適当な設定をでっち上げると、後で困ったことになる
「…………疲れた」
「お、おぅ。お疲れ様だな、勇者よ」
「お疲れ様、シュバルツ。はい、これどーぞ」
「ティアさん……ありがとうございます」
その後二週間かけて全ての事務処理を終え、死んだ魚のような目をしたシュバルツが、ティアに差し出された甘い焼き菓子を無表情のままサクサクと囓っていく。その姿には流石に同情を禁じ得ないが、とは言えこれは必要な犠牲だったのだ。
「まあ……あれだ。困った領主がいなくなり、この地に安寧がもたらされたのだから、よかったではないか」
「…………そう、だな。確かに、私のやり方ではもっとずっと時間がかかったことだろう」
俺の言葉に、シュバルツが僅かに視線だけ動かして反応する。実際、一周目では時間がかかるどころか、この問題は結局解決することがなかった。
如何に法に守られている貴族とはいえ、雑にやり過ぎれば普通に捕まる。何代にも渡って続けられた不正の証拠隠しは当然入念なもので、余所からやってきた勇者がたかだか二ヶ月程度探した程度では、その尻尾を掴むことはできなかったのだ。
シュバルツとしても「魔王討伐」という本業をそれ以上蔑ろにするわけにもいかず、無念と失意を抱えたままこのイーデンを後にすることになり……その結末を知っているからこそ、俺は初手から強引に動いたのである。
「まだまだ世界中には、困ってる人が沢山いるんでしょ? 魔王だって健在だし、早く事件が解決したなら、それはいいことなんじゃない?」
「ティアさん……はい、そうですね。確かにその通りだ」
「フッ、ならばさっさと立て勇者よ! 今度も我が大活躍してやるから、次に向かう場所を指定するのだ!」
「ぐっ、貴様は…………っ!? そうだな、では大活躍してもらうとしよう。クックック……」
「うわ、シュバルツがエドみたいな顔で笑ってるわ!?」
「えぇ……?」
そうして俺達は、次の、そしてその次の場所へと旅を続けていく。臭くて汚い緑のデロデロで満たされた「大腐海」での宝探しに俺とシュバルツのどっちが活躍するかで言い争ったり、言葉を話す善良なオークとそれを利用する邪悪な人間との対立を勇者と魔王の茶番劇で対処したりと、一周目では辿り着けなかった場所へ行き、一周目ではできなかった解決を重ね……そうして二年。俺達は遂に、旅の終着点へとやってきていた。
「ここが魔王城か……」
「ふむ、何というか……もの凄くありがちな感じだな」
「そうね。何で魔王城って、みんな似たような感じになるのかしら?」
眼前にそびえ立つのは、やたらと黒くてそこかしこが尖った感じになっている城。それを前に緊張するシュバルツを横に、俺とティアは暢気にそんな会話を交わす。
「…………魔王はともかく、ティアさんも緊張はしないんですね?」
「そうね。初めての時はそりゃあ緊張したけど、もう慣れちゃったわ。これで……何回目だっけ?」
「あー、確か……魔王城に攻め込むのは、ティアだと四回目じゃないか?」
「よ、四回……では、ティアさんは四度も魔王を倒していると?」
「ん? 倒した数っていうなら、もっと多いわよ? ほら、向こうから攻めてくることもあるし、あと拠点がお城とは限らないし」
「だなぁ。高い知性を持たない魔獣タイプの魔王だと、洞窟のなかとか海の上とかにいることもあるし」
「…………今更かも知れないが、本当にお前達は無数の魔王を屠っているのだな」
「フフフ、当然であろう? 何せ我は大魔王だからな!」
感心と呆れの入り交じるような表情を向けてくるシュバルツに、俺はドヤ顔でそう言い放つ。こちとら魔王退治のプロフェッショナルですよ! まあ自分の力の欠片を回収してるだけではあるんだが。
「では、早速入るとするか。聞けい、愚かなる魔王よ! 大魔王エンド様が、貴様に終焉をもたらしにやってきたぞ!」
「ははは、相変わらず貴様は正面からなのだな」
「当たり前だ! 大魔王が魔王に挑むのに、こそこそ裏口から忍び込むなどあり得んだろう!」
「よーし、今度は私も暴れるわよ!」
俺の大声での呼びかけに、魔王城の中からゾロゾロと敵が出てくる。いかめしい真っ赤な顔をした巨躯のオーガや、立派な角を生やした山羊頭の獣人、やたらでかいワニっぽい魔獣にまたがった子供のような奴に……おお、あれは!?
