予定通りに進まないことも、予定のうちにした方がいい
とまあ、そんなティアの可愛らしいやらかしがあったりしつつも、俺達は特に問題なくニィクオ遺跡へと突入した。が、当初予定していた二〇戦どころか、その半分もこなさないうちに俺達は撤退を余儀なくされる。
しかも、それはその日に限ったことではなかった。調査を始めて一ヶ月、俺はニーハックの町の食堂にて、何ともしょっぱい……味ではなく、気分が……飯を食べていた。
「はぁぁぁぁ……」
「どうしたんですかエドさん? そんな大きなため息を吐いて」
緑色のソーセージっぽい何か……水草とかなんやかんやを混ぜたりこねたりして作られているらしい……をフォークで突く俺に、アネモが自分の分を囓りながら問うてくる。体は小さいのに俺の倍くらい食うので、どうやら燃費は悪いらしい。
「いや、何つーか……思ったよりも調査が捗ってない感じがしてな」
「は? 何言ってるんですか、たった一ヶ月で外周部分が半分以上埋まるなんて、凄くいいペースですよ!?」
「それは……ほら、俺的にはもっとこう、サクッと中央に行けるかなーって思ってたから……」
「仕方ないわよエド。通路が全然中央に延びてないんだし」
俺の愚痴に、水草サラダをモシャモシャと食べていたティアが苦笑しながら言う。それに追従してウンウンと頷くのはアネモだ。
「そうですね。通路がないのはどうしようもないですよ。むしろエドさんの変態的なマッピング能力があるからこそ、ここまで迷わずに進めてるわけですし」
「誰が変態だよ!」
謂れのない誹謗中傷に、俺はビシッと突っ込みを入れる。確かに通路が繋がっていないのは調査が難航している原因の一つだ。ダンジョンの壁は通路と同じく三メートルの厚さがあるため、流石の俺でも素の状態では斬れない。
無論魔王の力を使いまくれば斬れるだろうが、別に急ぎでも何でもない状況なのに、ダンジョンの……この世界の仕組みそのものに喧嘩を売ってまでショートカットをしたいとも思わねーしな。
「って、そうじゃねーよ。いや、それもそうなんだけど、問題はあのでかいエンカウンターだよ! 何だよあれ、あんなのここに来るまで出会わなかっただろ!?」
「ああ、ヒュージですか? 確かにあれは、相当魔力が籠もってる場所じゃないと出てこないですからね。町から離れた完全な未踏破領域でもなければ、今回みたいに特殊な場所じゃないと出てこないですよ」
「あんなのが日常的に出てきてたら、大変そうだものね」
俺達が話題にあげているのは、縦横三メートルというダンジョンの通路をギチギチに埋めるような巨体のエンカウンターだ。身長二メートルを優に超える大きさはすれ違うことなど適わず、そのゴツい腕から繰り出される一撃はダンジョンの壁に小さな亀裂を入れるほど。
が、厄介なのはそこじゃない。相手がでかいという、それそのものが俺達にとって大きな問題なのだ。
「あいつのせいで『抜き水』のストックがガンガン減らされるのが問題なんだよ。どうせ俺達しかいねーんだから、あれもう倒したら放置でもよくねーか?」
「駄目ですよそんなの! というか、あの大きさの瓦礫をそのままにしたら、すぐにボールやトールマンになって復活しちゃいそうですし」
「え? エンカウンターってそういう感じの復活の仕方するのか?」
「それは……知らないですけど。でもしそうだなーって感じ、しません?」
「…………ごめんエド。私もちょっとそんな気がするわ」
「ぐぬぅ」
アネモに問われ、ティアが少しだけ申し訳なさそうに同意する。まあ実際通路を埋めるような敵が通路を埋めるような瓦礫になったら処理しないわけにはいかないので、倒すだけ倒してスルーが無理だというのは、俺だって当然わかっている。わかってはいるが、それに不満を感じないかは別の話ってだけだ。
「どうします? 一旦ニイハナまで戻って、『抜き水』を補充しますか? あっちならもうちょっと多めに買えると思いますけど」
「いや、そこまでの往復だって結局『抜き水』を使うだろ? なら大差ねーんじゃねーか?」
「まあ、はい…………」
