成し遂げるのは過程でしかなく、その後の方が大抵は苦労する
「私の、そして世界の悲願であった魔王討伐は為した。ならば残りは……」
静かになった魔王城の大広間。勝利の余韻も覚めやらぬうちに、シュバルツがそう言って静かに剣を構える。その切っ先が向かう先は……俺だ。
「なるほど? そりゃそうだよな」
「えっ!? ちょっと、二人とも!?」
ならばこそ俺も剣を構えて相対し、そんな俺達を前にティアが戸惑いの声をあげる。
「どうしたのエド!? それにシュバルツも!?」
「わかってくださいティアさん。私は勇者で……」
「俺は大魔王だ。なら決着は必要だろ?」
「……ハァ、仕方ないわね」
穏やかな笑顔で言う俺達に、ティアがため息をついて少し離れる。ああ、やっぱりティアはいい。こういうときにすぐに理解を示してくれる。もしここにいるのがティアじゃなかったら、「何で今更二人が争うの! やめて!」なんて叫ばれていることだろう。
争いは何も生まない? 違うだろ。争うことでしか生まれないものもある。知ってるか? ついさっきの俺みたいに、鋼の打ち合いなら死者とだってわかり合えるんだぜ?
「我が名は勇者シュバルツ! 大魔王エンド! いざ尋常に、勝負!」
「こい、勇者よ!」
魔王エルデリードを倒したときよりなお眩い白刃が、俺の「夜明けの剣」と打ち合った。それにより生じた夜明けに上る朝日のような輝きが、俺の視界を一瞬奪う。
だが、見えずともわかる。互いに渾身なればこそ、描く軌道はただ一つ。白い世界からシュバルツの聖剣が切っ先を伸ばし、俺の首を刎ねんと迫ってくるが――
「フッ!」
「ぐっ!? うっ…………私の負け、か」
それよりも早く、俺の剣がシュバルツの胸に突き立った。ドサリとその体が床に転がり、然れど血の一滴も流れてはいない。
「何故殺さなかった? 魔王にとって、私は不倶戴天の敵なのだろう?」
「フッ、思い上がるな。まだまだお前程度じゃ、俺に殺されるほど強くはねーんだよ」
どんなものでも斬れる腕があるなら、何も斬らないことだってできる。そもそも俺の首を刎ねられなかったことを安心するような勇者を殺すつもりなんてない。
だが、決着はついた。手足を広げて寝転がるシュバルツが、まるで独り言のように言葉を零す。
「……もう行くのか?」
「ああ。魔王は倒して俺の力は回収した。ならもうこの世界に留まる理由はない」
「……大魔王からは逃げられないのではなかったか?」
「勿論、お前は逃がさない。が、それは俺がずっと一緒にいるって意味じゃない。離れたくらいで逃げ切れると思うなよ? お前が怠惰な生に溺れれば、いつだって俺はお前を終わらせに来る。
だがまあ、今のお前はまあまあマシになった。大魔王である俺にお守りをさせるつもりがないなら、さっさとこの世界から追い出してみせろ」
「チッ……ならば今すぐ帰れ! ここは貴様のような奴の居場所ではない!」
ピコンッ!
『条件達成を確認。帰還まで残り一〇分です』
「……じゃあな、勇者。行こうぜティア」
「ええ」
俺はティアの手を握り、倒れたままの勇者シュバルツに背を向ける。そうして歩き出すと、背後から震える声が響いてきた。
「…………倒せないと言うのなら! 私はきっと、貴様から逃げ切ってみせる! 二度と貴様がやってきたくなくなるような、魔王にとって居心地の悪い平和な世界を作り上げて……だから、これが今生の別れだ!
