真偽と信疑
今回も三人称です。
「う…………」
小さなうめき声をあげて、ユートが目を覚ます。するとすぐに側にいた人物が気づき、柔らかい敷物の上に横たえられたユートの背を支えて起き上がらせていく。
「大丈夫ですか? さ、ゆっくり体を起こしてください。司教様! 勇者様がお目覚めになられました!」
「勇者……?」
意味のわからない言葉に、ユートがそっと顔をしかめる。だが考えるより先に白いローブを纏った男性が現れ、ユートの前に恭しく膝を突いた。白髪の交じった頭と深い皺の刻まれた顔は初老に入っていることを伺わせるも、その顔に満ちる喜色とやる気が何処か若々しい印象を与えてくる、不思議な男性だ。
「おお、お目覚めになられましたか! まずは知らぬこととはいえ、勇者様に働きました狼藉、心より謝罪致します」
「えっと……?」
「ああ、困惑しておられるのですな。無理もありません。我らもまさか、このような地で勇者様を見つけることができるとは思っておりませんでしたので」
そう言って、ローブの男が懐から手のひらに乗る大きさの透明な球を取り出し、ユートに向ける。すると球の中央からワッと光が湧きだし、それを見た男がうっとりと顔をほころばせる。
「これは我らが神より遣わされた技術で作り上げた、判定の魔導具です。勇者様に出会えばこのように光に満ち、そして魔王に出会えば黒く闇を放つ……そういう代物なのです」
「はぁ……」
説明されても、ユートには今ひとつピンとこない。どうやら自分の事を勇者だと言っているらしいことくらいはわかったが、そもそも勇者などお伽噺の人物であって、そこに実感が結びつかないのだ。
が、もう一つ……魔王は違う。そんないるはずのない架空の存在を呼称され、大事な自分の友達が襲われたことを思い出したユートは、勢い込んでその身を起こし……だがふらりと倒れそうになって、近くにいた騎士の男……最初に自分に話しかけてきたあの人物……に体を支えられた。
「おっと、大丈夫ですか? 急に動いては危ないですよ……まあ勇者様を気絶させた俺が言うのも何ですが」
「ありがとうございます……って、違う! マオちゃんは!? マオちゃんをどうしたんですか!?」
ユートの叫びに、ローブの男が首を傾げる。すると騎士の男が「魔王のことではないかと」と告げ、ローブの男が微妙に顔をしかめた。
「ふむ、魔王だからマオとは、また安直な……ああ、そう言えば名乗っておりませんでしたね。私は聖光教団の司教で、スネイルと申します。そちらの男は白の……いえ、組織図を説明してもややこしいだけですね。この部隊を率いている男で、デガスです」
「デガスだ。よろしくな」
「僕は、ユートです……それで、マオちゃんは……いえ、そもそもマオちゃんが魔王って、どういうことなんですか!?」
「そうですね、では順を追って説明しましょうか」
自分だけでは何もできない。ならばこそ焦りを押し殺して問うユートに、スネイルがまるで説教をするかのように、大きく手を広げて話を始める。
「事の始まりは、今から半年ほど前のことです。その日教祖様が、この地に魔王が降り立つという神託を得ました。それ故我らはずっとこの森を調査していたのですが、なかなか成果が出ず……ですが昨日、遂に魔王の反応を捕らえたのです!
