綿密な計画ほど、一つ狂うと修正が効かなくなる
「おぉぅ、こいつはまた……」
魔王城内部。正面から堂々と乗り込んだ俺達を出迎えたのは、またしても大量の敵であった。広いホールのなかには、多種多様な魔獣というか魔族というか、とにかく魔王に与する存在がひしめいている。
「フフッ、熱烈大歓迎ってやつね」
「問題ありません。私とティアさんの力があれば、この程度……魔王もまあ、ほんの少しくらいなら役立っている気がしますが」
「相変わらず素直ではないな、勇者よ。大人しく我の大活躍を認めればいいのではないか?」
「そんなことは死んでもせんっ! いやぁぁぁ!」
改めて聖剣を握りしめたシュバルツが、魔王軍の中に切り込んでいく。すぐに俺もその後を追い、背後からはティアの精霊魔法がガンガン飛んでくる。
にしても、本当に多いな。蜘蛛の下半身にウマの頭という訳の分からない魔獣がのし掛かってきたり、竜の翼を持つ鶏っぽいのが突いてきたり、果ては俺そっくりの顔の奴が斬りかかって……待て、俺そっくり?
「なっ!? お前、魔王だろ!? 何しれっと雑魚の中に混じってんだよ!」
「フハハハハ! 気づかれてしまったか!」
「気づくに決まってんだろ! オラァ!」
笑いながら剣を合わせてきた魔王を、俺はそのまま弾き飛ばす。すると魔王はクルリと空中で回ってから着地し、それに合わせるかのように周囲の敵が戦闘を停止した。
「よくぞ来た勇者とその仲間達よ! 我こそが魔王エルデリードだ!」
顔や体型などは全く同じなれど、首回りにビラビラの入った貴族っぽい白シャツと光沢のある黒いズボンを身に付けた魔王が、裾の長い外套をバサリと翻しながら名乗る。となればこちらも相応の態度で応えねばなるまい。
「フハハハハ! 我は大魔王エンドだ!」
「ふはははー! 私はダークホワイトエルフのルナリーティアよ! ねえエド、ちょっとあの魔王とキャラが被ってない?」
「む、そうか? そう言われてもなぁ」
「私は勇者シュバルツだ……確かに同じ顔で同じような口調……ということは、間違えて切り捨てても問題ないということか!?」
「ないわけねーだろ! ったく……じゃあもういいや、普通に喋るから」
「えぇ? そんなあっさり戻しちゃっていいの? 大魔王なエドも面白かったのに」
「いや、別に面白さを追求してあの口調にしてたわけじゃ――」
「おい貴様等、いつまで我を無視するつもりだ?」
名乗るだけ名乗って雑談を始めてしまった俺達に、エルデリードがいかにも不機嫌そうな声で話しかけてくる。こめかみもピクピクと痙攣しており、これはどうやら相当にお怒りのようだ。
「おっと、悪い。でもそっちだって悪いんだぜ? 魔王ってのは普通、城の最奥で堂々と待ち構えてるもんだろ? 何でこんなところで雑魚に混じって襲いかかって来てんだよ!」
「何故!? 何故だと!? それもこれも、全部貴様のせいではないか! 来い! 我が四天王よ!」
魔王の呼び声に合わせて、その背後から人影が飛び出す。
「ニャーの魅力で、男はみんなメロメロなのニャー!」
ピンク色の体毛をした猫獣人と思われる女が、しなを作って甘ったるい声をあげる。
「フフフ……我が策謀にかかれば、純白さえも漆黒に変えてみせよう……」
不健康と寝不足を突き詰めた学者のような風体の男が、ボソボソとそう呟く。
「グワーッハッハ! この世は銭や!銭が全てなんや!」
金糸や宝石で彩られた豪華な衣装に身を包む、丸々と太ったカエル顔の男が豪快に笑う。
「「「我ら、魔王軍四天王なり!」」」
「……いや、三人しかいねーじゃん」
「しかも、何かあんまり強くなさそうよね?」
「ええい、うるさい! 人が必死に考え抜いて選んだ四天王にケチを付けるとは、貴様等には人の心というものがないのか!?」
「えっ、あ、うん。ごめん……?」
俺とティアの漏らした素朴な疑問にエルデリードが激怒し、俺は反射的に謝ってしまう。だがエルデリードの怒りはまだまだ収まらないようだ。
