同じ事をしていても、見た目が違うと反応も違う
「よっ……ぐぅっ!」
「エド!?」
新たな世界に降り立った俺の体に、再び苦痛が走る。顔をしかめて呻いた俺にすぐにティアが駆け寄ってきたが、俺はそれを手で制しながら大きくゆっくり呼吸を繰り返し、自分の体を整えていく。
「ふぅぅ…………大丈夫だ」
「本当に平気なの? 絶対無理しちゃ駄目よ?」
「ははは、本当だって。確かにちょっと苦しかったけど、最初の時ほどじゃなかったぜ」
今回も感じたということは、おそらくこれは異物を排除する世界の意思なのではないだろうか? 神の意志という通行パスを持たずに世界を移動すると、こういうことになるのかも知れない……!?
「あっぶな……」
「? どうしたのエド?」
「い、いや。何でもない」
小首を傾げるティアにそう誤魔化しつつ、俺は思わず口元を押さえてしまう。もしその想像が当たっているなら、二つ前の世界で妖精達や甘味の魔王を移住させたのは相当に危険な状況だったはずなのだ。
(あれか? 元が同じ世界だったから大丈夫だったのか? それとも……うわぁ、とにかくこれからは気をつけよう)
もしあれが表裏ですらない同一世界の移動ではなく、別の異世界への移住だったなら、どんな影響が出たのか想像もできない。ひょっとしたら俺以外の奴なら問題ない可能性もあるが……試してみようとはこれっぽっちも思えねーな。
「ハァァ……よし、本当に平気だ。それじゃ早速この世界の勇者様にご対面と行こうぜ」
「わかったわ」
最後に一つ大きく息を吐いてから、俺はティアと一緒に降り立った森を出て街道沿いに歩き出す。
「今回は遠くから顔を見るだけなのよね?」
「そうだな。実際の出会いは明日になる。面倒なことにならないように、声をかけるのもなしだ」
「了解。ちょっと可哀想な気もするけど……」
「そりゃ仕方ねーよ。そうでもなけりゃ、一緒に行動なんてできねーだろうしなぁ」
今回の出会いは、森の中で魔獣に襲われている勇者を俺が助けるというものだ。第〇七九世界という後半世界だったからこそ実現できた定番のシチュエーションであり、だからこそ安定性もある。
無論、襲われるのがわかっているので事前に魔獣を退治して襲われないようにすることだってできるわけだが、それをしてしまうと勇者との出会いのきっかけがなくなってしまう。なので怖がらせるのは可哀想だと思いつつも、襲われるという事実そのものをなかったことにするわけにはいかない。何せ今回の勇者は……
「お、いたぞ。あいつだ」
ごく普通に町に入り、大通りを歩く俺達の前に、件の勇者が姿を現す。柔らかそうな茶髪を首の辺りでパツンと切った、いかにも頼りなさげな一二歳の少年……それがこの世界の勇者、ユートである。
「本当に子供なのね。それなのにもう冒険者をやってるの?」
「ああ、そうだ。この世界じゃそうなってるからな」
多くの世界では成人は一五歳となっており、仕事に就くのもそれと同時だ。冒険者……あるいはそれに準ずる別名の同じ内容のそれも当然職業なので、なるのは一五歳である。
が、この世界では成人は同じく一五歳だが、冒険者への登録は一二歳からできる。といっても回されるのは危険の少ない雑用や薬草採取くらいで、一五歳までは昇級することもなく、討伐依頼も基本的には受けられないのだが。
「確か表向きは、幼いうちから下積みを経験することで冒険者としての適性を図り、将来有望な若手を確保するため……だったかな?」
「ふーん。なら裏の意味は?」
「何らかの問題を抱えて貧民街に落ちるような子供が、犯罪に関わることなく最低限の食い扶持を手にできるようにするためだな。ぶっちゃけ地域互助の一環だよ」
人は生きているだけで腹が減る。それは子供でも変わらないわけで、空腹に耐えかねれば他人の懐から財布を盗んだり、あるいは傷つけてでも糧を得ようとするのは生物としては当然だ。
が、真っ当に稼ぐ手段があるなら、大抵の奴はそっちを選ぶ。いつ捕まるかわからない状況で怯えて暮らすよりも、多少きつくても普通に仕事をしてその報酬で飯を買う方があらゆる意味で楽だからだ。
「ちなみに、下限が一二歳なのは、そこより下を認めると今度は悪い大人が子供を騙していいように利用できたりするから、だそうだ。腐った大人からすりゃ、自我の確立してない子供を騙して利用するなんて楽勝だろうしな」
そう、そういう背景があるので、俺達から勇者に声をかけることはできないのだ。何か縁があるわけでもなく、助けを求められたわけでもないのに俺達から声をかけたら、それこそよからぬ事を企む不審者としか思われないだろう。
「うわぁ……何だか世知辛いわね」
