無一文なら厄介者だが、金があるなら依頼者だ
「はい、着きました! ここがニイハナの町です」
「うわぁー!」
通路の突き当たりにあった、金属製の頑強な門。衛兵と思われる人との手続きを経て通り抜けた先にあったのは、ほぼ全てが石造りの巨大な町であった。その光景にティアが感嘆の声をあげると、アネモが少しだけ得意げに説明を口にする。
「どうですか? このニイハナの町は、この辺では一番大きな町です。凄いでしょう?」
「ええ、とっても! これってひょっとして、ダンジョンをくりぬいて作られてるの?」
「そうですよ。ダンジョンの壁はそのままだと再生してしまうので、定期的に特殊な薬液を使って魔力の流れを遮断し、再生しないようにして空間を維持しているんです。
町の建材に使われている石もそうですね。完全に魔力が抜けてしまうとダンジョンに吸収されてしまいますから、大体二〇年に一度くらいは立て替える感じです」
「ほえー。何だか大変そう……というか、それだと歴史的な建造物っていうのは残らない感じなのかしら?」
「そうでもありませんよ? 本当に大事なものや建て替えより塗り替えの方が手間の少ない建物なんかは、普通に手入れをして維持します。例えば町の中央にある建物なんかは、ずっと昔から変わってないはずです。
まあ、あそこは町の基幹に関わる色々があるらしくて、普通の人は立ち入れませんけど」
「なるほどー」
ここまでの道すがらで、ティアにはこの世界の常識が無いことは既に理解されている。なのでティアが問うことを疑問には思われないし、アネモも都度丁寧に説明してくれる。俺の記憶も割と曖昧なところがあるので、これは正直助かる。
「さ、それじゃまずは、探索者組合の事務所に行きましょう! そこならお二人の身元もわかるかも知れません」
「わかったわ。行きましょエド」
「おう」
未知に触れる楽しさでご機嫌なティアに手を引かれ、俺もアネモの後を着いていく。ほとんど凹凸のない石の地面は歩きやすく、道の左右には様々なものを扱う店があるが、大抵の世界の町とは違って、露店の類いはほぼない。
というのも、ここでは木材が超貴重品だからだ。流石に石や金属で簡易屋台を作るのは難しく、なら店を構えた方がいいという判断なんだろう。
「やっぱり木とか草は全然ないのね……あれ? でもそうしたら服とかはどうしてるの? あとは紙とか」
「木はともかく、草はありますよ? 水源の中に生える水草とか藻なんかを繊維に加工して布や紙は作ってるはずです。というか、木って……私一度も見たことないですけど、ティアさんはあるんですか?」
「へ!? あ、あー、うん。多分……?」
「そうですか。うーん、そしたらティアさんって、凄いお金持ちの人だったんでしょうか?」
「あはははは……そ、そう言えば、アネモみたいに小さい人が結構いるのね! あの人達もみんなアネモと同じ鉱人族なの?」
焦ったティアが露骨に話題を変えると、アネモはピクリと眉を動かすも、それ以上追求せずに新たな話に乗ってくれる。
「そうですね。この町には三〇〇〇人ほど住んでますけど、鉱人族はそのうち三割くらいで、残りはお二人と同じ平人族です」
「それって多いの?」
「考えたこともないですけど、普通じゃないですか? 壁の塗り直しとかの仕事はどんな町にもありますから、鉱人族はどの町にもいますし」
鉱人族とは、いわゆるドワーフみたいなものだ。体は小さいが力は強く手先が器用というそのままの特徴であり、アネモもこの見た目ながら二六歳である。
対して平人族は、まあ普通の人間だ。こちらもまた俺達の想像通りのただ人であり、それ以上に説明しようがない。
「あとは、さっき言った水中での作業に適した魚人族っていうのもいますけど、あの人達は凄く少ないので、この町には多分二〇人くらいしかいないと思います。ダンジョンを巡る水脈を直接移動できるので、出稼ぎに来てるって感じですね」
「ほほぅ、三つの種族が協力し合ってるのね」
「ですです! さ、着きましたよ」
雑談をしながら歩けば、俺達はあっという間に探索者組合の建物の前へと辿り着いた。他の世界なら神殿か何かのような作りだが、基本全てが石造りであるこの世界ではこれが一般的な建築様式だ。
