人に焦がれる魔王の夢は、偏に壊れて儚く散る
今回から三回ほど三人称となります。ご注意下さい。
僅かに時を遡り、エドが聖光教団を訪ねた日の朝。ユートとマオは、その日も二人だけで依頼を受け、町の外へとやってきていた。
「今日の依頼もいつもの薬草採取か。退屈じゃのぅ」
「仕方ないよ。僕達みたいな子供に重要な仕事なんて任せてもらえないさ」
成人前の見習い冒険者が受けられる依頼は、緊急性がなく危険性が低く、そして何より「未達成でも困らない」というものばかりだ。だがこれは「たとえ失敗しても責任を取る必要がない」という意味で子供達を守っているという側面もあり、ならばこそ文句を言う者は少ない。
「それに、前みたいにレプルボアでも仕留めて持って帰れば、きっと買い取ってもらえるよ」
「まあ、そうじゃの。ならそういう出会いに期待しようかのぅ」
だが、別に戦闘を禁止されているわけではない。自力で倒して獲物を持ち込めば正当な価格で買い取ってくれるので、腕と要領の両方がいい子供は、むしろそっちの稼ぎの方が多い。少し前までのユートは普通の見習いだったが、エド達と出会ったことで、最近はそっち側に入れている。
「それじゃ、今日も一日頑張ろう!」
「おー! なのじゃ!」
互いの手をパチンと叩いて合わせ、ユートとマオは慣れた足取りで森の中へと入っていく。そうして薬草の生えている定位置を巡りながら獲物はいないかと周囲に気を配っていると、不意に森の奥の方から、ガサガサという大きな音が聞こえてきた。
「むぅ、何じゃ?」
「何かがこっちに来てる……?」
何処か気の抜けた声を出すマオとは裏腹に、ユートは真剣な表情で音のした方向を見る。聞こえてくる音は大きく無造作で、ユートの実力では正確な数はわからないが、それでもかなりの数だと思えた。
(ゴブリン? いや、これは……)
「マオちゃん、逃げよう」
「へ? 何故じゃ?」
「音が凄く大きくて、数が多い。つまり森で隠れる必要がないくらいの集団がこっちに来てるってことだよ。そんなの僕達だけじゃどうしようもない」
「……まあ、そうじゃの」
真剣な表情で言うユートに、マオはとりあえず同意する。無論魔王であるマオが本気をだせば、こんな森にいる魔獣など一〇〇でも一〇〇〇でも一方的に蹂躙できる。が、魔王として戦う姿をユートに見せたくはないし、そのためにこそルナリーティアに付き合ってもらってほどよい手加減ができるようになったのだ。
ならばこんなところで馬脚を現す意味はない。二人は静かにその場を去ろうとし……だがあくまでもこっそり逃げようとする二人に対し、存在を隠さない集団の方が当然ながら動きが速かった。
「む? 子供?」
「え? 冒険者……じゃない、騎士様?」
草むらから姿を現したのは、ユートからすれば父親ほどの年齢と思われるひげ面の男であった。森歩きには不向きと思われる磨き上げられた金属鎧を身につけたその姿は、どうみても同業者のものには思えない。しかもその後から同じ装備をした者が何人も続いて出てくれば尚更だ。
「騎士様達が、何でこんなところに!? 森の奥で何かあったんですか?」
「ああ、いや、違う。確かに我らは騎士ではあるが、この国の騎士ではない。我々は聖光教団の騎士だ」
「聖光教団? って、確か魔王が世界を滅ぼすって言ってる、あの……? あっ!?」
「ははは、そんな顔をしないでくれ。我らの教義がなかなか受け入れられないのは、我ら自身が一番わかっていることだからな」
胡散臭さを顔に出してしまったユートに、騎士の男が苦笑いを浮かべる。そんなユートの側では魔王という言葉にマオがピクリとその体を震わせたが、男は特に気にする様子もなく、そのまま会話を続けていく。
