誰が悪いわけではなくても、誰もが傷つくこともある
他サイトとなりますが、書籍発売記念として、本日より3日連続で短編を公開しております。よろしければそちらも読んでみてください。
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「あのねエド。確かに私はエドのこと信頼してるけど、だからって何をしてもいいってわけじゃないのよ? いきなり小さい女の子を抱えて裏路地に走り出したエドを、私がどんな気持ちで追いかけてきたと思う?」
「いや、その……本当に申し訳ないと思っております……」
裏路地の冷たい地面の上に正座しながら、俺はひたすらティアのお説教を聞いている。絵的には完全に少女を誘拐する悪党って感じだったので、これはまあ仕方ないだろう。
が、ティアの背後で「ざまーみろ!」という感じの表情を浮かべている魔王、テメーは駄目だ。後で絶対ぶん殴る。俺は少女にだって容赦しない大魔王なのだ。
「エド? 聞いてるの?」
「あ、はい。真摯に聞かせていただいております」
「もーっ! それで? 何でこんなことしたの? っていうか、この子は結局エドの知ってる子だったの?」
「あー、それな。そいつは……」
「フッフッフ、聞いて驚けエルフ娘! 妾はそこな本体から分かれた、この世界に君臨する魔王様なのじゃ!」
俺の言葉を遮って、魔王少女が偉そうに胸を張る。が、それを聞いたティアは少しだけ驚いてから少女の頭を優しく撫で始めた。
「へー、そうなの。凄いわねぇ」
「なっ!? 何でひれ伏さずに頭を撫でるのじゃ!? お前は主様の下僕ではないのか!? ならば主様の分体である妾もお前のご主人様なのじゃぞ!?」
「んなわけねーだろ。てかその関係性なら、俺が今こうしてることに何の疑問も抱かねーのか?」
「むぅ、そう言えば……ではこのエルフ娘は、一体? ハッ!? まさか主様と組んずほぐれつの爛れた間柄……っ!?」
「ちっげーよ! ハァ、じゃあ改めて自己紹介しとくか。今の俺はエドって名乗ってる。で、こっちは相棒のティアだ」
「ルナリーティアよ。よろしくね、えっと……」
「妾は魔王じゃ!」
「いえ、それはもうわかったけど、そうじゃなくて……貴方、名前はないの?」
「ないな! 唯一無二にして最強である妾に名付けられるような存在など、この世界にはいなかったのじゃ!」
「あー、そう……ねえエド、今までの名前がある魔王の人って、みんなどうしてたのかしら?」
「あーん? そりゃ……どうなんだろうな? 自分で考えたんじゃねーか?」
言われてみると、確かに魔王の名前を誰が決めてるかは割と疑問だ。誰かに育てられて名付けられたり、あるいは誰かが勝手に名付けて呼んだりすることもあるんだろうが、俺の予想では基本的には自分で考えてるんじゃないかと思う。少なくとも魔王ラストは明確に「自分で考えた」って言ってたしな。
「なら、貴方も何か名前を考えた方がいいんじゃない? それとも私達が考えてあげる方がいいかしら?」
「妾に名付けようとは、何と不遜な! それに名前など不要だ! 妾はこの世界に唯一無二にして最強の存在である魔王! 妾以外に魔王はいないのだから、妾は魔王で十分であろう!」
「でも、今はエドがいるわよ?」
「ぐむっ!? そ、それは…………」
ティアの指摘に、魔王少女が瞳をうるませて俺の方を見つめてくる。いや、そんな目で見られても、俺にどうしろと?
「あー……じゃああれだ。お前は今日からマオだ。魔王のマオちゃんだな」
「ひゃぁぁぁぁ!? な、名前が!? 妾の尊き名前が、そんな安直かつ適当な感じに……酷い、酷いのじゃ! うわぁぁぁぁぁぁん!」
「泣くほど!?」
俺の渾身の名付けに、魔王少女のマオがティアにすがりついて泣き始める。どうしたものかと見ていると、ティアが優しくマオの背中をさすり始めた。
「よしよし、泣かないでマオちゃん」
「うわぁぁん! 妾の大切なものが、主様にどうでもいい感じで奪われてしまったのじゃー!」
「そうね、確かにエドの名付けは酷いわね」
「えぇ? あの、ティアさん?」
「でも、マオちゃんって響きそのものは悪くないと思わない? 少なくともブリリアントゴージャスエルフよりは何倍もいいと思うわよ?」
「ひっく……それはブリリアントゴージャスエルフが酷すぎるだけなのじゃ。ドブ川で泳ぐラージラットに『糞まみれのゴブリンよりは臭くないよ』と言うようなものなのじゃ。そんなものは何の慰めにもならんのじゃあ!」
どうしよう。ちょっと泣きたい気分になってきたんだが……いや、泣いてないですよ? 大魔王泣かせたら大したもんですよ?
