苦労を楽しむという方向もあるが、楽ができるなら楽したい
「うわ、凄い正確な地図!? エドさん、これいつの間に描いてたんですか!?」
俺の広げた地図を覗き込み、アネモが興奮しながら問うてくる。いつと言われれば今この瞬間に描いたのだが、それを馬鹿正直に伝えるつもりはない。
「んー? そりゃまあ、あれだよ。アネモが驚くかと思って、こっそり描いてたんだ」
「はえー、全然気づきませんでした……凄い、縮尺が完璧だし、それに壁の向こうの通路まで……? え、これはどういう?」
「それは……あれだな。ほら、ダンジョンの壁って厚さが一定だろ? なら空洞……つまり通路があると、音の響きにちょっとした違いがあるんだ。それを聞き分けて想像で補完して描いてる感じだな」
「……それは実際に見て確定してから描いた方がいいのでは?」
「そうでもねーぜ? 予想だろうと『この先は多分こうなってるだろう』ってのがわかってれば、それを踏まえたうえで道が選べる。勿論絶対に正しいなんて言うつもりはねーから、あくまで参考にしてくれってことだが」
「むぅ。言ってることはわかりますけど、それなら実際に踏破した場所と想像で描いた場所を描き分けないと、訳が分からなくなりそうですが……」
「あー……あれだよ。俺はわかってるから大丈夫なんだよ。それ、人に見せる前提の地図じゃねーし」
「まあ、そういうことなら……これ、もうちょっとよく見てもいいですか?」
「おう、いいぜ」
「やった!」
凄い勢いで俺の手から地図をもぎ取ると、アネモが食い入るようにそれを見つめ始める。そしてそんなアネモとは対照的に冷静なティアが、そっと俺の方に身を寄せて小声で話しかけてくる。
「いいの? 今回はそういうズルはしないのかと思ったけど」
「ははは、俺もそのつもりではあったんだが……ここはなぁ」
この遺跡には、一周目でもやってきていた。だが当時の俺は町で買ったコーティング剣を武器にしていたし、「旅の足跡」も持っていなかった……というか、この世界を追放された時に習得した……ので、そもそも踏破目的ですらなく、ちょこっと立ち寄っただけだ。
だがその時、アネモが何とも残念そうな顔をしていたのはよく覚えている。だったら今回はきっちり目的を遂げさせてやりたいと思ったわけだが……
「さっきのアネモの言葉、覚えてるだろ? それともティアは、ゴウさんの時みたいなマップ埋め、またしたかったのか?」
「うぐっ!? それは……」
ちょっと意地悪く笑って言う俺に、ティアが露骨に嫌な表情を浮かべる。勇者ゴウと受けた試練の迷宮。あそこで俺達はゴールが見えているのにひたすら行き止まりの地図を埋めていくという、割と不毛な作業をしたことがある。
あの時は閉じた空間だったが、今回は普通に外と繋がる迷宮の一部なので、真っ当にやるならその苦労はあの時の比ではないだろう。
「それに、俺の『旅の足跡』も、いきなり全部が見えるわけじゃねーからな。こいつを活用してもそれなりに歩き回ることになると思うぜ?」
「そうなの? 町一つ分くらいならすぐじゃない?」
「いや、これ『俺が認識できる範囲』だから、見通しのいいところなら広めにマップが表示されるけど、こういう完全閉鎖型の迷宮とかだと、精々通路二、三本先までくらいなんだよ」
音の響きで想像してるって言い訳は、実のところ完全な嘘というわけではない。そういう風の流れだのなんだのもまた「俺の認識」に含まれており、自覚はできていなくても知覚できてさえいればそこが表示範囲となる。
なので上が開けて風が流れるような場所ならそれだけで記録できる範囲が広がるし、俺が気づかない罠があったとしても「俺が注意を払えば気づくことができる」状態であれば勝手に記録されたりする。
逆に言うと今回のように、分厚い石壁に阻まれてどうやってもわからないという環境であると表示される範囲はかなり狭まるわけだが、それでも「壁の向こうの通路までわかる」というのはとんでもないイカサマである。ここでは関係ねーだろうけど、隠し通路とか丸わかりだからな。
