使うとなくなる貴重品は、一生死蔵させてしまいがち
「いくぜ……ほっ!」
口を丸く開いて軽く息を吐き、脱力に合わせて踏み出す。前のめりの姿勢になった体は勝手に走り出し、引き締まった体のゴーレム……もとい、エンカウンターにあっという間に接触する。
「まず一体!」
その勢いで剣を振り抜けば、今回もあっさりエンカウンターは縦に両断される。腰を切らないのは、こいつらは斬られただけじゃ無力化できないとわかっているからだ。右と左の半身ずつならもがくくらいしかできないだろうが、上半身と下半身だと割と動けちまうからな。
そしてそんな俺の背に、こちらも同様に残されたエンカウンターが殴りかかってくる。全く同じ流れではあるが、さっきと違ってティアの助けは期待できない。ならばこれはピンチか? ハッ、まさか!
「当たるわけねぇだろ!」
ひょいと体を横にずらして、俺はエンカウンターの攻撃をあっさりとかわす。あの時はティアがいるから動かなかっただけで、ティアがいなければ動けなかったわけではないのだから、俺一人だろうとこの程度の敵に苦戦する謂れはない。
「で、終わりだ!」
特に小技を使うでもなく、俺は普通に振り返って二体目のエンカウンターも頭から真っ二つにしてやった。地味ではあるが、雑魚との戦闘にいちいち見せ場なんてものを作るのは馬鹿のすることだ。ウゾウゾと蠢くエンカウンターの残骸に俺が「抜き水」を振りかけると、パチパチと拍手をしながらティアを従えたアネモがこっちにやってきた。
「おおー、見事なお手並みです! にしてもエンカウンターを真っ二つとは、随分といい剣を使ってますね。それの使用回数はどのくらいですか?」
「ん? いや、これに回数制限なんてないぜ?」
「は!? いやいやいやいや。私ちゃんと説明しましたよね? 対エンカウンター用の武器はダンジョンの壁を切り出すときに使われる道具と同じで特殊なコーティングがされているから切れるんです。じゃなかったら剣で石を切れるわけないじゃないですか!」
「そう言われてもなぁ」
「きっとエドさんが忘れてるだけで、その剣にもちゃんとコーティングがされているはずですよ。ちょっと見せてください」
そう言うアネモに俺が「夜明けの剣」を手渡すと、しげしげと刀身を観察し始めた。だが刃の部分を指でなぞると、その表情が驚愕に歪む。
「え、嘘、本当にコーティングされてない!? でも刃こぼれもしてない……???」
「だから、俺の腕ならよっぽどのなまくらでもない限り石くらいは斬れるんだって。特にその剣は俺の師匠が打った最高の名剣……な気がするから、鉄だろうが何だろうがスパスパ斬れるぜ?」
「な、何て非常識な……武器のことは聞き流している感じだったんで、何か失敗したらお説教しようと思ってたのに……」
「おぉぅ、そいつは……まあじゃあ、お互い様って事で」
アネモが追加で注意せずにいたのは、一度痛い目を見た方が学習しやすいと考えたからだろう。俺が下手を打ったらいつでも助けに入れるように構えていたのは気づいていたので、アネモを責める気にはならない。
そして俺の方も、こんなことを口頭で説明しても一笑に付されるだけだと理解していたから実際に見せるまで言わなかったわけだが、事前に一言だけでも伝えておかなかったという負い目が、ほんのちょっぴりなくもない。
なのでそう言って苦笑した俺の前で、アネモが上を見ながら大きくため息をつく。
「はー、世界は広いなぁ。こんな身近にも、まだまだ私の知らないことが沢山あるなんて。でも……フフフ、こういう未知との遭遇があるからこそ、探索者はやめられません!