ああ、迂闊でした。魔王というからには森の奥からやってくるものとばかり考えておりましたが、まさか人に紛れて町に暮らしていたとは……己の未熟さを嘆くばかりです」
そう言って、スネイルが顔をしかめて大げさに首を横に振る。だがすぐにその表情が輝き、ユートの事をまっすぐに見つめてくる。
「ですが、その憂いも過去のこと。勇者である貴方を取り込もうという魔王の策謀は、ギリギリで阻止できたようですからね。フフフ、今頃あの魔王は悔しがっていることでしょう」
「そんな、嘘だ! だって、マオちゃんは普通の女の子で……」
「……ならば、ご覧になりますか?」
「見る? 何をですか?」
「勿論、魔王の真の姿です。共に旅をしていたというのであれば、少々……勇者様の年齢を考えれば、辛い光景となるでしょうが」
「見ます! 会います! マオちゃんに会わせてください!」
「……わかりました。では、こちらへ」
一も二もなく断言するユートに、スネイルは少しだけ気の毒そうな表情を浮かべてからそう言って一礼する。そのまま少し移動すると、わざわざ木を切って作ったであろう広い空間に、民家ほどの大きさの天幕が張られていた。そこにユートが足を踏み入れると――
「っ!? マオちゃん!?」
「いけません!」
そこにいたのは、墓石のような巨大な石から伸びる白く輝く鎖によって四肢を拘束され、グッタリと項垂れるマオの姿であった。思わず駆け寄ろうとするユートにスネイルが鋭い声を発し、デガスがガッシリと掴んで止める。
「おっと、近づいたら危ないぜ、勇者様?」
「離して! 離してください! マオちゃん! 何で、何でこんな酷いことを!」
「落ち着いてください、勇者様。神の鎖によって拘束された手足を、よく見てください」
「手足…………っ!?」
スネイルに言われ、ユートはマオの四肢を見る。すると鎖に巻き付かれたマオの四肢が、何やらユラユラと揺らいで見える。
「何、これ? 形が変わってる……?」
それは時に蹄もつ足であり、時に鱗に覆われ、時に羽となり、時に人になる。想像しうるあらゆる存在の手足へと歪みながら形を変え続けるそれは見ているだけで不安を掻き立て……目の前の少女がただの人間ではないことを、これ以上ないほどにはっきりとわからせてくる。
「あれこそが、彼女が魔王である証拠です。あらゆる存在を自身に取り込み、その力とする擬態の魔王……流石に神の力には抗えないのか、拘束された部分だけはその力が揺らいでいるようですがね」
「擬態……え、でもマオちゃんは、エドさんの妹だって……」
「妹? 魔王は、肉親と一緒に生活していたのですか?」
「はい。エドさんとティアさんって冒険者の人と、一緒に旅をしていたって聞いてます。で、マオちゃんはエドさんの妹だって……だから、マオちゃんが魔王のはず……」
「…………それは、思った以上に深刻な事態ですな。つまり魔王は取り込んだ者の姿や力だけでなく、意識や記憶すら奪い取って我がものとできる力があると?」
ユートの言葉に、スネイルが驚愕の表情を浮かべる。もしもそれが真実であれば、魔王はいつでも権力者を殺して成り代わり、人として人の世界を滅ぼせたことになる。いや、それどころか――
「まさか、勇者様に近づいたのは、その力すら奪い取ろうとしていたからか!? 何と、何ということだ。世界は我々が考えてたよりも、ずっと滅びに近かったのか!?
ああ、神よ! 今日この日に間に合ったことを、心から感謝致します! その偉大なるお導きにより、我らはどうにか人の世界を守ることに成功致しました」
その場で跪き、スネイルが天を仰いで祈りの言葉を捧げる。周囲の騎士達もそれに習って片膝を突いたが、唯一その場でユートだけは思考が追いつかず、呆然とその場に立ち尽くしている。
「そんな……じゃあ、マオちゃんは……」
「まず間違いなく、魔王に取り込まれてしまったのでしょう。それがいつからかはわかりませんが……心中、お察し申し上げます」
「……………………ぁぁ」
スネイルの言葉に、呻くような声を漏らしてユートが膝を折る。どうしていいか、何を信じればいいのかわからない。その目は虚ろに曇り、思考は同じところを回り続ける。
そしてそんなユートに、教団が張った沈黙の結界の向こう側から視線を向ける者がいる。
「ユート……無事だったのじゃな…………よかった……………………」
朦朧とする意識のなか、思い人が無事であったことに鎖から流れ込んでくる激痛すら忘れ、マオは音にならない小さな呟きを空に溶かすのだった。




