「それは無い」と突っ込む話が、事実なこともたまにはある
皆様の応援のおかげで、第2巻が発売できることになりました! 夏頃予定となっておりますので、楽しみにお待ちいただければと思います。
「こんにちはー!」
町の人に聞いたらすぐにわかった聖光教会の支部。その扉を叩いて声をかけるのは、ごく普通の服装でありながら出っ張った胸と尻が嫌でも目を引く、何処か淫靡な雰囲気を漂わせた女性……つまり俺である。今回もまた、「接触禁止の厚化粧」からの派生スキルである「可能性の残滓」を使って女になっているのだ。
女になった理由は、言わずもがな。宗教団体に探りを入れるなんて行為、正体を隠せるなら隠さない方が馬鹿だしな。
「はい。聖光教会に何かご用ですか?」
しばしの後に扉を開けて顔を出したのは、ギルドで演説していた奴と同じローブを羽織っていながらも、違う人物だった。まあさっきの今なので、あいつは何処か別の場所でまだ演説してるんだろう。
「えっと、実は聖光教会の教えというか、そういうものに興味があって……とりあえずお話を聞くだけとかは大丈夫でしょうか?」
「勿論です。さあ、どうぞ」
出迎えてくれたのは、宗教家というよりは戦士のような体つきをした三〇代前半くらいと思われる男性。若い男だというのに俺の姿を一瞥するだけで下心をおくびにも出さず招き入れてくれる辺り、自制心は随分と高そうだ。
そうして勧められるままに席に着くと、すぐに男がお茶を入れてくれた。基本石造りで衛兵の詰め所のような造形をした建物の内部はひんやりとしていたため、湯気の立つお茶は何気に嬉しい。
「ありがとうございます。いただきます」
「どうぞ。それで、聖光教会の教えに興味があるとのことでしたが……」
「あ、はい。その……これは決してこちらの教義を侮辱しているというわけではないのですが、魔王がいて世界を滅ぼすというのは、一体どういうことなのかな、と。己の無知を晒すようで恥ずかしいのですが、そういう話を聖光教会の方以外から聞いたことがないもので」
「ああ、それですか。嘆かわしいことですが、確かに世間は滅びの危機に際してあまりに無頓着過ぎる。知らねば備えることすらできぬというのに……」
言って、男が顔をしかめながら首を横に振る。その様子からすると、少なくともこの男のなかでは魔王の存在や世界の滅亡は揺るぎのない事実として捉えられているようだ。ならばこそ、俺もまた慎重に言葉を選んで話を続ける。
「そうですね、知らないことには備えることはできませんよね。でも、でしたら何故私を含めて、ほとんどの人はそれを知らないのでしょう? というか、それを知っていらっしゃる聖光教会の方々は、どうして真実を知り得たのですか? 何か明確な証拠などがあるのでしょうか?」
「ふむ。その話は我が教会の成り立ちから説明しなければなりませんので、少し長くなりますが……構いませんか?」
「はい。私は本当のことが知りたくてここを尋ねてきたのですから」
殊勝な発言をする俺に、男が満足げに深く頷く。戸棚からお茶菓子を出してくれたので、俺に対する警戒度が一段下がったようだ。
「では、改めて……事の起こりは、今からおおよそ一〇〇年ほど前です。当時バルモア教の司祭であったとある男に、ある日神の光が降り立ちました。その光より神託を得たことで、その男は聖光教団の教祖となったのです」
「神の光……ですか?」
「ははは、わかります。この話をすると、大抵の方は『そんな馬鹿な』と思われることでしょう。実際聖光教団の教えを広めるにあたっても、ここを信じていただくことが一番難しい。
ですが、これは揺るぎのない事実なのです。受け入れやすい嘘を用いて信者を増やすよりも、これを信じて納得してくれる真の信者を増やすことこそが、世界を救う確かな道となると我らは確信しているのです」
「はぁ……」
落ち着いた口調でまっすぐに言う男に、俺は軽く気の抜けた返事をしておく。が、これは演技だ。その「神の光」の心当たりがありすぎて、まず間違いなく本当にそうだったのだろうと確信してるからな。
が、ここで激しく同意したりするのは、却って怪しい。ならばこそ若干の不信感を醸しだしつつ、俺は男の次の言葉を待つ。
「教祖様が受けた神託は、簡単に説明してしまうと『この世界には魔王がいて、その魔王がいずれ世界を滅ぼすことになる。故に魔王に対抗できる勇者を探し出し、魔王を倒して世界を救うべし』というものです。
