気づくことは重要だが、流すこともまた同じくらい重要である
「いい腕してるじゃねーか! あの魔王には勿体ないんじゃねーか?」
「……………………」
互いに数度切り結びながら言う俺に、黒っぽい騎士は無言で応える。鎧と同じくその兜もまた顔全体を覆っており、表情をうかがい知ることはできない。
「さっきは喋ったんだから、喋れねーってわけじゃねーんだろ? ならもうちょっと会話を楽しもうぜ?」
「無用だ。必要なことは剣が語ってくれる」
「ああ、そういう感じの人ですか」
黒っぽい騎士の上段からの切り下ろしを、俺は「夜明けの剣」を横に構えて受け止める。力は相手の方が上、全身に金属鎧を纏っているくせに動きも決して鈍くない。だが技術はどうだろうな?
「ふっ!」
「ぬっ!?」
一瞬だけ力を抜き、相手の剣がたわんだところを見計らって弾く。すぐにそのまま腕の関節を目がけて剣を振るったが、そこは黒っぽい騎士が腕を引くことで上手く鎧に防がれた。
「いい判断だ。痛みを恐れてはいねーが、ちゃんと傷を負わないようにしてる。当たり前のことだが、どっちかを忘れる奴って割といるんだぜ?」
「……………………」
痛みを感じなかったり無頓着だったりする奴は、自分が傷つくことを厭わずに攻撃してくる場合が多い。が、そういうのは起死回生の一手だから有効なんであって、平時から細かい傷を負いまくっていればすぐに身体能力が落ちる。
それを理解しない不死身モドキの未熟者なら与しやすいところだが、どうやら目の前のこいつはそうではないらしい。
「剣だけじゃなく、言葉で語る気はねーのか? その兜の下が何者でも、俺は別に気にしないぜ?」
「……無粋。我は既に我に非ず。四天王筆頭にして最強の黒騎士なり!」
「ああそうかよ! ならテメーの望み通り、剣で語ってやるさ!」
受け、払い、流して斬る。一〇合を超えてもなお疲労を見せず動きに陰りがないのは賞賛に値するが……逆に言えば、それが奴の底だ。
「おらっ!」
「くっ!?」
ギャリンという音を立てて、俺の剣が黒っぽい騎士の剣を跳ね上げた。がら空きになった胴体を蹴り飛ばし、よろける敵に一瞬だけ「追い風の足」を起動して懐に入り込むと、喉元に剣を突き刺す。
「これで……」
喉を貫かれ、黒っぽい騎士が動きを止める。手から落ちた剣が派手な音をたてて床に落ち、だらりと腕が垂れ下がっていって……
「――終わりだっ!」
俺は素早く剣を引き抜き、その首を刎ねつつ体を半回転させた。そうしてあり得ない角度にねじ曲がり、背後から俺を貫こうとしていた黒っぽい騎士の腕を一緒に切り飛ばす。
「…………気づいていたか」
「まあな」
床に転がる敵の首、そこからくぐもった声が聞こえてくる。近づいて兜を外してやれば、そこにあったのは干からびたような人の顔。「一つ上」の存在になったことで今までより「終わり」というものに敏感になったおかげか、終わった命が無理矢理動かされている感じは割とすぐに察することができていたのだ。
「無念……俺はお前の敵であれたか?」
「勿論。ただ最強の黒騎士ってのは別の知り合いが名乗っててな。魔王として生まれ勇者の想いを背負い、神を相手に世界を守り切ったスゲー奴だったんだ。だからあんたは……そうだな、骸の騎士ってところで満足してくれ」
「ははは、それは確かに勝てぬな……だが、それほどの者と競い合った者に負けるのであれば……本望……だ…………」
干からびた顔が、粉になって崩れていく。その表情は最後まで変わらなかったが……その声はどこか穏やかに感じられた。
「エド!」
「おう、ティア。そっちも終わったのか?」
「終わったって言うか……」
未だ戦闘中。感傷に浸る暇もない俺の問いに、ティアが微妙な表情を浮かべる。その視線を追ってみると、そこには床に転がされた残りの四天王の姿があった。
「ふにゃーん……」
「フフフ……これで我が将来設計は純白なり……」
「ゲコォ……」
「何だこりゃ?」
「あの人達、戦闘要員じゃなかったから……」
「ああ…………」
まあ、うん。そうだな。色仕掛け要員と策略家と商人だもんな。そりゃ普通に戦ったらこうなるか。
「ニャーたちの負けだニャー。そこの魔王様そっくりのお兄さん、ニャーを見逃してくれたら、ニャーがこの尻尾でスリスリにゃんにゃんしてあげるニャー?」
俺が見ていることに気づいたのか、猫っぽい女が尻を突き上げ、クネクネと尻尾を振ってみせる。ほぅ、尻尾……
「…………エド?」
「ひえっ!? さ、さーて、シュバルツはどうしたかなー?」
俺の好感度が秒で終わらされるような視線を回避し、俺はシュバルツの方を見る。するとそこでは勇者と魔王の激闘が……激闘が……うーん?