「仕方ねーさ。どんな制度を考えても、それを悪用する奴ってのは必ずいるもんだからな。それより……」
俺はひょいと肩をすくめつつ、視線を勇者から外して横に動かす。するとその先にいたのは、俺達と同じ対象を追っているであろう、だが俺達とは別口の尾行者だ。
見た目から感じられる年齢は、おそらく勇者と同じくらいの一二、三歳だろうか? ふわっと広がる黒い吊りスカートにフリルのあしらわれた白いシャツという出で立ちはどこぞのお嬢様のようだが、ややくすんだ赤い髪はどことなくぼさっとしており、高貴な感じが台無しになっている。
そんな少女が、建物の影からちょこんと顔を出し、勇者の姿を熱心に見つめている。本人はこっそりしているつもりなのだろうが、アワアワと落ち着かない様子は周囲からは丸見えで……だと言うのに周囲の誰も少女を気にしている様子がなく、そのちぐはぐさがどうにも気になって仕方がない。
「何だありゃ?」
「あの子も勇者の男の子を見てるみたいね。っていうか、エドは知らないの?」
「うーん……? いや、心当たりはねーなぁ」
あんな子供が近くをうろうろしていれば気づかないなんてことはないだろうし、印象にだって残っているはずだ。だがどれだけ首をひねってもあの少女の姿は俺の記憶のなかに存在しない。
「……とりあえず声をかけてみるか?」
「えぇ? そっとしておいてあげた方がいいんじゃない?」
「いや、でも何か気になるっていうか……悪い、ちょっと行ってくる」
「エド!」
微妙に咎めるようなティアの声を聞き流し、俺はそっと少女の側に近づいて、その肩をトントンと軽く叩きながら声をかけた。
「なあ、お嬢ちゃん。ちょっといいか?」
「何じゃ? 妾は今忙しいのじゃ! 後にせよ」
「そう言うなって。ちょっとだけでいいから! な?」
「だから後にせよと言っておるじゃろうが!」
「なあ頼むよ。少しだけ! 少しだけでいいから!」
「あーもう、しつこいのぅ! 一体何じゃと…………っ!?」
自分でも何故こんなにと思うくらい食い下がった俺に、少女が苛立った声をあげて振り返る。その顔にはどことなく見覚えが……いや、違う?
「え、お前まさか……」
「ぎょぇぇぇぇ!? な、何で主様がここにおるのじゃ!?」
「魔王!?」
ついさっきまで僅かな違和感程度だったと言うのに、今は目の前の少女が魔王……俺の力の欠片だとはっきりとわかる。だが状況に理解が追いつかず、戸惑う俺の前で魔王が突然その身を屈めた。マズい、反応が間に合わ――
「頼む! 見逃して欲しいのじゃ! 後生じゃから! この通りじゃからぁ!」
「はぁ!?」
一瞬の躊躇もなく、魔王少女が目の前で綺麗な土下座を始めた。加えてさっきまでは素通りしていた周囲の人々が急にこちらに注目するようになり、露骨な視線とヒソヒソ声があっという間に俺の周囲を埋め尽くしていく。
「うわ、何あれ? あんな女の子を土下座させるなんて……」
「どんな人生を送ったらあそこまでクズになれるんだろうな」
「おま、ふざけんなよ!? いいから起きろって!」
一〇〇年を超える異世界生活でもかなり上位に入るであろう窮地に追い込まれ、俺は必死に目の前の魔王に呼びかける。本当なら肩を掴んで無理矢理にでも起こしてやりたいところだが、この状況で体に触れたりしたら、それこそ二度とこの町には立ち入れなくなりそうなのが辛い。
「お願いじゃ! 何でもするから、どうか妾を消さないでおくれ!」
「泣くな! あと引っ張るな! わかったから!」
「おぉぉぉん! 死にたくないのじゃ! 妾はまだ死にたくないのじゃあ!」
「ねえあれ、衛兵を呼ぶべきじゃない?」
「究極のクズだな。あそこまで落ちたら人として終わりだろ」
「くっ!? こ、こうなったら……っ!」
「ギャァァァァァァァァ!」
「うるせぇ、黙れ!」
俺は叫ぶ少女を小脇に抱え、尻をひっぱたいてから路地裏へと駆け出す。そのまま人気のない方を選んで幾度か角を曲がると、ようやく背後から聞こえる喧噪が遠ざかっていった。
「ふぅ、何とか逃げ切れたか……よっと」
「ふぎゃっ!?」
小脇に抱えていた少女を、俺はどさっと地面に落とす。すると少女は怯えた様子でずるずると壁際に張っていき、両手で自分の肩を抱えながら俺の方を見てきた。
「うぅぅ、こんな人気のないところに連れ込んで、何をするつもりなのじゃ? ま、まさか妾の体を……!?」
「なわけあるか! それよりちゃんと話を――」
「ええ、そうね。ちゃんと話を聞かせてもらうわよ?」
「ヒェッ!?」
背後から聞こえてきた凍えるような声に、俺の心臓がズブリと貫かれる。ビクリと体を震わせてから油の切れた扉のようにギギッと体を軋ませて振り向くと、そこにいたのはもの凄くいい笑顔を浮かべたティアであった。