あ、でも、ティアさんは大歓迎ですので、いつでも来て下さい! その時は俺と一緒に――」
「シュバルツ、お前は本当に最後まで……ま、頑張れよ」
「ごめんねシュバルツ。私はエドとずっと一緒だから……」
「くぅぅ……二度と来るな! この糞大魔王!」
最後に吐き捨てるようにそう言ったシュバルツに、俺は背を向けたまま手を振って答える。そのまま魔王城を離れると、俺達は今回もまた一つの世界を後にしていった。
「ただいまー! って、そうだ! エド、体の調子はどう?」
「うーん……平気みてーだな」
そうして戻ってきた「白い世界」にて、ハッとした顔で聞いてくるティアに、俺は腕やら足やらを曲げたり伸ばしたりして調子を確かめつつ答える。とりあえず向こうからこっちに帰ってくる分には俺の体がどうこうなることはないようだ。
「ハァ、今回はヤバかったぜ」
「そうね。まさかいきなりエドが苦しみ出すなんて……」
「いや、それもそうだけど、本当にヤバかったのは呪いの村の方だよ」
「ほえ? 何で? 割とあっさり解決しちゃった気がするけど?」
不思議そうに首を傾げてみせるティアに、俺は思わず苦笑して答える。
「あのなティア。あの村で元々流行る予定だったのは、伝染病と勘違いされるような呪いなんだぜ? もし神の欠片の影響がその性質を残してたら、どうなったと思う?」
「それは……ああいう人達が、世界中にドンドン増えていく!?」
「そうだ。今回は初手でケリをつけられたから何とかなったけど、もしあれが村の外まで広がってたら……」
もしも村人が一人でも近くの町に行っていたら、感染者は爆発的に増加したはずだ。そうなりゃあっという間に世界中の人々が「神の使徒」と成り果てて、俺は本当に大魔王として振る舞うしかなくなっていたことだろう。
そういう意味では、今回は極めて幸運だったと言える。もしシュバルツが最初にイーデンに向かい、次があの村だったなら……考えるだけでぞっとしてしまう。
「うわ、全然気づかなかったけど、もの凄く危ないところだったのね……」
「そういうこった。ま、もう終わったことだからいいけどな。さて、それじゃ……お、今回はちゃんとあるな」
ひょいと肩をすくめてから、俺はテーブルの方に近寄っていった。すると今回はきちんと「勇者顛末録」が出現しており、俺はティアと一緒にその中を読んでいく。
「シュバルツって、結構苦労人だったのね」
「正義感が強いってのは、割と空回りしやすいって事でもあるからなぁ」
正しいことを誰もが歓迎するわけじゃない。正しすぎるのは窮屈で、楽ができるなら多少の汚れは気にしないのが人間ってもんだ。だがその辺の立ち回りが、シュバルツはあまり得意ではなかったらしい。まあわかってたことではあるけどな。
「っと、これで最後か」
そんなシュバルツの半生も本で読むならあっという間で、残すページはあと僅か。そこに書かれていたのは、今回もまた俺達と別れた後のことである。
――第〇〇六世界『勇者顛末録』 最終章 中庸の火種
かくて魔王討伐を成し遂げた勇者シュバルツだったが、彼の苦労はむしろその後の方が多かったという。シュバルツは「魔王に与した者であっても一概に邪悪というわけではない」という主張を唱え、実際に旧魔王軍の四天王を懐柔しつつ魔族の殲滅に反対の意を示した。
魔王を名乗る者と長期にわたって旅をしていたという黒い噂もあり、一時期は人類の裏切り者として糾弾されることすらあったシュバルツだが、それにめげることなくその人生の多くを費やし、彼は人と魔族の間を取り持つことに尽力する。
その結果、徐々にではあるが魔族は人々に受け入れられるようになり、そもそも魔族と一括りにされていたいくつかの種族が、獣人族や魚人族などの別の呼称で呼ばれるようになると、その流れは加速していくことになる。
無論、それはそれで新たな対立の火種を生み、魔王を倒した後の世でも戦乱は度々巻き起こる。平和は常に仮初めで、平穏は常に一時でしかない。だがそれでも、「魔族だから」「人間だから」という理由での争いは激減した。
大きな火種を取り除いた結果、小さな火種を世界にばらまくことになった勇者シュバルツ。希代の英雄とも秩序の破壊者とも呼ばれるかの勇者が最後に残した言葉は、「遂に逃げ切ってやったぞ。文句があるなら今度はそっちが追いかけてこい」だったという。
「……そうか。こいつはまんまとしてやられたなぁ」
パタリと「勇者顛末録」を閉じ、俺は静かに空を見上げる。残念ながらそこに広がっているのは白い天井ではあるが、俺の想いはその向こうにある、もう届かない世界へと馳せている。
「フフッ、逃げられちゃったみたいね」
「だな。あいつを追いかけるのは、当分先になりそうだ」
まったくもって、大魔王の沽券が台無しだ。が、それもある意味仕方がない。大魔王は勇者を逃がさないが、最後に勝つのはやっぱり勇者なのだろうから。
「んじゃ、獲物を逃がした負け大魔王の俺は、さっさと次の世界に行きますかね」
「なら、私も失敗の責任をとって、ダークホワイトエルフからただのエルフに戻らせてもらうわ」
「ブリリアントゴージャスエルフじゃなくていいのか?」
「それは嫌」
完全な素の表情で拒絶され、俺は少しだけ悲しい気分になりながら次の扉に手をかける。ほほぅ、これは……
「ではブリリアントでもゴージャスでもない、ただエルフのティア君。次の世界について解説させていただいても?」
「勿論! ごく普通のエルフのルナリーティアさんが、エドの話を聞いてあげるわ」
ニッコリと笑うティアを微笑ましく思いつつ、俺達は新たな世界に旅立つ準備を進めていくのだった。




