理施設の方を見る。
『あの中から、魔王の気配がするんだよ』