「はーっ、堪能しました!」
と、そんなことを話していると、地図から顔をあげたアネモが満足げなため息を吐いてから改めて俺に向き直る。
「で、エドさん。エドさんはこのレベルの地図が普通に描けると思ってもいいんですか?」
「おう、いいぜ。何でまあ、最短……とまでは言えねーだろうけど、マップを埋めるよりもガンガン前進して、町の中心を目指したいと思うんだが……どうだ?」
「む…………」
俺の提案に、アネモが考え込む。
「そう、ですね。私個人としてはこの町……ニィクオ遺跡の地図を完璧に仕上げたいという気持ちはありますけど、最初に重要なものを確保するという方針は間違っていないと思います。
それに、貴重なものがある『かも知れない』ではなく、実際にあると確認できれば、大規模に人を集めてもっと本格的な調査ができるようになりますしね」
「アネモはそれでいいの? それだと色んな発見とか手柄をみんなで分ける感じになっちゃいそうだけど」
「あはは。いいも何も、そもそもこんな規模の調査、一人……じゃない、三人でやるようなことじゃありませんよ! 私は自分が知りたかったからお二人に助力を頼んだだけで、もっと多くの人の協力が得られるなら、それに超したことは……はっ!?
ご、ごめんなさい! よく考えたら、お二人の利益のことを考えてませんでしたね。えっと、やっぱり私達だけで調査した方がいい、でしょうか……?」
モジモジと体をくねらせ、上目遣いで問うてくるアネモに、俺とティアは顔を見合わせ苦笑する。
「まさか。俺達の懐だってそんなに一杯は入らねーよ。なあティア?」
「そうね。地位とか名声が欲しいわけでもないし、みんなで協力して頑張ろうっていうのは大賛成よ」
「そうですか! ああ、よかったです……ならさっきの方針は『エドさんの地図を参考に、できるだけまっすぐ中央に向かう』に変更します。あ、でも、二〇戦で一旦引き返すのはそのままってことで。いいですか?」
「おう!」
「いいわよ」
「それじゃ、改めて出発しましょう!」
方針の変更も決まり、俺達はその言葉通り、気を引き締め直してほんの少しだけ色の変わったダンジョンへと踏み込んで……そしてすぐに外との違いを思い知らされる。
「うわ、いきなり大歓迎だな」
「凄い数ね……丸いのが八……九? それに人型のが五体も」
曲がり角の向こうを注意深く伺えば、そこにはエンカウンターがひしめき合っている。今までは大体二、三体。一番多くても五体だったことを考えれば、いきなり三倍近い数だ。
「あれはちょっと、どうしようもないですね。いきなりですけど、迂回を――」
「いや、全部倒す」
引き返そうと後ずさりしたアネモの肩を、俺はそっと掴んで引き留める。
「エドさん!? それは流石に……」
「俺とティアなら行けるさ。それにこんな入り口近くから迂回してたら、いつまで経っても中の調査なんてできねーだろ?」
「まあ、はい……でも、本当に大丈夫なんですか?」
「おう! 今なら『抜き水』のストックもたっぷりあるし、もし往復することになるにしても、ここまで入り口近くとなると倒しておいた方がいい。ってーわけだか、ティア?」
「まっかせて!」
満面の笑みを浮かべたティアが詠唱を始め……次の瞬間。
「――顕現せよ、『ストームブリンガー』!」
「うひゃぁ!?」
狭いダンジョンの通路を吹き抜ける、暴虐の嵐。大量にいたエンカウンターの悉くがそれに巻き込まれ、石礫となって辺りに飛び散っていく。久しぶりに大きな魔法を発動させ、スッキリしたドヤ顔で振り返るティアだったが……
「フフーン! どう? 私が本気を出せば、このくらい――」
「ああっ、あんなに破片が散らばって……全部拾い集めて『抜き水』をかけなきゃいけないのに……」
「…………えっと、ごめんなさい」
次いで漏れたアネモの呟きに、ヘンニョリとその耳を垂れ下がらせるのだった。