故に教祖様は、来るべき聖戦の際に勇者様をお助けできるような戦力を集めようとなさいました。ですがそれは何も知らない者達からすれば、無為に武力を求める行為に映ったようで、バルモア教のみならず様々な国からも目を付けられるようになり……やむなく聖光教団という別の組織を作り上げたのです」
「えっと……それはつまり、魔王や勇者の存在には、明確な証拠はないということなのでしょうか?」
「目に見えるような形では、ありませんね。というか、そんなものがあるのであれば、そもそも教祖様が聖光教団を作らずとも、魔王に対抗する手段が世界中に芽生えているはずですからね」
「なら、その……何故皆さんは、証拠もなしにそのお話を信じられるのでしょうか?」
状況や聞き方によっては、相手を激高させるような質問。だがきちんと手順を踏んでいるので、男は声を荒げたりすることなく、むしろ少し得意げに微笑んで話を続けてくれる。
「勘違いしてはいけません。私は『見える形ではない』と言ったのです。教団本部には『神託の間』という場所があり、選ばれし者には初代教祖様と同じく神からの神託が与えられるのです。その身を以て奇跡を体験し、神のお言葉を語りかけられれば、疑う余地などありはしません。
もっとも、全ての人が神託を得られるわけではありませんが……仮に得られなかったとしても『世界を救いたい』という想いがあれば何の問題もありませんし、国に見放された小さな村などを救うために教団に協力してくださっている方もおります。そちらは目に見える成果ですからな」
「なるほど、神託の間ですか……」
これはいよいよ以て「神の欠片」の存在がありそうだな。そうか、初代教祖のなかに宿ったんじゃなく、あくまでも力の状態で物だか部屋だかに宿り、そこから人間に指示を出してる感じなのか? 気にはなるが、やってることはごく普通に人助けとかだから、潰しちまうのも違うし……こりゃどうしたもんか。
「どうでしょう? 疑問は解消されましたか?」
「あ、はい。よくわかりました」
「それはよかった! では、どうです? 貴方も我らと共に世界を救う一助となりませんか?」
「えーっと、それは……その、ご覧の通り、私は女性ですので、あまり戦いの役には立たないというか……」
まっすぐに勧誘してくる男に、俺は曖昧な笑みを返す。洗礼の間とやらには興味があるが、それがあるのは本部……つまりこの町じゃないので、ユートと一緒でなければ行くことができない。
無論ここまで判明すれば、後ほど「遠征の練習」とでも称してユートを連れて行ってみようかとは思っているが、それに同行するのは本来の俺であって、この姿の俺じゃない。「戦えずとも役に立てることは幾らでもある」と熱心に勧誘してくれる男には悪いが、ここは何とか誤魔化して――
「教団騎士トーマス、ただいま帰還致しました!」
と、そこで突然扉が開き、俺と同い年くらいの男が室内に入ってきた。右手をまっすぐに挙げてから左胸に重ねるように腕を下ろす……おそらく教団特有の挨拶だろう……をするトーマスに、説明をしてくれていた男が俺から顔を逸らして返礼をする。
「よくぞ戻った、騎士トーマス。祝福してやりたいところだが、今は来客中だ。まずは部屋に戻って疲れを癒やしなさい」
「ハッ! ありがとうございます騎士長様。ですが、スネイル司教様より重要な伝令を預かっております」
「伝令……? わかった。申し訳ありません、少しだけ席を外させていただきます」
「いえ、お構いなく」
トーマスの言葉に僅かに顔をしかめ、騎士長と言われた男がトーマスと一緒に隣の部屋に移動していく。ふむ、戦闘系と内務系で騎士と司教に別れてるのか? まあそれはいいとして……フフフ、俺に隠し事はできねーぞ?
『それで、伝令とは何だ?』
俺の起動した追放スキル「壁越しの理解者」により、扉の向こうの会話がはっきりと聞こえる。これは決して盗み聞きではなく、たまたまスゲー耳がよくなったことで聞こえてしまっているだけなので、何の犯罪性もない。さてさて、一体どんな秘密が――
『ハッ! 今からおおよそ三時間ほど前になるのですが……白の第一隊を率いていらっしゃったスネイル司教様が、魔王と勇者の確保に成功したとのことです!』




