自由に限りがあるのなら、子供の自主性を尊重したい
「二人だけで依頼を受けたい?」
俺達がパーティを組んでから、おおよそ三ヶ月。仕事終わりで町に戻る道すがら、ユートがそんなことを話しかけてきた。
「はい。こうしてエドさん達の依頼に同行するのは凄く勉強になりますけど、それでもそろそろ自分達だけで仕事をしないと、何となく甘え癖がついてしまいそうな気がして……どうでしょうか?」
「そうだな……ユートの方はいいと思うけど。なあティア、マオの方はどうなんだ?」
「平気だと思うわよ。最近は随分上手に使えるようになったと思うし」
「フフフ、そうじゃぞ兄様! 見ておれ……『まじっくあろー』!」
ドヤ顔をしたマオが右手を突き出しながらそう叫ぶと、その手から黒い棒状の何かが飛び出し、少し先の地面に突き刺さる。何ともショボい威力だが、そのショボさにこそ俺は驚き、心からの賞賛を送る。
「おお、スゲーじゃねーかマオ!」
「マオちゃん、すっごく頑張ってたもんね。純粋な魔力を飛ばすのは難しいって話だったけど、本当に凄いや」
「ふはははは! それほどでもあるのじゃ!」
『実際にはあれ魔法じゃないから、属性はどうやっても乗せられなかったのよ』
『おぉぅ、そうなのか』
はしゃぐユートとマオをそのままに、こっそり『二人だけの秘密』でティアが告げてきた内容に、俺は思わず苦笑いを浮かべる。
やはりというか何というか、元が俺だけにマオにも魔法の才能はなかったらしい。が、自分でもよくわからない魔王パワー的な何かで周囲を吹き飛ばしたりはできたようで、それをティアと二人でどうにかして魔法っぽく見えるように努力した結果がこれである。
なるほど確かに、これなら子供が使っていても不自然ではない威力と見た目であり……世界を敵に回せる魔王の力をここまで絞り込めたのは、偏にマオのなかにある「好きな相手と一緒にいたい」という想いの賜だろう。
「よく頑張ったなマオ。これなら文句なしだ」
「うへへへへ。もっとじゃ! もっと褒めてよいのじゃぞ兄様?」
俺が頭をグリグリと撫でると、マオが嬉しそうな笑みを浮かべる。そんな俺達の姿を見ながら、ティアはユートの方に声をかけた。
「それで、どんな依頼を受けるつもりなの?」
「あ、はい。最初は普通に薬草採取の依頼を受けて、慣れてきたら討伐系の依頼も受けられたらなぁと思ってます」
「討伐か……まあお前達なら平気だろ。変な勘違いもしてないだろうしな」
基本的には、成人前の冒険者見習いは討伐依頼を受けられない。が、何事にも例外というものはあり、それをこなすだけの実力があると見なされれば受けることもできる。
で、今のユートの実力は、将来有望な期待の新人冒険者ってところだ。出会った時に襲われていた熊の魔獣……ブラウンベアは流石に無理だが、ホーンラビットやグレイウルフ、それにゴブリン程度ならば十分に戦える。
それに何より、ユートは俺達と同行することで既に何度も実戦を経験している。たとえ守られている状況であったとしても、話に聞くだけなのと自分で剣を振るって敵と戦ったことがあるのとでは、その差はとてつもなく大きい。
「変な勘違い……ゴブリンは弱いってやつですか?」
「そうそう。世間じゃ『子供だって倒せる』なんて言われてるし、それだってまあ嘘ってわけじゃねーんだが……躊躇いなくこっちを殺しに来る敵との戦いってのは、そんなに甘いもんじゃねーからな」
普通のゴブリンの体格は、人間の子供と変わらない……つまり今のユートと同じか、それより少し小さいくらいだ。基礎的な身体能力はやや高いが、代わりに知能は低く、そのせいでゴブリンは「弱い」と言われている。
が、それはゴブリンが人に近い姿形をしているせいで、無意識に人と同じ基準で判断しているからだ。
確かにゴブリンは人間より頭が悪い。だが同時に、大半の野生の動物や魔獣より遙かに頭がいいということでもある。単純な罠は決死で足止めを試みる人員を追加されたのと同じであり、粗末な武器は下手な魔法よりよほど自在に加害範囲を拡張してくれる。
