踏み出す一歩を恐れなければ、どんな未来も幸せにできる
「ユート!? それにティア殿まで……どうして!?」
「どうして!? そんなの、マオちゃんの様子がおかしかったからに決まってるだろ!」
驚き声をあげるマオに、ユートが必死に叫ぶ。その背後ではティアが申し訳なさそうな表情を浮かべつつ顔の前で手を合わせているが、それを咎める気にはなれない。そしてそんなユートの言葉に、マオはあからさまに狼狽する。
「そう、なのか? いや、しかし――」
「わかるよ! まだたったの半年だけだけど、一緒に冒険したんだから、そのくらいわかる! だからティアさんに無理を言って、二人の話を聞いてたんだ!」
「……話を聞いておったのなら、わかるじゃろう? 妾は――」
「わからないよ! マオちゃんがいなくなればいいなんて理屈、僕には全然わからない! わからないから……エドさん!」
「ん? 何だ?」
「マオちゃんは連れて行かせない! どうしてもって言うなら……僕が相手だ!」
「……ほう?」
ユートが剣を抜き、俺に向けて構える。鍛錬の時とは別人のような決意と覚悟の満ちた表情に、俺は静かに目を細める。
「マオちゃんが魔王だって知ってから、エドさん達の事情も説明してもらいました。だからこうすると、あと一〇分でエドさん達はこの世界からいなくなっちゃうんですよね? なら一〇分耐えれば、僕の勝ちだ!」
「そうだな、確かにそうだ。だがユート……お前が俺に勝てると思ってるのか?」
「そうじゃぞユート! 主……いや、兄様に勝つなど、そんなこと――」
「うるさい! いっつも我が儘を言うのはマオちゃんだったけど、僕だって言うんだ! 絶対に、マオちゃんを消させたりしない! 覚悟しろ、エドさん……いや、魔王!」
ユートの体から、黄金の光が吹き上がる。正しく俺を魔王と認識した勇者の力はさっきまでとは違う次元に達しており、音より速い踏み込みから放たれた大岩すら砕くような斬撃を、俺は「夜明けの剣」を抜いて受け止めた。
「ぐおっ!? こいつはなかなか……」
「まだだ!」
矢継ぎ早に繰り出されるユートの攻撃を、俺は本気で受け止め、受け流す。もしこれが魔王の記憶を取り戻した直後の俺であれば、為す術もなくやられていただろう。三周目に入った後の俺であっても、油断せず全力で対処し、ユートの腕の一本も切り飛ばさなければ止められなかったかも知れない。世界の加護を受けた勇者の力というのは、それほどまでに強大なのだ。だが――
「一〇〇年早ぇ!」
「うわぁっ!?」
少し前に「一つ上」の存在となり、世界移動の際に俺の体は元に戻らなくなった。それはつまり鍛えた分だけ強くなれるということであり、またその分だけ魔王の力に耐えられるようになったとも言える。
無論、ユート相手に「終わり」の力を振るうつもりなどこれっぽっちもないが、少なくとも目覚めたての勇者に力負けすることはなく……であれば勝負を決する剣の技量は、俺の方が圧倒的に上!
