仲良きことは美しく、結託されると腹が鳴る
「よ……っと。こんなもんか。おーい二人とも、そっちはどうだ?」
その後、森の奥に入った俺は仕留めた二匹目のブラウンベアの解体を進めつつ、二人のお子様に声をかける。すると少し離れたところから揃って返事がきた。
「はーい、こっちは大丈夫でーす! ああっ、駄目だよマオちゃん! そんなに乱暴に毟ったら駄目だって!」
「何故じゃ!? 薬草など葉っぱがあればいいんじゃろう?」
「そうだけど、そんなに乱暴に引っ張ったら根まで抜けちゃうよ! ほらここ、この赤いところで千切ってやれば……」
「むぅ? こう、か?」
「そうそう。そうすればまた生えてくるんだよ。資源は大切にしないとね」
「何とも小賢しいのぅ」
「フフッ、二人とも上手くやってるみたいね」
肩を並べて薬草を摘んでいるマオとユート。そんな二人を俺が見ていると、一人だけ離れたところで作業していたティアが戻ってきてそう呟く。
「ただいまエド。もう一匹は向こうで血抜きをしておいたわよ」
「流石ティア! ありがとな。じゃ、今度はこっちを任せてもいいか?」
「了解。気をつけてね」
軽く上げた手をパチンと叩いて交代すると、俺はティアがいた川の方へと移動する。するとそこにはティアが精霊魔法を駆使して血抜きした三匹目のブラウンベアの死体があり、今度はこちらをザクザクと解体していく。
ちなみに、こんなことをしているのは俺達がちゃんと依頼を受けているからだ。ユートの後輩になるわけにはいかないので冒険者証を紛失したことにして再発行してもらったわけだが、その結果として割高な手数料と引き換えに、こうして緊急ではない討伐依頼は最初からそこそこの難易度のものが受けられる。
無論、それで死んだら自己責任だしギルドからの評価や信頼は普通に積み重ねるよりも得づらくなるが、この世界に長居することのない俺達からすればその辺はどうでもいいしな。
「んじゃ、サクサクいきますか……ていっ!」
手のひらほどの刃渡りのある肉厚のナイフで、俺はブラウンベアの毛皮を切り裂いていく。この手の作業は一周目で嫌というほどやったので、実は割と得意だったりする。
「エドさーん? いますかー?」
「ん? ユートか? こっちだ!」
と、しばらく作業を続けていたところで、木々の向こうから声が聞こえた。俺がそう答えると、すぐにユートが姿を現す。
「あ、いた!」
「どうした? 何か問題か?」
「いえ。薬草はもう集め終わったんで、なら解体をしているところを見せてもらえないかなと思って」
「なるほど、勉強熱心だな。いいぞ、こっちに来い」
「はい!」
手招きする俺に、ユートが元気に返事をして近寄ってくる。ならばと俺は丁寧に説明しながら、ユートに獲物の捌き方を教えていく。
「ここはこう、筋肉の繊維に合わせて刃を入れるんだ。で、こっち側に力を入れると……」
「うわ、凄い! するって切れた!」
「はは、やってみるか?」
「いいんですか!? でも、僕がやったら駄目にしちゃうかも……」
「少しくらいはどうってことねーさ。何事も経験だ。ほれ」
「ありがとうございます! それじゃ……」
ぎこちない手つきのユートを見守り、時にはその手を掴んで一緒に刃を滑らせていく。そうして作業を続けつつ、俺達は会話を重ねていく。
「エドさんは、冒険者になって長いんですか?」
「俺か? そうだな。ちょうどユートくらいの歳から冒険者を始めたから、まあ七、八年ってところか」
まさか正直に一〇〇年以上やってますとは言えないので、俺はあらかじめ決めておいた設定を話す。するとユートは目を輝かせて俺の方に顔を向けたので、その頭を軽く叩く。
「こら、よそ見すんな。危ねーぞ」
「あっ、すみません……でも、そっか。やっぱり成人前からやってると、地力がつくっていうのは本当なんですね」
