縁を結ぼうと思うなら、それ以外の縁を蔑ろにしてはならない
そうして食事を終えた俺達は……俺がしょんぼりしていたら、ちゃんとティアが自分の焼いた熊肉の串を分けてくれた……俺達は、追加でもう二匹ほどブラウンベアを仕留めると、仕事を終えて森を後にした。
木々を抜けた先は見晴らしのいい草地であり、まだ十分に高い日の恩恵を一身に浴びながら、道なき道をのんびりと歩いていく。
「あの、エドさん? 本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、平気平気。それにユートだって手伝ってくれてるしな」
「あはは……一応、ですけど」
俺は今、背中に依頼の指定品を詰め込んだ背嚢と、ブラウンベアのでかい毛皮を丸々一匹分担いでいる。状態のいい毛皮は利用価値も高いし売れば金にもなるのだが、流石にこんなかさばる物は一つで限界だ。
そしてユートの背にも、小さな毛皮……というか、毛皮の切れ端が背負われている。こっちはユートが自分で剥ぎ取ったやつであり、運びやすいように小さく切ってあるので買取品としての価値は著しく低いが、素材として店に持ち込んで鞄とかの小物に加工してもらうには何の問題もない。
「のうユート、重いか? 重いのか? 何なら妾が代わってもよいのじゃぞ?」
「だ、大丈夫だよ! このくらい、全然へっちゃらだって!」
「そうか? フフフ、ユートは頼もしいのぉ! でもせっかくじゃし、妾も手伝うのじゃ!」
強がるユートの背後に回り、マオがユートの背負う毛皮に手を添えて支える。時折よろけながらも歩調を合わせて歩く二人の姿は、何とも微笑ましい。
と、そこでふと俺の背にかかる重さが軽くなった。振り向いてみてみれば、そこにはニッコリ笑うティアの姿がある。
「エドは私が手伝ってあげるわね」
「はは、ありがとよ」
「おお、兄様とティア殿もお揃いじゃな。では、みんな揃って凱旋なのじゃ!」
「おー!」
気楽な雑談を交わし合い、笑い合いじゃれ合いながら、俺達は特に何の問題もなく町へと帰り着く。そうして最初に向かう先は、当然冒険者ギルドだ。建物の中に入ってきたユートを見て、若い受付嬢がパッと表情を輝かせる。
「ユート君! おかえりなさい。お仕事お疲れ様」
「ただいまですアルマさん! はい、これ」
ユートが差し出した薬草の束を手に、受付嬢がしっかりとその状態を精査してからニッコリと笑う。
「はい、確かに。じゃ、これが報酬ね」
「ありがとうございます、アルマさん」
「それにしても、ユート君が無事でよかったわ。少し前に森の浅いところにちょっと強い魔獣が出るようになったって報告が来てたから、心配してたのよ」
「あ、それは…………えっと、僕も襲われました」
「ええっ!?」
「あ、でも、大丈夫ですよ! エドさんが……この人達が助けてくれたんです!」
言って、ユートが少し横に体をずらす。なので俺は一歩前に出ると、アルマと呼ばれた赤髪の受付嬢がしげしげと俺の顔を見てくる。
「よう、お嬢さん。今朝ぶりだな」
「貴方は……どうやらお仕事の方は上手くいったみたいですね」
「まあな。ってことで、こいつを頼む」
そう言って、俺はとりあえず毛皮をでんとカウンターに置き、次いで背嚢から透明な容器を五つ取り出す。薄緑色の液体に満たされた容器の中に浮いているのが、今回の依頼の品であるブラウンベアの肝臓だ。
「……確かに。それで、こちらの毛皮はどうされますか? 状態もいいですし、これならいい値段で買い取りできると思いますけど」
「ならとりあえず査定を頼む。売るかどうかは金額次第だな」
「畏まりました……冒険者証を紛失するような方は大抵仕事も大雑把なんですけど、貴方はその辺きちんとしてるみたいですね。ちょっと安心しました。
それで、ユート君を助けたというのは?」
「いつも薬草が生えているところが獣に荒らされちゃってて、仕方なく少し森の奥に入ったところで、ブラウンベアに襲われたんです。で、そこにエドさん達が通りかかってくれて……」
「これ幸いとぶっ飛ばしたって、まあそれだけの話さ」
「なるほど……ユート君を助けていただき、ありがとうございました」
俺の言葉に、アルマが深く頭を下げる。だがその態度はどうも行き過ぎな気がして、俺は微妙に首を傾げてしまう。
「なあ、あんた……アルマさん、か? 何でそんなにユートに肩入れするんだ? こう言っちゃ何だが、ただの見習いだろ?」