「そもそも、我は知能派の魔王なのだ! そして今回のコンセプトは『戦わずに勝つ』だ! 勇者が頻繁にパーティメンバーを入れ替えていることはわかっていたからな。
色香で惑わし裏切らせたり、都合よく法を操って犯罪者に貶めたり、金貨を積み上げ買収したり、あるいは借金奴隷に貶める! そうやって一人また一人と勇者の仲間を削っていき、誰も頼れず信じられなくなった勇者がたった一人で乗り込んできたところを、魔王軍総出で叩き潰す計画だったのに……っ!」
そこで一旦言葉を切ると、エルデリードがズビシッと俺を指さし、思い切り睨み付けてくる。
「貴様だ! 貴様のせいで我の計画は台無しだ! 一体どうしてくれるというのだっ!」
「そんなこと言われてもなぁ……」
確かにティアは勿論、俺だって色香に惑わされるなんてことはないし、手持ちに莫大な資産があるので買収も借金奴隷も無理だろう。
それに今回の俺は、最初から大魔王として勇者に接している。一般人が実は極悪人でした! という展開なら衝撃も受けるだろうが、大魔王が悪党でしたと報告されたところで、シュバルツなら「最初から知ってますけど、何か?」という態度で首を傾げるだけだろう。
というか、そもそも俺達は俺達の都合で勇者と同行しているのだから、俺達から離れることがあり得ない。そして勇者は大魔王パーティとして強制連行しているのだから、大魔王からは逃げられない。つまり魔王の考えた離間計画は、俺達が仲間になった瞬間に失敗が確定してしまっていたのだ。
「まあ、あれだ。間が悪かったってことで」
「その一言で! 我の! 長年の計画がっ!」
「知らんがな……いや、魔王の計画が潰えたっていうなら、むしろいいことなんじゃねーか?」
「そうよね。シュバルツだってそう思うでしょ?」
「はぁ……確かにそれが成功していたなら、私は今頃ここに一人でやってきて……」
俺達のやりとりに何処か気の抜けたようだったシュバルツの表情が、みるみる青ざめていく。もし魔王の計画が成功して、場合によっては聖剣すらなしのシュバルツがここに単独で突っ込んで来たなら、城に入ることすら敵わず大軍にすりつぶされていただろうことは想像に難くない。
「恐ろしい……本当に恐ろしいな。だが何より恐ろしいのは、そんな魔王の計画をあっさりと潰してしまった大魔王の存在、か……」
「お、何だ? 俺の事見直す気になったか?」
「ふざけるな! そうではない! そうではないが……小指の爪の先程くらいには、感謝してやってもいい」
「だからもっと素直に――っ!?」
瞬間、首の後ろにチリリとした気配を感じて、俺は剣を抜いて背後に振り返る。すると頭上から降ってきた黒っぽい騎士の剣が、俺の首を落とさんとするのを寸前で防ぐことに成功した。
「ほぅ、これを防ぐか」
「誰だテメー?」
「チッ……だが我はちゃんと言ったぞ? 我が四天王とな!」
小さく舌打ちをした魔王が、しかし余裕の笑みを浮かべて言う。間抜けを装っての不意打ち……確かに自分で言うとおり、エルデリードは知能派の魔王であるようだ。
「なるほど、こいつが四人目か。ちゃんと戦える奴もいたってわけだな。おいシュバルツ! 四天王は俺とティアで引き受ける! だからお前は魔王を倒せ!」
「ぬっ!? いや、しかし――」
「何迷ってんだ! 魔王は勇者が倒すのが本来の流れだろうが! それとも俺に……我に泣いて懇願するか? 腰抜けの勇者は魔王と対峙する勇気がないと?」
「何を……っ! わかった。ならばそちらは貴様とティアさんに任せる!」
「おう! ティア、他の三人を頼む!」
「任せて!」
俺は魔王に完全に背を向け、黒っぽい騎士と対峙する。その背後ではティアが残り三人の四天王を相手取り、そしてシュバルツが魔王に向かって剣を構えているはず。
それぞれがそれぞれの敵を見定め、俺達の最終決戦が今ここに幕を開けた。