俺の振るった一撃に、ユートの体が一〇メートル以上吹き飛んで大地に転がる。斬ってはいないが、だからこそ内臓には重い痛みが走っているはずだ。呻きながらも必死に体を起こそうとするユートに、俺の側から離れたマオがユートの方へと駆け寄ろうとする。
「ぐ、うぅぅ……」
「ユート!? 兄様、やり過ぎじゃ!」
「やり過ぎ? 馬鹿言え、勇者と魔王の戦いに、やり過ぎなんてもんがあるわけねーだろ? それよりマオ、どうする?」
「どう!? どうとは何じゃ!?」
「もうすぐ俺はこの世界から去る。つまりお前の願いを叶えてやれるのは、あと数分の間だけってことだ。お前が本当に消えたいと望むなら、こっちに来い!」
「わ、妾は……」
「行かせ、ないっ!」
迷うマオに、剣を支えに身を起こしたユートが力と声を振り絞る。俺とユートの中間辺りに立つマオはその場で足を止め、俺とユートの顔を何度も交互に見てくる。
「来るんだ! マオちゃん!」
「ユート。じゃが、妾は……」
「好きだよ」
俺を睨み付けていたのとは違う優しい目で、ユートが言う。そのたった一言に、マオの視線が俺から外れてユートに釘付けになる。
「恋とか愛とか、そういうのはまだよくわからないけど……でもマオちゃんのこと、ちゃんと好きだよ。もっと一緒に冒険したいし、ご飯を食べたりふざけ合ったりしてたい。
そりゃ怖いと思ったこともあるし、魔王とか勇者とか、わからないことばっかりだけど……でも、そんなのどうだっていいんだ! 僕はユートで、君はマオちゃんだ! それで十分で、それ以外なんてどうでもいい!
だから、何も言わずにいなくなったりしないでよ! 僕達は仲間で、友達で……僕はマオちゃんと一緒にいたいんだ!」
「ユー……ト…………」
「行こう! 二人で!」
最後の力を振り絞るように、右手を前に伸ばしてユートが叫ぶ。差し出された手に、引っ張っていく男らしさと縋るような弱さの合わさった声に、そして何より、惚れた男の精一杯の告白に。
「――――ユートぉぉぉぉ!!!」
マオが、ユートに向かって走り出した。すぐに側へと辿り着くと、泣き笑いのような顔をした二人がギュッと抱きしめ合う。その何とも感動的な光景を前に、いつの間にか俺の隣にやってきていたティアが話しかけてきた。
「残念。ふられちゃったわね?」
「ははは、何言ってんだティア。これが勇者と魔王の戦いだって言うなら……最後に勇者が勝つのは当然だろ?」
「フフッ、そうね」
肩をすくめる俺に、ティアが楽しげに笑って手を繋いでくる。残り時間はあと少し、なら俺は――
「じゃあな! 元気でやれよ!」
「二人とも、元気でね!」
「エドさん、ティアさん……お世話になりました!」
「妾は、妾は……幸せに! 頑張って幸せになるのじゃ! 楽しいことも苦しい事も、諸共含めて全てを幸せにしてみせるのじゃあ!」
「おう!」
抱き合ったまま叫ぶマオとユートに、俺は右手を親指を立てて突き出し、ニヤリと笑って応える。するとすぐに時間が来て、俺達は予定より半日早く、この世界から「追放」されていった。
その後、無事に「白い世界」へと帰還した俺達は、今回もまたいつも通り「勇者顛末録」に目を通すことになる。そこに記されていた内容は、ただの少年であったユートらしい日記のような英雄譚。そしてその最後の部分は、こう締めくくられている。
――第〇〇七世界『勇者顛末録』 最終章 その始まりは永遠に
かくて真なる魔王が旅立った後も、世界は緩やかに続いていく。勇者ユートは残されし魔王と共に旅路を進め、己の人生を歩んでいくことになる。
その行く末には、多数の未来が存在する。あるいは魔王と結ばれるもの、あるいは道を違えるもの。あるときは友として歩き、あるときは敵として対峙する。勇者と魔王の宿命は奇縁となって続きはするが、その結末全てが幸福であるわけではない。
だが、無限に繰り返す世界の中で二人は必ず出会い、言葉を交わすことになる。そしてどんな結末であっても、二人は必ず涙を交わす。ありがとう、さようなら、縁があったらまた会おう。魔王の魂が真なる魔王の元に還るその日まで、その約束は永遠に果たされ続ける。
小さな恋に始まった話は、その後全ての未来を変えた。会って合わず、別れて分かたず。勇者と魔王の物語は、今日もまた小さな胸のときめきから始まるのだった。