それらは安物の革鎧ですら防げる威力でしかないが、武装していない部分に当たれば普通に怪我を負い、意図せず糞便などを巻き込んでいれば重篤な病の原因となったり、そもそも無防備な首にでも当たれば即死だってあり得る。
「忘れるな。命を奪うのに山を吹き飛ばす力も竜を殺せる毒も必要ない。適当に割った石が首に刺さるだけだってあっさり死ぬし、殺せるんだ。だからゴブリンは子供にだって倒せるし……ゴブリンが人間を殺すことだってできる。自分より弱いからって油断すんなよ?」
「はい、気をつけます」
「まったく、兄様は心配性じゃのぉ。妾がいれば何の問題もなかろうに」
真剣に頷くユートに対し、マオはつまらなそうにそう漏らす。確かにマオに戦闘力の不安はないが、それとは別の不安は山盛りだ。
「マオ、お前は違う意味で気をつけろ。俺やティアがいないってことは、依頼主と問題が起きたりしても誰も助けてくれねーってことなんだぞ? むしろそっちの方がよっぽど致命的だからな?」
「うぐっ!? わ、わかっておるのじゃ……」
マオが人と暮らし始めて、まだたったの三ヶ月。見た目が子供なので大抵の失敗は気にされることなく許してもらえるが、事情を知っている俺とティアがいなくなれば、時にはユートだけではカバーできないとんでもない失敗をしてくることだってあるかも知れない。
そっちの方がよっぽど心配だが……そんな俺の肩に手を置き、ティアが微笑みながら言う。
「まーまー、エド。『野に放たねば駆け出さぬ』って言うでしょ? 二人ともせっかくやる気を出したんだから、私達だってしっかり見送ってあげなきゃ。ね?」
「……そうだな。生きてさえいりゃ、大抵の失敗は何とかしてやる。だから安心して冒険してこい。ただし野営が必要になるような依頼はまだ駄目だぞ? あと町から遠く離れるような依頼も駄目だ」
「はい! アルマさんにもそう言われてますから!」
「あー、そう言えば俺達がユートをパーティに入れる条件も、そんな感じだったか。あの人も何だかんだ、ユートには肩入れしてるよなぁ」
人に心がある以上、気に入った相手、気になる相手を無意識に優遇してしまうのはやむを得ないところがある。まあ見習いを心配するくらいなら文句を言う奴などいないが。
ともあれ、そんなこんなで次の日から、ユートとマオは二人だけで依頼を受ける日が出始めた。となると、俺とティアは当然ながら手持ち無沙汰となる。受けられる依頼そのものは幾らでもあるのだが、未だに「どのくらいまで離れてもパーティとして認識されるのか」の限界値はわかっていないので、あまり町中からは移動したくないのだ。
「うーん……なあティア、何かいい依頼あったか?」
なので俺達は、その日も朝から掲示板を眺めてウンウンと唸っていた。だが唸るということは、いい感じの依頼がないということでもある。
「そうねぇ……あ、これは……ユート君達の行った場所と反対側だから、駄目ね」
「そうだな。反対は……微妙だな」
今までの経験から、俺達がこの町に滞在している状態でユート達が日帰りできる距離までの移動なら、ほぼ確信を持って大丈夫だと断言できる。が、そこから俺達まで町を出て反対方向に移動するとなると……正直ちょっと自信がない。わかりやすく境界線でも見えてくれりゃいいんだが、残念ながらそんな便利機能は「旅の足跡」にも備わっていないしな。
また金はあるので仕事をしなくても困りはしないのだが、ユート達が頑張って仕事をしているときに俺達だけが宿で寝てたり酒を飲んで過ごしてたりするのは、色々な意味で具合が悪い。具体的には宿の女将さんとかアルマさんの目が露骨に冷たくなるのが辛い。
「かといって、今更お使いとかドブ浚いの仕事を受けるのもなぁ……ん?」
眉をしかめて掲示板を睨み続ける俺の背後で、にわかにざわめきが広がっていく。何かあったのかと振り返れば、白地に金糸の刺された立派なローブを纏う四〇代くらいの男が、ギルドの入り口に立っている。
「……? 何だありゃ?」
「何だよ兄ちゃん、知らねーのか? あれは――」
「世界は! 危機に瀕しているっ!」
近くにいた冒険者の男が何かを教えてくれる前に、ローブの男の大声がギルド内部にこれでもかと響き渡った。