「うーん、間違っちゃいねーけど……長いことやってる奴が強いって言うか、弱い奴は途中で死んじまうから、結果として生き残ってるのはそれなりにできる奴になるってことだからなぁ」
「うっ……そう、ですよね…………」
死んだ奴は消えちまうから、結果として目の前にいるのは全員が強者となる……そんな非情な現実に、ユートが少しだけ表情を曇らせる。何せ自分も消える寸前だったのだから、実感が違うのだろう。
「僕、お父さんが冒険者だったんです。お父さんの話を聞くのが大好きで、だから僕も同じように冒険者になりたくて……そうしたらお父さんが『そういうことなら早い内から下積みした方がいい』って言ってくれて。でもお母さんは大反対して、お父さんとお母さんが喧嘩するみたいになったりして……でも最後は頑張れって送り出してくれて……
でも、そうですよね。僕、エドさんが助けてくれなかったら、あそこで死んじゃってたんですよね……」
「……恐くなったか?」
「…………はい。少しだけ」
声を落とすユートの肩に、俺はそっと自分の手を乗せる。
「いいか? その感情は悪いもんじゃない。誰だって死ぬのは恐くて当たり前で、それを忘れた奴から無様に死んでいくんだ。だからお前が冒険者を続けていきたいと思うなら、今の気持ちを忘れずにおくことだ。
奪うことに慣れるな。奪われることを恐れろ。揺らぐ心を押さえつけるんじゃなく、揺らいでいてもまっすぐ立てるくらいに自分の芯を鍛え上げるんだ。そうすりゃきっと、お前はいい冒険者になれるぜ?」
「エドさん……ありがとうございます」
「いいってことよ」
俺がくしゃくしゃと頭を撫でると、ユートがはにかんだ笑みを浮かべて言う。その後も指導と雑談を織り交ぜながらブラウンベアの解体を終えて戻ると、そこではティアとマオが食事の準備をしてくれていた。
「おかえり二人とも。さ、お昼にしましょ。頑張って体を動かした後は、しっかり食べて力をつけないとね」
「何だよ、わざわざ作って……ああ、そういうことか。よしユート、早速食おうぜ!」
「あ、はい。いただきます」
森の中のこんな場所でわざわざ食事を用意したティアに首を傾げたものの、すぐにその意図を悟って俺は焚き火の前に腰を下ろす。串焼き肉の香ばしい煙が食欲をそそり、そのままならば周囲の魔獣がこぞって集まってきそうだが、そこはティアが風の精霊魔法でいい具合に煙と匂いを上にだけ逃がしているのだろう。
「どうじゃユート? 美味いか?」
「うん、美味しいよ?」
「そ、そうか! そうかそうか……フフ、美味いか……」
「その肉は、マオちゃんが切って串に刺したのよ?」
「あ、そうなんだ。本当に美味しいよマオちゃん」
「うほっ!? そんな、そんなまっすぐに褒められたら……うへへへへ……」
「おいマオ、お前気持ち悪い顔になってるぞ」
「むがー! 何故主……じゃない、兄様はそう言うことばっかり言うのじゃ!」
「そうよエド! そんな意地悪なことを言うエドには、肉はあげません!」
「ええっ!? ちょっ、そんな……なあユート?」
兄妹という設定にしてあるマオのみならず、ティアにまで叱られ持っていた肉串を取り上げられた俺が、さりげなくユートに声をかける。だがさっきまであれほど慕ってくれていたユートが、今は素知らぬ顔で自分の肉串を囓りながら言う。
「えっと、今のはエドさんが悪いと思います」
「まさかの孤立無援!? 何てこった、ユートはこっち側だと思ったのに……っ!」
「勝手に仲間にしないでください! マオちゃん、もう一本もらってもいいかな?」
「勿論じゃ! ほれほれ、沢山あるぞ! 妾の手焼きじゃあ!」
「お腹いっぱい食べてね。ちょうど一人分余りそうだし」
「あの、ティアさん? その一人分って、ひょっとして俺の……? もしもーし?」
俺の声が虚しくこだまするなか、和気藹々と三人が食事を進めていく。孤独な俺の腹からは、ぐぅーっと切ない音が鳴り響くのだった。




