うまい話の裏側が、悪いこととは限らない
こうして俺達とパーティを組んだことで、ユートの生活は大きく変わった。これまでは単独で雑用のような依頼しか受けられなかったのに対し、俺達の受けた難易度の高い依頼に同行することができるようになったことで、まず行動範囲が劇的に広がった。
それに加えて、道行く先で俺やティアから未開の地の歩き方や様々な動植物、あるいは魔獣の知識を教えられたり、空いた時間に剣や魔法の手ほどきまで受けられるのだから、その成長っぷりは著しい。
が、かといって初心を忘れたわけでもなければ、ユート自身が急に大人になったりするわけでもない。パーティを組んで一ヶ月と少し、その日俺達が受けたのは、ユートとマオ向けの依頼……放牧した羊の面倒を見ることであった。
「こんにちはー! 依頼を受けてきた冒険者なんですけどー!」
「おお、来たか。待っとったよ……んん?」
指定の場所に辿り着き、厩舎に向かって呼びかけたユートの声に誘われて出てきた老人が、側にいる俺達の姿を見て怪訝そうな表情を浮かべる。
「はて? ワシが頼んだのは見習いの子二人だけのはずじゃが……?」
「ああ、俺達は付いてきただけで、仕事はしませんし報酬ももらいません。安心してください」
「そうかい。ならいいんだよ」
笑いながら言う俺に、依頼主の老人も納得の笑みを浮かべて頷く。その後はユートとマオに向けて依頼内容を説明し始め……取り残された俺に、そっとティアが話しかけてくる。
「フフッ、仕事をしないって言って安心されるなんて、不思議な気分ね?」
「ま、これはそういうもんだからな」
今回の依頼は「羊の世話」ではあるが、実のところあの老人は手伝いを必要としていないことを、俺とティアはアルマから聞いている。ならば何故仕事の依頼があったかと言うと、頑張っている子供達を応援するという目的があるからだ。
これは地域貢献の一環で、この手の特殊依頼はたまにある。一二歳という未成年の子供が見習いとはいえ冒険者になれ、曲がりなりにも生活していけるのは、こうして周囲の大人達がさりげなく気を使ってくれているからなのだ。
だからこそ、そんな割のよすぎる依頼にいい大人の俺達が割り込んだら顰蹙を買うどころではない。なので俺が「わかってますよ」と断りを入れ、老人もそれに頷いたわけである。
「それじゃ、よろしく頼むよ」
「任せてください!」
「うむ! 任せるのじゃ!」
と、そんなことを考えている間にも、ユート達に対する説明は終わったらしい。老人の手により木製の柵が開け放たれ、中から二〇匹ほどの羊がワラワラとこっちにやってくる。
「ほーら、こっちだよー!」
「こら、そっちじゃないのじゃ! ほれほれ!」
そんな羊たちを前に、ユートが手持ちのベルをガラガラと鳴らして誘導していく。無論慣れないユートが全ての羊を統率するのは無理なので、列からはみ出た羊を戻すのはマオの役目だ。
「メェー!」
「むぅ、どうしたのじゃお主? ほれ、列に戻らんか!」
「メェー!」
「いや、違うぞ!? 遊んでいるわけではないのじゃ! 何で押し返してくるんじゃ!?」
「「「メェー!」」」
「って、増えておる!? ぬぉぉ、ゆ、ユートぉ!」
「マオちゃん!?」
マオの焦った声にユートが慌ててこっちに戻ってくると、三匹の羊がマオの体にピッタリと密着してしまっている。
「た、助けてたもれ! モフモフが! モフモフが押し寄せてくるのじゃあ!」
「えぇ? ど、どうしよう……ほら、こっちだよ!」
ユートがガラガラとベルを鳴らすも、羊たちは動かない。それどころかベルの音に導かれて、せっかく草地の方に移動していた羊たちがユート目がけて後戻りし始めてしまう。
「うわ、こっちに来ちゃった!? えーっと、えーっと……」
「ぬおっ!? お主、何を囓っておるのじゃ!? 駄目じゃ! スカートをハモハモしてはいかんのじゃ! 脱げる!? 破ける!? うわぁぁぁん、ユートぉ!」
「こらー! マオちゃんに悪戯したら駄目だよー!」
「ねえエド、あれは助けなくていいの?」
「いいだろ? 何事も経験さ」
