「知られたくない」秘密の価値は
今回まで三人称です。ご注意下さい。
「あの……マオちゃんと、お話はできますか?」
「できますが……やめておいたほうがいいですよ? 先程の話からすれば、魔王はマオという少女の記憶を持っているはず。ならばか弱い少女を演じ、勇者様を惑わして助けを請おうとするはずです」
「それは……でも、それでもやっぱり、話がしたいです」
ユートの縋るような目に、スネイルは小さくため息をつく。拒絶するのは簡単だが、それではこの幼い勇者が納得しないのは明らか。
「……わかりました。では」
結局、折れたのはスネイルだった。胸に下げた聖印を握りしめて聖句を唱えると、周囲に満ちていた冷たい空気が温もりを取り戻し、マオの周囲に張られていた沈黙の結界が消える。
「マオちゃん……聞こえる?」
「声が……!? おお、聞こえるぞユート」
その変化を感じ取ったユートが声をかけると、マオがゆっくりと顔をあげて答える。いつもと変わらないはずのその声が、今のユートにはまるで別人のように感じられ……だがグッとお腹に力を入れると、ユートは言葉を続けていく。
「マオちゃん、あの――」
「怪我はないか? 何か痛いことや、嫌なことはされておらんか?」
「えっ!? あ、うん。平気だけど……」
「そうか。ならばよかった」
「……僕を、心配してくれるの?」
「当たり前じゃろう? 大事な……仲間を心配するなど、当然過ぎて理由が思いつかぬくらいじゃ」
「マオちゃんって、魔王なの……?」
「……ああ、そうじゃ。妾は魔王じゃ」
ユートの視線がチラリと自分の手足の方に動き、それを自分の目でも追ったマオは観念したようにそう呟く。事ここに至って隠し通せるとは思っていなかったが、それでも魔王としての姿を想い人に見られるのは、やはりいい気分ではない。
「僕を、騙してたの? エドさん達も、みんな……?」
「それは…………すまんのぅ」
騙していたのはユートだけではあるが、それを告げるのが本体……エドにとってどのような不利益を生むかわからなかったため、マオは言葉を濁す。だがユートはそれを「エドの妹に成り代わっていた」ことを認めたのだと判断してしまった。
沈黙の結界はマオの声を消すだけでなく、外からの会話もマオに届かせない効果があったため、先程の二人の会話をマオが聞いていなかったが故のすれ違いに、ユートの表情が泣きそうなものに変わる。
「何で……どうして!? いつから!?」
「うむん? いつからというのなら、最初からか?」
「……え? じゃあ僕を助けてくれたのは……?」
「妾じゃぞ? 愛しの……ゲフン、ユートが襲われてると思って、思わず飛び出してしまったのじゃ。まあ妾は盛大にスッ転んで、実際にユートを助けたのは兄様じゃったがのぅ」
そう言って、マオが楽しげに笑う。その様子に離れかけていたユートの心が少しだけ戻り……だがその肩を、険しい表情を浮かべたスネイルが叩く。
「勇者様、ここまでです。これ以上魔王の戯れ言に付き合っては、お辛くなるだけですぞ?」
「司祭様!? でも――」
「言ったはずです、魔王は勇者様を惑わそうとしてくると。少女の声で、姿で、思考で、勇者様と話をすれば……自分にとどめを刺しづらくなる。いえ、それどころか勇者様に『見逃してやってくれないか』と願い出るように仕向けることすらできると考えているのでしょう。
ですが、それも無駄なこと。幼く未熟な勇者様は騙せても、我らは違う」
「むぅ、何じゃお主は? 妾とユートの逢瀬に横から割り込むとは……まさか嫉妬か? いい大人がみっともない」
「フッ、強がりを。ですがそれも無駄です。我らには勇者様の目を覚まさせる、とっておきの神具がありますからね」
薄笑いを浮かべて言うマオに、しかしスネイルは余裕の態度を崩さない。部下に指示を出すと、マオの正面に大人の身長と変わらないほどの大きな姿見が運ばれてきた。
「神託によって作成されたこの鏡は、魔王である貴様が隠しておきたいと願う秘密を白日の下に暴き出す! さあ魔王よ、その醜い本性を勇者様に見せつけるのだ!」
「何じゃと!? それは――」
「神よ! 今こそ我らの前に、真実を!」
焦るマオを無視して、スネイルが両手を高く掲げて祈りの言葉を捧げる。すると鏡の表面に光が走り……秘したる過去が映し出される。
『ふぁぁ……だるぅ…………』
「……ん?」
「え、マオちゃん?」
借りていた宿の一室。鏡の中のマオは、いつもの服装……スカートのままでだらしなくベッドに寝そべっていた。しかもその手がゆっくりと下に動き、スカートの裾をめくって尻を掻き始める。
「ぎゃぁぁぁぁ!? やめ、やめるのじゃ! 見てはいかん!」
「わっ、わっ!?」
「違う! 違うのじゃ! この時はちょっと気が緩んでいただけで、普段の妾はもっとこう、優雅で可憐な寝姿なのじゃ!」
「な、何だこれは!? 次! 次だ!」
顔を赤くして目を反らすユートと、カエルが潰れたような叫び声をあげるマオ。だがそれをそれを無視してスネイルが手を振るうと、再び鏡の表面がキラリと光り、新たな光景が映し出される。
「暗い……夜? あれ、マオちゃんが寝てる?」
おそらくは夜。ベッドで眠るマオの姿に、ユートが首を傾げる。だが次の瞬間――
ボフゥ!