「ところで少年。武装してこんな森の奥にいるということは、君は冒険者見習いか?」
「あ、はい。今日は薬草採取の依頼を受けてきました」
「そうか……そちらの娘、お前もか?」
「…………そうじゃ」
「マオちゃん? どうしたの?」
いつも勝ち気なマオがそっとユートの影に隠れるように動いたことに、ユートが不思議そうに首を傾げる。するとマオは一つ大きく深呼吸してから、堂々とユートの隣に並んだ。
「何でもないのじゃ。ただちょっと、そのひげ面から如何わしい気配を感じたのじゃ」
「如何わしいって……すみません、僕の連れが失礼なことを」
「ふむ、お嬢さんには嫌われてしまったか。ま、その方が好都合とも言えるが」
「え?」
「捕縛しろ」
「なっ!? ぐあっ!?」
人の良さそうな男の顔が引き締まり、同時に側にいた何人もの騎士達がユート達に襲いかかる。そもそも一対一ですらどうやっても勝てない相手に襲いかかられ、ユートはあっという間に大地に倒された。
「ユート!? お主達、何をする!?」
「見てわからんか? 保護だ。人質に取られては厄介だったのでな」
「な――」
「全員、見た目に惑わされず気を引き締めろ! 相手は彼の魔王だぞ!」
「「「ハッ!」」」
目にも眩しい白い鎧に身を包んだ一〇人以上の騎士が、マオの周囲を取り囲んだ。だがその状況にあって……いや、その状況だからこそ、マオの中に冷酷で冷静な魔王としての思考が戻ってくる。
「……何故、とは問うまい。だがユートを傷つけ、巻き込むというのなら是非もなし。妾の力にて地べたに這いつくばらせてくれる!」
マオの体の表面を、黒い炎が薄く覆っていく。子供の魔法に見せかけていた時とは桁の違う魔王の力がその身に満ちていき、目の前の敵を蹂躙しようとしたまさにその時。
「マ、オ……ちゃん…………」
「ユート!?」
地面に押さえつけられ、てっきり気絶しているとばかり思っていたユートの声。それを耳にした瞬間、マオに満ちていた力が一瞬にして霧散してしまった。
――ユートにだけは、見られたくない。ユートにだけは、知られたくない。ただマオとして、まだその隣に在りたい……小さな願いはマオの手からほとばしる炎を乾いた藁を燃やすのが精一杯なほどの弱火とし、思わずユートを見つめてしまった視線は騎士達にとってこれ以上ない隙となる。
「今だ! かかれ!」
「しまっ!?」
ガツンと頭部に強烈な刺激を受けて、マオの体が地面に倒れ伏す。奇しくもユートと同じ視線の高さになり、マオの手がユートの方へと伸ばされる。
「ユー、ト…………ぐっ!?」
「少年に手は出させぬぞ! 邪悪なる魔王め!」
だがその手は、鎧と同じ白いグリーブを履いた騎士の足に踏みつけられる。走る激痛に目がチカチカし、それでも小さな手が潰れることもなく原型を留めているのは、その身が人ではないが故。
「早く! 封印の魔導具を持ってこい! それと司教様に報告だ! 遂に我らが神託の魔王を発見せしめたと!」
「ハッ! 直ちに!」
男の指示に、その場にいた他の騎士達が慌ただしく動き始める。そんな窮地にあって尚、マオの頭にはユートのことばかりが浮かんでくる。
(妾が狙いであれば、ユートが無体を働かれることはないか? だがこうなれば、戯れの時もしまいであろうか……ああ、ユート。もう少し、もう少しだけでいいから、お主と共に冒険をしてみたかったのぅ…………)
いつの間にかやってきた白いローブの男が光る玉を掲げると、マオの体から力が抜け、まるで眠くて仕方がない時のように意識を保てなくなってしまう。そうして気絶したマオの体を、騎士の男達が慎重に運んでいく。
「マオ、ちゃん…………」
そしてそれに合わせるように、ただ見ていることしかできなかったユートの意識もまた、静かに闇へと沈んでいくのだった。




