欲を食うのが権力者で、割を食うのが一般人だ
「前方、エンカウンター三。ボールが一にトールマンが二。どうする?」
「戻って回るとプラス三〇分……このくらいなら迂回しましょう」
「了解。後ろは平気よ」
アネモの希望を叶える形で、未探査遺跡への到達を目指し始めて、おおよそ一ヶ月。いくつかの町を経由して食料などを補給しつつ、俺達は目的の地を目指してダンジョンを歩き回っていた。
「……何だかもどかしいわね。まっすぐ進めばすぐ到着できそうなのに」
「ま、仕方ねーさ。全部無視してごり押しじゃ、あんまりにも味気ないだろ?」
「まあ、そうだけど」
「あはは、普通はそもそもごり押しなんてできないんですけどね」
緊張し過ぎないための雑談に、地図を片手に先頭を行くアネモが苦笑する。
ちなみに、コーティングが切れている、あるいはされていない武器であっても、エンカウンターを破壊することは一応できる。が、その場合エンカウンターの耐久力は見た目よりもずっと高くなるし、壊してもすぐに再生してしまう。
しかも、一度交戦したエンカウンターは、結構な距離を離れないとずっと追いかけてくる。なので「武器も物資も使い果たしたが、町までもう少し」というような状況でもなければコーティングなしの武器で戦うことはあり得ないという。というか、その場合も町に危険を招いたとして罰則があるようだ。
まあ俺やティアくらいあっさりと倒せるなら「倒し逃げ」もできなくはないんだが、わざわざ異質な戦い方をして不信と迷惑をまき散らす必要もないしな。
とまあ、そんな感じで油断なく、だが苦戦もなくダンジョン内部を進んでいくと、不意にアネモがその足を止める。
「ここです。ここから先が未調査の遺跡となります」
「ここ?」
その言葉に、ティアがキュッと眉根を寄せる。目の前に続いているのはこれまでと変わらぬダンジョンの通路であり、明確な違いがあるようには見えないからだろう。
「どういうこと? この先の角を曲がったところとか、そういうこと?」
「いいえ、違います。ほら、ここをよーく見てください。ちょっと色が違うでしょう?」
「んんー?」
アネモが指さす先を、ティアが鼻がくっつきそうなくらいに顔を近づけて見つめる。ははは、一周目では俺も同じようなことしたなぁ。
「あー……言われてみれば、ここで床の……あ、壁も? 全部の石の色が、ほんのちょっとだけ薄くなってる……?」
「そうです。ちょうどここを境界として、ダンジョンが再生されたんです」
「再生……ってことは……」
「はい。この先にあったのは、かつてニィクオと呼ばれた町です」
「……………………」
アネモの言葉に、ティアが改めて正面に視線を向ける。だがそこにはやはり通路が続いているだけで、町の痕跡など存在しない。
「えっと、どういうこと?」
「以前に、町の空間は削り取ったダンジョンの壁に特殊な薬液を塗りつけることで再生を阻害しているって話はしましたよね? その薬液というのは、材料こそありふれたものですが、加工のために必要な機材がとても貴重で増やせない……つまり、生産量に厳然たる上限があるんです。
なので、その管理はかなり厳格です。町の空間の維持に必要な分の確保が最優先で、残りを町中の建物の維持に、そこから余ったほんの僅かな量を何百倍だか何千倍だかに薄めたものが武器に使われるコーティング剤ですね」
「へー。あ、じゃあひょっとして、ここではその機材が壊れて、薬液が必要量作れなかったとか、そういうこと?」
ティアの問いに、しかしアネモは困ったような顔で首を横に振る。
「町の上層部にいた偉い人が、薬液の濃度を七割ほどまで薄めて、増えた分を自分の利益のために利用していたんです。最初の五年ほどはそれでも問題なかったようですが、ある日遂にダンジョンの魔力を阻害仕切れなくなって……