ちなみに、一般家屋は大体のっぺりした四角い箱である。金持ちなら彫刻とかを入れていたりもするけれど、二〇年で建て直すという前提がある以上、手の込んだ装飾をする奴はあんまりいないからだろう……閑話休題。
「こんにちはー!」
カランコロンとドアベルを鳴らして室内へと入り、アネモは迷うことなく正面にあるカウンターへと近づいてく。するとそこには当然ながら受付の人がおり、足下に収納された石造りの台座を引き出したアネモが、そこに乗りながら受付の人に話しかけた。
「準二級探索者のアネモ・アリスです。探索途中で不明者を二名保護したので、連れてきました」
「アネモ様ですね。探索者証を……はい、確認しました。それで、不明者二名というのは……」
「この二人です。どうも直近の記憶が曖昧なようで、ひょっとしたら何処か遠くの町の崩壊に巻き込まれて、押し出しされたかもって……ほら、もっとこっちに来て!」
そう言うアネモに呼ばれ、俺達もカウンターの前に並び立つ。そのまま幾つか質問をされたり、受付の人が台帳っぽいものを色々調べてみてくれたが、その表情は芳しくない。
「……申し訳ありません、不明者の届け出は何件かあるのですが、お二人に該当しそうなものはありませんね」
「そう、ですか……」
申し訳なさそうな受付の人に、アネモが困り顔になる。俺達としても騙しているようで……と言うか実際騙してるのだが……気分はよくないが、ここは仕方がない。
「どうしましょう? エドさん達、行く当ては……あるわけないですよね」
「ははは、そりゃなぁ。あ、でも、こんなのは持ってるぜ?」
言って、俺は腰の鞄から金貨を一枚取りだしてカウンターに乗せる。するとそれをマジマジと見たアネモ達の表情が見る間に驚愕に染まっていく。
「……え、嘘。これ遺失金貨!? 本物!?」
「状態も素晴らしいです。一体何処でこれを?」
「それに答えられるくらいなら、ここで困ったりはしてないですよ。で、こいつはそこそこの価値があるって思ってもいいのかな?」
「勿論! これ一枚で……そうですね、ちょっといい宿に食事付きで一〇日くらいは泊まれるでしょうか?」
「それは……高いの?」
アネモの査定に、ティアが思わず首を傾げる。金貨一枚で一〇日分の生活費というのは、元の価値からすれば大分安い。だがそんなティアの様子に、アネモが苦笑しながら金貨を俺に渡してくる。
「気持ちはわかりますけど、遺失貨は通貨として流通してるわけじゃなく美術品扱いですから、一般買い取りだとこんなものですよ。纏まった数をオークションに出品するとか、自分で蒐集家の人と直接交渉するとかすればずっと高く売れるとは思いますけど」
「あー、それは私達には無理よね」
「だな。記憶もねーのに蒐集家の知り合いなんているわけねーし……ただ、価値があるのは間違いないってわけだ。ならアネモ、ちょいと交渉させてくれねーか?」
「はい?」
軽く首を傾げるアネモに対し、俺は腰の鞄から追加で金貨を取り出す。開いた手のひらに乗っているのは、小さくても黄金の山だ。
「こいつでアネモを雇えねーか? とりあえずは一ヶ月……俺達が探索者としてそれなりにやっていけるようになるまでの指導を頼みたい。で、その後は双方合意の元に契約を解除、もしくは延長するなり、同僚として仲良く仕事ができたらいいなって思うんだが……アネモ?」
交渉を切り出したというのに、当のアネモは気もそぞろというか、その視線が俺ではなく俺の手の上に集中している。試しに手を動かしてみたら、それにつられてアネモの顔も右に左に動いて……これはこれで面白いけれども、そうではなく。
「おいアネモ? 俺の話を――」
「引き受けました!」
一旦引っ込めようとした金貨盛りの手を、アネモが包み込むようにガッシリと掴んでくる。
「エドさん達の指導、準二級探索者であるアネモ・アリスが、確かに承ります! 早く! 早く正式な依頼書を作成してください! 誰かに横取りされる前に!」
「お、おぅ。よろしくな」
かなり食い気味にそう言われ……とにかく俺達は、今回もまた勇者と縁を繋ぐことに成功したようだ。