「「……………………」」
布団の中から響く、くぐもった音。数秒の静寂ののち、マオが首元の布団を少しだけめくりあげ……
『……くさっ』
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ! 殺せ! 殺してくれ! お主等に一欠片でも慈悲の心があるのなら、今すぐ妾の頭をかち割って、この幻影を止めてたもれぇぇ!!!」
狂ったように叫ぶマオが、鎖を引きちぎらんと全力で暴れ出す。だがその拘束が解けることはなく、鏡の中のマオは無情にも「この匂いは夕食に食った豆じゃろうか?」などと呟いている。
「えっと…………」
「こ、こんなはずは!? こうなれば……鏡よ! 魔王にとって最も知られたくない秘密を! 絶対に明かせぬ悪行を映し出すのです!」
三度鏡が光り輝き、新たな光景が映し出される。それは今度も宿の一室だったが……
「……あれ? これ僕が借りてる部屋?」
『ユートー? おらんのかー?』
ユートが首を傾げて映像を見つめるなか、マオがノックをしてから扉を開けて入ってくる。それからキョロキョロと室内を見回し、ベッドの上に脱ぎ捨てられているユートの服に目を付けた。
『むぅ、ユートの奴、脱ぎっぱなしではないか。全く仕方がないのぅ』
「ぎゃーっ!? やめよ! やめるのじゃ! 後生じゃからやめてくれぇ!」
「ええい、黙れ魔王! まさかこの後、勇者様の所有物に呪いでもかけたのですか!?」
「それでいいから! もうそういうことでいいから、早く幻影を消すのじゃ!」
しかめっ面のスネイルに、マオが泣いて縋るような声をかける。だが当然ながら幻影は止まることなく、鏡の中のマオはそっとユートの服を手に取ると、徐に顔の側に近づけて……その臭いを嗅いだ。
『…………ふひっ』
「えぇ……? マオちゃん、何で僕の服の臭いを嗅いで笑ったの?」
若干気持ちの悪い顔で笑うマオの姿に、ユートが口元を引きつらせる。すると乙女心を完膚なきまでに粉砕されたことで、遂にマオの力が限界を突破した。
ガキィィィィィィン!
「そんな、神の鎖が!?」
派手な音を立て、遂に白く輝く鎖が引きちぎられた。ゆらりと立つマオの両手両足は竜のような鱗で覆われており、全身から立ち上る黒い狂気にくすんだ赤髪がユラユラと揺らめく。
「コロス……お前等全員、ブチ転がしてやるのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ひぃぃぃぃ!? お、お前達! 早く魔王の封印を! 勇者様もお力をお貸し下さい!」
「ぼ、僕!?」
スネイルの言葉に、しかしユートは動けない。今のマオはとてもとても……魔獣に襲われたときとは全く違う、でも絶対に逆らってはいけないという怖さがあったからだ。
「ご、ごめんなさい。ちょっと無理です……」
「くっ!? デガス隊長! どうにかしてください!」
「いやいや、こんなのどうしろと!?」
「ゴロズゥゥゥゥゥゥ!!!」
魔王の魂の咆哮が響き渡り……そして野営地には無慈悲な暴虐の嵐が吹き荒れた。
「マオ! ユート! 大丈夫か…………って、何だこりゃ?」
「うわ、酷い…………」
「ウォォォォォォォォー!!!」
「僕は何も見てない。僕は何も見てない…………」
それからしばし。二人の子供達を助けにやってきたエドとティアが目にしたのは、荒れ果てた野営地に積み重ねられた男達の上で謎の雄叫びをあげるマオと、その傍らでそっと膝を抱えて座り込むユートの姿であったという。