それまで邪魔をされていた分を取り戻すかのように、たった数時間で町一つがあるべき姿へと戻されました。しかもその際に石の中に飲み込んだ人の魔力を消費することで大量のエンカウンターまで生まれているようで……結果『抜き水』や武器の消耗が大きすぎて手が出せないと調査を放棄された場所。それがこの、ニィクオ遺跡なんです」
「それは……何て言ったらいいのかしら……」
説明を終えたアネモに、ティアが複雑な表情を浮かべる。馬鹿をやった上層部が巻き込まれて死ぬのは自業自得だが、無関係な町の人々が全部巻き込まれたことを考えれば、単純に割り切れるものでもない。
だがそんなティアの表情を勘違いして、アネモが心配そうにティアに声をかける。
「……ひょっとして、何か思い出しました?」
「え? 何が?」
「何って……多分ですけど、ティアさん達が巻き込まれたのって、こういう大規模な崩壊だと思うんです。だから話を聞いて、ひょっとして何か思い出したのかなーと。違うならいい……いえ、いいと言ったら駄目なのかも知れませんけど、でも……」
「ありがとうアネモ。大丈夫よ。何も思い出してないし……ただちょっと、やるせないなって思っただけだから」
「そう、ですか。確かにそうですね……」
嘘をついている申し訳なさに表情を曇らせるティアと、それを勘違いして悲しげな顔をするアネモ。沈んでしまった場の空気をどうにかすべく俺はパンと手を打ち鳴らし、あえて明るい口調で二人に声をかける。
「ほら、馬鹿が昔にやらかしたことを気にしても仕方ねーだろ? それよりアネモ、これから俺達は何をすればいいんだ?」
「あ、はい。最重要目標は、町の……元町の中心に辿り着き、そこにあるかも知れない機材を回収することです。が、現実的なところは周辺のマッピングですね。ここからはエンカウンターを発見しても迂回せず、全て倒して進みます。
で、二〇戦するまでの間に可能な限りのマッピングをする……というのが今回の行動方針となります」
「なるほど。二〇戦って制限を切ったのは……」
「今現在の私達の手持ち物資と、帰りのことも考慮した結果ですね。切り詰めればもっと行けるとは思いますけど、『まだいける』は『もう危ない』というのは探索者の基本です。一番近いニーハックの町ならここから二週間で往復できますから、そうやって少しずつ調査領域を広げていくことで、上手くすれば一年ちょっとくらいで目的が達成できるんじゃないかなーと」
「それは……割と気の長い話ね」
「いえいえ、むしろ早いというか、コーティング武器なしでエンカウンターと戦えるお二人がいるからこそ攻略の目があるんですよ! 何せコーティング剤の供給には限界がありますし、かといってエンカウンターとの戦いには必要不可欠ですから、貴重なものがある『かも知れない』遺跡の攻略のために、日常の防衛を犠牲にして溜め込むなんてことしてもらえないですしね」
「難しいところだよなぁ」
長い目で見れば、徐々に未来が先細っていずれは追い詰められるのだろう。が、それがわかっていたとしても、今日明日で影響が出ないなら人はなかなか痛みを堪えることなどできない。
それは何度も見てきた光景であり、自分が苦しむわけでもなく、あっという間にこの世界から「追放」されてしまう俺がそいつらを「愚か」と断じるのは、あまりにも傲慢というものだろう。
それに……
「ま、二人とも心配すんなって。そんな長丁場にはならねーさ」
「エド?」
「エドさん?」
不思議そうに首を傾げる二人を前に、俺は背中のリュックを下ろし、中からクルクルと巻かれた紙を取り出した。そしてそれを広げる直前に、「半人前の贋作師」にて周辺の地図をそこに複写する。
「フッフッフ。何を隠そう、俺もマッピングは割と得意なんだよ」
ニヤリと笑う俺の顔の横には、俺にしか見えない周辺の地図がはっきりと浮かび上がっていた。