俺達が滞在しているこのニーハックの町は、総人口が六〇〇人ほどしかいない。必然物資の生産力も低いので、探索者が購入できる「抜き水」の量もそこまで多くない。持ち運びの問題じゃなくそもそも物がないとなると、俺が「彷徨い人の宝物庫」を開示しても意味がないので、こちらもやはり手詰まりだ。
「ハァ、やっぱりコツコツやっていくしかねーか。幸い金は稼げてるしな」
「はい! ここまで正確な地図は初めてだって、受付の人も褒めてましたよ」
毎回俺の描いた地図を探索者組合に売りに行っているアネモが、嬉しそうな声をあげる。
他の多くの世界と違って、エンカウンターは倒しても何も残さない。なので探索者の収入源として一番大きいのが、この「未踏破領域の地図」の買い取りとなる。他には不明者の捜索とか町を行き来する商隊の護衛とかもあるが、やはり地図が一番金になるようだ。
まあ、世界中が迷路になってるようなもんだからな。どれだけ歩いても未踏破の領域は幾らでもあるし、大規模な崩壊なんかがあれば道が変わることもある。総人口から考えても、この世界の探索者が食いっぱぐれるようになるのは遙か何千年先の未来になることだろう。
「じゃ、明日からも今日までと同じように頑張るってことで、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「かんぱーい……今の会話に乾杯する要素あったか?」
「もー、細かいこと気にしちゃ駄目よ、エド」
「そうですよエドさん。平人族は細かいことを気にしすぎると禿げるって言いますし」
「禿げねーよ!? そんな…………」
思い浮かんだ「細かいこと」の全てをシュワシュワの酒と一緒に飲み干し、結局俺達はその後も普通に調査を続けた。だが探索のペースがあがることはなく、更にもう一ヶ月かけたところで、ようやく中央に繋がりそうな通路を見つけることに成功した。
「……うん、ここからなら中央に繋がってそうだ。はぁ、やっとかよ」
「早速突入……と言いたいですけど、今日はもう撤退ですね」
「うぅ、余力はまだまだ十分なのに……」
「あのデカブツを三体も倒したからなぁ」
俺もティアも、アネモだって元気は十分だが、大量の瓦礫に惜しげもなくダバダバと「抜き水」を使わされたせいで、もう残りは二割ちょい。いつもなら三割を切れば撤退なので、正直ちょっと危ないところだ。
と言っても、俺達ならば最悪「倒し逃げ」してしまえば帰還するだけなら簡単なので、焦るほどの状況ではない。いつも通りに警戒しつつ、マップとにらめっこしながら来た道を戻ると……不意に通路の奥から、白くて小さなナニカが飛び出して来た。
「何だ? 白いトカゲ……?」
それは全身が真っ白な、手のひらほどの大きさのトカゲだった。ただし額には赤い宝石のようなものがついており、その目もまた同じように赤い。
「キュイ?」
「うわ、うわ! 何これ、可愛い!」
鳴き声と共に首を傾げるトカゲの姿に、ティアがそう声をあげる。流石に無警戒に飛びついたりはしないが、何かを訴えるように伸ばした指がウゾウゾとうごめき、その耳はピクピクと揺れている。
「ダンジョンに生き物なんて…………いや、いてもおかしくねーか?」
今まで出会うのは、大きさや形は違えどエンカウンターという石っころばかりだった。が、人間が生きているのだから、他の生物だっていてもおかしくはない。ダンジョンの性質上死体はすぐに飲まれてしまうんだろうから、人目につかない小さな生物なら尚更だ。
「キュー?」
「エド、エド! あの子鼻をピクピクさせてるわ! ねえ、触ったら駄目かしら?」
「えぇ? 敵意はなさそうだけど……気をつけろよ?」
「わかってるわよ! ほーら、怖くないわよー?」
警戒しながらも一歩下がった俺の横を通り抜け、ティアがトカゲの鼻先に指を伸ばす。するとトカゲはフンフンとティアの指の臭いを嗅ぎ……次の瞬間、その額の宝石がピカリと光る。
「あっ!?」
「ティア!? どうした、何をされた!?」
「ううん、平気よ。でもこの子――」
「ひぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
ティアの言葉を遮るように、アネモの悲鳴が響き渡る。慌てて振り向けば、そこには頭を抱えて蹲るアネモの姿があった。