「あらそう? でも想像してみて? マオちゃんがジッと見つめてた、あの勇者の男の子……ユート君だっけ? あの子に『マオちゃん』って呼ばれるのを想像したら、どう?」
「それは…………ちょ、ちょっとだけ照れくさいのじゃ!」
「フフフ、でしょ? 魔王って呼ばれるより、マオちゃんって呼ばれる方が、きっとずっと嬉しいと思うの。だからいいんじゃない? マオちゃんでも」
「そう、じゃな。よし、妾は今日からマオじゃ!」
「おめでとう、マオちゃん! ほら、エドも拍手して!」
「おめでとー…………」
泣き顔から一転、得意満面な笑みを浮かべるマオに、俺は無心で拍手を送った。俺の名付けが笑顔で受け入れられたという、結果だけみれば何の問題もないことなんだが……ハハハ、ヨカッタネ。
「……………………じゃ、名前はもうそれでいいってことで、結局お前は――」
「マオじゃ!」
「……マオは、あそこで何してたんだ? いや、勇者を見てたのはわかってるけど、そうなった過程というか、事情というか……な?」
「ふむ。主殿は妾がどういう人生……魔王生を送った結果こうなったかが、知りたいと、そういうことか?
そしてその説明を求めるということは、即座に妾を始末してその身に取り込むつもりはないと思ってもよいのじゃろうか?」
「そうだな。とりあえず話は通じるみてーだし、悪さをしてる感じでもねーから、今すぐどうこうとは考えてない」
「……対価として、妾の蠱惑的なないすばでーを提供しなくても――」
「要らねーよ! テメーみたいなガキに興味があるわけねーだろ!」
「そうなのか? だがそこなエルフ娘も妾とそれほど変わら……ヒッ!?」
背後から感じたであろうティアの目力に、マオがビクッと体を震わせる。
「マオちゃん? 私がなーに?」
「な、何でも!? 何でもないのじゃ!」
「おぉぅ、今日のティアさんは猛り狂っておられるぜ……」
「エド?」
「ナンデモナイデス」
何となく、この場にいる全員が負う必要のない苦痛を満遍なく味わわされた気がする。何だこの誰も得しない空間。あとそろそろ足が痛い。
「なあティア。一応ここって外だし、話をするなら場所を変えねーか?」
「それもそうね。じゃあ、どうする? 何処か適当なお店に入るか、それとも宿をとってその部屋でする?」
「宿だな。他人に聞かれても与太話にしか思われねーだろうけど、それでも用心しとくに越したことはねーし」
「わかったわ。マオちゃんもそれでいい? っていうか、マオちゃんって一人なの? 誰かと一緒に行動してたり、何処かに宿をとってたりする?」
「うむ? 妾は高貴な存在なので、誰も並び立てぬのじゃ! それと人間如きの宿になど泊まったりせぬ! 妾の宿はこの世界そのものなのじゃ!」
「つまり単独行動かつ野宿ってことか。なら問題ねーな」
「むぅぅ。主様はもうちょっとこう、乙女に対して言葉を選ぶべきではないかのう?」
「知るか! んじゃ、行こうぜ……ちょっとだけ遠回りしてな」
「さっきの場所に戻ると、騒ぎになっちゃうかも知れないものね」
「主様は本当に考えなしの節操なしじゃのぅ」
「お前、マジで絶対後で殴るからな」
「うわーん、ティア殿ー! 主様が恐いのじゃー!」
「エド?」
「ぐぬぬぬぬぬ…………」
滾る怒りを拳に押し込めてから、俺達は裏路地を通り過ぎて反対側の大通りへと出ると、適当な宿を探すべく町を歩いて行った。