ということで、次はティアさんです。適当なエンカウンターがいたらお一人で戦ってもらいますけど、大丈夫ですか?」
「勿論! エドにばっかりいい格好はさせておけないもの!」
アネモの言葉に、ティアがここぞとばかりに張り切って耳を揺らす。それから三〇分ほど探索を進めると、今度は三体のエンカウンターに遭遇した。ただし今度のエンカウンターはそれぞれが五〇センチほどの背丈しかなく、体つきも人型というか、丸くて大きい石に手足と頭の石がくっついているような感じだ。
「さっきより数は多いですけど、その分小型みたいですね。どうしますか?」
「あのくらいなら問題ないと思うわ」
「わかりました。ただエンカウンターは小さくても力が強いですし、何より小さいというのはこちらの攻撃を当てづらく、かつ相手の攻撃が自分の足下にばかり集中するという危険もあります。十分警戒してください」
「大丈夫よ。見てて」
真剣な顔で言うアネモに、しかしティアは笑ってそう告げると俺達の先頭に立つ。だがそれ以上エンカウンターに近づくことなく、その場で詠唱を開始した。
「風を集めて固めるは螺旋に連なる上弦の月、鈍の光を纏いて型抜く二腕八指の精霊の爪!」
その声を聞きつけたのか、エンカウンター達がノシノシとこちらに近づいてくる。石の塊とは思えない進行速度ではあるが……ティアの邪魔をするには些か以上に速さが足りない。
「征きて進みて飛び抜け射貫け! ルナリーティアの名の下に、顕現せよ『ウィンドアロー』!」
詠唱を終えたティアの前に、翠色に可視化された風の矢が三本生まれる。それは狙い違わず迫ってきていた三体のエンカウンターそれぞれの体を貫き、一瞬にしてその全てを蠢く石塊へと変えてしまった。
「フフーン、どう?」
「流石ティア。いい腕だ……アネモ?」
得意げな顔で振り向くティアに、俺は笑顔でそう返す。だが俺の横にいたアネモは、信じられないものを見たような顔でプルプルと震えている。
「ど、どうしたのアネモ? 凄い顔だけど……私何か変なことした?」
「ま、ま、ま……魔法ーっ!?!?!?」
突如大声をあげたアネモが、凄い勢いでティアに飛びつく。すると近接戦闘をするつもりがなかったせいで荷物を背負ったままだったティアが、加わった重さに耐えきれずそのまま尻餅をついてしまった。
「いたた……何するのよアネモ!?」
「何するじゃないですよ! そんな、魔法を使うなんて、何考えてるんですか!?」
「へ? 何って……昨日は何も話してなかったと思うけど、ひょっとして魔法を使ったら駄目だったの?」
「駄目とかそういうことじゃないです! ああ、どうしよう。流石に『足し水』なんて持ってないし、でも早く魔力を回復しなくちゃ……」
「回復って、私そんなに疲れてないわよ? この程度の消耗なんて、普通に歩いてるだけでも勝手に回復する――」
「するわけないでしょう! 人間の魔力が勝手に回復するなんてあり得ません!」
困惑するティアに、アネモが泣きそうな顔で怒鳴る。
「いいですか!? 魔法は使えば使っただけ魔力を消費しますが、その魔力は回復なんてしないんです! そして全ての魔力を使い切れば……いえ、枯渇までいかずとも一定以下まで減ってしまえば、そのままダンジョンに吸収されてしまうんです!
一応、使った魔力は『抜き水』を作るとき魔力を移し替えた『足し水』を飲めば補充されますが、それはあくまで一時しのぎの誤魔化しで、時間と共に自然に体から抜けてしまいます。
つまり、本当の意味で魔力を回復する手段なんて、この世界には存在しないんです! 魔法は使えば使っただけ命を削る力で……なのにそれを、こんな、こんなどうでもいい場面で使うなんて……っ」
ティアを押し倒すようにのし掛かっていたアネモの目から、ポロポロと涙が零れていく。
「ごめんなさい。ティアさんが記憶を……常識を忘れてるってわかってたのに! あああ、こんなことなら魔法の事をちゃんと教えておけば……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「ちょっと待って! 泣かないでアネモ! 本当に大丈夫だから! 貴方と出会った日にも魔法を使ってたけど、私の魔力はちゃんと回復してたから!」
「嘘です、そんな。私を慰めるために、そんなこと……」
「いや、本当だから大丈夫だ」
ぐずるアネモの肩に手をかけ、俺はティアの胸に張り付いて泣くアネモの顔を引き上げる。
「何でかは俺もわからねーんだけど、ティアの魔力は本当に回復するんだ。だからむしろ俺の方から聞きたいんだが、自然に魔力が回復する人間の心当たりって何かないか?」
それは、あらかじめ用意していた問い。アネモがここまで過剰な反応をするのは予想外だったが、だからこそその憂いを綺麗さっぱり払拭するための一手に、アネモがしゃくりあげながらも答えてくれる。
「ぐずっ……ひっく……えぇ、そんなの……ダンジョンから生まれるエンカウンター以外で、魔力が回復する存在なんて、お伽噺の中にくらいしか……」
「お伽噺?」
「はい。この世界の何処かには『クナ樹林』と呼ばれる土と木で構成された場所があり、そこには『エルフ』と呼ばれる特別な種族がいたそうです。彼らの特徴はその長い耳で、一説によるとその耳にはダンジョンの魔力を自分の魔力に変換する機能があるのではないかと……………………」
話をしていたアネモの目が、ティアの顔から少しだけ横に動く。そこには人に比べると大分長めな耳がピコピコと揺れており……
「み、み、耳が長ーい!?!?!?」
アネモの絶叫が、再びダンジョンの内部に響き渡った。