守るべき羊を傷つけるわけにもいかず、必死にベルを鳴らしたり引っ張ったり押しのけたりと右往左往する二人の姿を、俺とティアは微笑ましく見つめている。危険な場面なら約束を無視して手を出すことも厭わないが、羊に遊ばれる程度で危険と言い張るほど過保護じゃない。
それに失敗も経験であると思えば、本当にギリギリまで何も言わないというのも一つの手ではあるのだが……ま、今回はいいか。
「おーい、ユート! それ以上マオに構ってると、羊の群れが散り過ぎちまうぞ?」
「えっ!? あっ!?」
前に進むでもなくベルを鳴らし続けているせいで、進む道を見失った羊たちが流れから離れて適当に歩き始めている。手は貸せなくても口を出した俺の言葉に、ユートが慌てて列の先頭へと戻っていく。
「ごめんマオちゃん! そっちは自分で何とかして!」
「そんな!? うぅ、兄様! 何とかしてたもれ!」
ユートの姿が消えた瞬間、マオがあっさりと俺に頼ってくる。その清々しいほどの諦めの早さには、流石の俺も苦笑しかでない。
「おいおい、それは流石に早すぎねーか? てかマオならどうとでもなるだろ?」
「そうは言っても、加減が難しいのじゃ。これが魔獣であるなら簡単なんじゃが……」
「あー、そっちか」
見た目も言動も完全に子供なので忘れがちだが、マオの中身は俺の力の欠片にして、この世界の魔王だ。ほぼ世界最強の存在だけに、「傷つけずに他者を排除する」というのが逆に難しいんだろう。
「でも、それなら尚更駄目だ。いい機会だから興奮してても手加減できるように練習しとけ。ユートに怪我でもさせたら、そっちの方が大変だぞ?」
「それはそうじゃが……ぐぬぅ、兄様は意地悪なのじゃ!」
突き放す俺に、マオがイーッと顔をしかめてから必死に羊を宥めていく。そんな諸々の騒ぎも込みで目的地である草原に辿り着いたのは、もう昼近い頃であった。
「やっと着いた……」
「うぅ、スカートがべしょべしょなのじゃ……」
「よく頑張ったな、偉いぞ」
「二人ともお疲れ様。ほら、お昼にしましょ」
「「わーい!」」
流石は子供と言うべきか……いや、魔王と勇者を普通の子供と一緒にするのはどうなのかと思わなくもないが……疲れた顔を見せていた二人がすぐに元気を取り戻し、ティアが開いたバスケットから次々とサンドイッチを取りだして食べていく。肉と野菜のたっぷり挟まったそれは、宿の厨房を借りてティアが作った特別製だ。
「どう、美味しい?」
「うむうむ、労働の後の食事は格別なのじゃ!」
「ホント、凄く美味しいです! あ、マオちゃん、口のところに……」
「ひゃわっ!? ゆ、ユート!?」
「はい、とれたよ」
「はわわわわ、ユートが妾の、くち、唇に……なら妾もお返しに…………」
口元についた食べかすをとってもらったマオが、顔を真っ赤にしながらユートを見つめる。が、割とがさつなマオと違って、ユートの口元に食べかすなどついておらず、マオがぶすっとした表情になる。
「むぅ。ユートよ、そこは空気を読んで口元に食べかすをつけておくべきではないか?」
「えぇ? そんなこと言われても……」
「ええい、今からでも遅くないから、もっとこう……パンにかぶりついて口元を汚すのじゃ! そうすれば妾がこの指で……はっ!? それともあれか? ここはちゅ、ちゅーで……駄目じゃ駄目じゃ! そんな恥ずかしい……はぅぅ」
「えっと……あの、エドさん。これはどうしたら?」
「馬鹿な妹は放っておいていいから、普通に食え」
「むきーっ! 誰が馬鹿じゃ!」
「マオちゃんって、大胆なのか恥ずかしがりなのか、時々よくわからなくなるわよね」
「そんな、ティア殿まで!? うわーん、ユートぉ! 可哀想な妾を慰めておくれぇ!」
「ちょっとマオちゃん!? そんな、抱きつかないで!」
「ホントお前、転んでもただでは起きない奴だな……」
ちゃっかりユートに抱きつくマオと、困ってはいても振りほどかないユート。二人とも顔を赤くしているのがちょっと面白くて、俺はティアと一緒に笑ってしまう。
快晴の空の下、暢気な羊の鳴き声と賑やかな子供達のはしゃぎ声は、何処までも平和に辺りの風をくすぐっていった。