「まったく! 貴様のせいでっ! この私がっ! どれだけ迷惑を被ったとっ!」
「ぐぉぉ!? 何なのだこの殺気は!? だが我とて魔王、そう易々とやられはせんぞ!」
「そんなことっ! この私がっ! 知るかぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐはぁっ!?」
鬼気迫る表情で……あるいは嬉々とした表情で、シュバルツが魔王エルデリードに聖剣を叩き込んでいく。激闘と言えば激闘なんだが、何というかこう……俺の知っている勇者と魔王の戦いとは些か趣が違う気がする。
「うわ、凄いわねシュバルツ! 頑張れー! 魔王なんてやっつけちゃいなさい!」
「ティアさん!? ええ、お任せください。この憎たらしい顔をした、人の迷惑を顧みない、好き勝手暴れ回る馬糞より価値の無い魔王なんて、私の剣で真っ二つにしてやります!
死ねっ! さあ死ね! 今死ね! すぐに死ねぇ!」
「ぬおっ!? ちょっ、まっ!? こ、こうなれば第二形態に――」
「させるものか!」
気合いを入れ、全身から黒い光を放ち始めた魔王に対し、シュバルツがすかさず聖剣で追撃を入れる。するとそこからほとばしった白い光が魔王にまとわりつき、黒い光を打ち消してしまった。
「何だと!?」
「貴様の顔が変わってしまったら、思いっきり攻撃できないではないか!」
「そんな理由で我が変身を阻んだというのか!?」
「それこそが! 今の私にとって! 最高の理由なのだっ!」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
パワーアップは失敗したのに、それに費やした力は消費してしまったのだろう。一気に動きが悪くなった魔王エルデリードの左腕を、シュバルツの剣が切り飛ばす。然れどその傷口から血がしぶくことはなく、代わりにまとわりついた光が魔王の体を侵食していく。
「こんな……こんなことが……っ!? 我は、世界を制する魔王……」
「世界を制する前に、まず自分を律することを覚えろ!」
「おのれ、勇者……おのれ、本体……っ! 我は、我は…………っ!」
果てしない無念と理不尽をその身に宿し、魔王エルデリードが消えていく。それと同時に何故か俺達の邪魔をするでもなく見守っていた魔王軍の連中が蜘蛛の子を散らすように正面ホールから逃げていき、後に残るのはただ静寂のみ。
「勝った、勝ったぞ! 魔王の理不尽を、遂に私はねじ伏せた! 人類の勝利だ!」
「おめでとう、シュバルツ!」
「……うん、よくやったな勇者よ」
晴れ晴れとした笑顔で聖剣を高く掲げるシュバルツに、ティアが祝福の言葉と拍手を送る。俺もそれに倣って拍手をしたのだが……嬉しいはずなのに何となく複雑な気持ちになったのは、きっと俺の気のせいだろう。そういうことにしておきたい。うむ。