確かに成人前の見習い冒険者は保護すべき存在だが、ギルドの職員が肩入れするほどかと言われると違う。そんな俺の当たり前の疑問に、アルマは苦笑を浮かべて言う。
「えっとですね、実は私、子供の頃にユート君のお父さんに助けてもらったことがあって……多分向こうは覚えてないと思うんですけど」
「えっ、そうなんですか!?」
アルマの発言に、ユート自身が一番の驚きの声をあげる。するとアルマは優しい笑みを浮かべてユートの方に顔を向けた。
「そうなのよ。私が母と一緒に乗っていた馬車が野盗に襲われてね。その時ガジットさん……ユート君のお父さんが、野盗をやっつけてくれたの。それがすっごく格好良くて……だから私がこの仕事をしてるのは、実はユート君のお父さんがきっかけだったりするの」
「へー! お父さん、そうだったんだ……あ、じゃあ登録の時にお父さんの名前を聞かれたのって?」
「ええ、そう。よく似た顔だったから、ちょっと確かめてみたの。そしたらガジットさんの息子さんだって言うから……」
「ほほぅ。縁というのは異なものじゃのぅ。にしても、ユートは父君からして格好良かったのか! ならユート本人も格好良くて当然じゃったか!」
「ちょっ、突然どうしたのマオちゃん!? そんな、恥ずかしいよ……」
「ひょわっ!? な、何でもないのじゃ!」
「あら、マオちゃんったら、そこで照れなくてもいいのに」
顔を赤くして自分の後ろに回り込んだマオに、ティアが笑いながら言う。マオの奴は、大胆なのかへたれなのかよくわからんな……っと、そうだ。
「おいユート。さっきの話」
「あ、そうだった! あの、アルマさん! 実は僕、少しの間エドさんたちのパーティに入れてもらうかと思うんですけど、どうでしょう?」
「エドさん達の? えっと……?」
「依頼の帰り道で、俺の方から誘ったんだ。魔獣の動きが活発になってるのがちょっと気になったのと、あとユートには割と剣の才能がありそうだったから、なら冒険者の基礎を仕込みつつ、半年か一年くらいかけてゆっくり指導するのもいいかなって。
で、本人も乗り気ではあったようなんだが、どうしても『お世話になってる受付嬢さん』の許可をとってから決めたいってことでさ」
「それは……いえ、私にそんな権限があるわけないですし、いい話だとは思いますけど……」
俺の説明に、しかしアルマは微妙に迷った表情を見せる。ユートを仕事に誘ったときと同じで、今朝会ったばかりの奴に自分の恩人の息子を任せていいものか悩んでいるのだろう。
勿論、本人の言う通りただの受付嬢にパーティ構成に口を挟む権限などない。なので無視してごり押ししたって何の問題もないのだが……互いが納得して気持ちよく仕事ができるっていうなら、それが一番いいに決まってる。
「アルマさん、ちょっといいか?」
「? はい、何でしょう?」
俺はちょいちょいと手招きして、アルマの耳元に口を寄せる。
(実は、俺の妹がユートのことを気に入ってるみてーなんだよ。だから兄貴としては、一緒にいられる機会くらいは作ってやりてーと思うんだ)
「……ああ、そういう」
最初に出会った時にユートを誘ったときもそうだったが、不信を打開するには、わかりやすく納得できる理由を提示してやればいい。ほんのわずかな時間とは言え、ここに来てからのマオとユートのやりとりを見ていれば俺の言っていることが本当だとすぐにわかるだろうし、事実アルマはその耳打ちに深く頷いて微笑む。
「えっと、ユート君。エドさん達とパーティを組むのは、私も賛成します。ただし町から遠く離れるような依頼は受けない方がいいと思いますけど」
「それは……エドさん?」
「わかってるって。基本的にはここに滞在するし、俺達向けのとユート達向けの依頼を並行して回す感じにしていこうと思う。で、その処理はアルマさんにお願いするってことなら、どうだ?」
「ならバッチリです! 頑張ってくださいね、ユート君」
「はい! ありがとうございます、アルマさん! それと改めてよろしくお願いします、エドさん、ティアさん、マオちゃん!」
「おう、任せとけ! しっかり鍛えてやるさ」
「よろしくねユート君。フフッ、よかったわねマオちゃん……マオちゃん?」
「むぅ、先程からユートがあの受付嬢にばかり目を向けておるのじゃ。ハッ!? ひょっとしてユートはああいう女子が好みなんじゃろうか?」
「マオちゃん……」
「お前って奴は……」
「「……………………」」
せっかくのパーティ結成記念の瞬間に残念なことを口走るマオに、俺達は揃って何とも言えない視線を向けるしかなかった。