「おい見ろティア! あれ! あれダークエルフじゃねーか!?」
「へー、あれが本物なのね。確かにダスクエルフとは全然違うわ」
その中には、名前だけで姿を見たことのなかったダークエルフと思われる人物もいた。炭のように真っ黒な肌に、ギラギラと輝く赤い瞳。耳が尖っているからエルフと言われればエルフなんだろうが、これを普通のエルフと見間違えることはまずあり得ないだろう。
「……? ティアさんはダークエルフのご両親から生まれたのではありませんでしたか?」
「へっ!? あー、えっと……ほら、私って白いでしょ? だから両親も私に気を使って、自分の体を白く塗っていたというか……もーっ、エドの馬鹿!」
「うほっ!? 何で蹴るんだよ!?」
「何でも何も、全部エドが悪いの!」
「そうですね、悪いのは全て魔王です」
「えぇ? 何その理不尽……」
ティアに蹴られ、シュバルツが満足げに頷くなか、俺だけがしょっぱい顔になる。まあ俺が面倒な設定を考えたからだと言われたらその通りなので、仕方ないと言えば仕方ないんだが……ぐぬぅ。
「……まあいい。とにかく行くぞ!」
「ええ!」
「魔王と協力して魔王討伐など不本意の極みだが……よかろう。私は勇者だからな!」
互いが互いの理由と志を胸に、俺達は敵の大軍に向かっていく。とはいえ一切何の制約もなしで戦えるなら、俺にとってはどんな敵も雑魚同然だ。
「フハハハハ! 大魔王の一撃を受けてみるがいい!」
敵の直中にて、「不落の城壁」と「吸魔の帳」であらゆる攻撃を無効化しつつ、俺は笑いながら剣を振るう。「終わりの力」を使えば一瞬で片がつくが、それをやると世界を巡る魂の総量が減って、結果として世界そのものが終わりに近づいてしまうので、あくまでも通常攻撃だ。
だが、そうであっても結果に大差はない。群がる敵の力全てを「円環反響」で吸収して跳ね返しながら剣を振れば、明らかに刀身が届かないような距離の敵すら両断されるのだから。
それに、無双しているのは俺だけではない。ティアも、そしてシュバルツもまた敵の大軍を押している。
「――ルナリーティアの名の下に、顕現せよ、『ストームブリンガー』!」
解き放たれた竜巻が、周囲に群がる敵軍を薙ぎ払っていく。その範囲には俺も入っているのだが、当然俺は何の影響も受けない。
「味方を気にせず大規模攻撃魔法を使えるって、凄く楽ね」
「ハッハッハ、気にせずやれ! ティア!」
「もっちろん! さあ、エドと一緒に吹っ飛んじゃいなさい!」
「……いや、俺は吹っ飛ばねーけどな」
「さあこい、魔王軍っ! この勇者シュバルツが全て切り伏せてやろう!」
ご機嫌なティアのすぐ側では、シュバルツが光を宿した剣を振るって魔王軍を圧倒している。この世界でもご多分に漏れず「聖剣」っぽい武器があったので、きちんと回収させたのだ。
その力は絶大であり、大魔王との強制戦闘を経た今のシュバルツは、間違いなくこの世界の住人では最強になっている。流石に一人でこの大軍を退けるのは無理でも、俺とティアがいれば十分に戦い抜ける。
三対数千。空から地面から、全方位から攻めてくる敵を順調に駆逐しながら、俺達は余裕を残して魔王城へと突入していった。




