法律を守るつもりがないなら、大抵のことは簡単にできる
本日は活動報告を更新しております。もうすぐ発売となる第1巻の店舗特典まとめや、追加で大発表もありますので、目を通していただけると嬉しいです。
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「魔王? 貴様のような小娘が何を……ええい、誰か! 侵入者だ! 今すぐに捕らえるのだ!」
「魔王じゃなくて大魔王……まあいいんだけどさ。へっ、泣いても叫んでも、誰も助けに来やしねーよ? 俺が何処から来たと思ってんだ?」
目の前でわめく中年太りの男に、俺はニヤリと笑ってみせる。手にした剣……流石に「夜明けの剣」ではなく、ただの鋼の剣だが……を肩でトントンとやれば、男の顔色が徐々に悪くなっていく。
「何処から……まさか、正面!? 馬鹿な!? 警備の兵はどうしたのだ!?」
「当然、全部ぶっ飛ばした。だからここには誰も来られない……どうだ? わかりやすい理屈だろ?」
「あり得ん! 完全武装した六〇人近い警備兵を、たった一人でなど――」
「あーん? 言うほど完全武装でもなかったぜ? それに俺が倒したのは三〇人くらいだ。残りは勝ち目がないと見ると、さっさと逃げちまったよ。いやぁ、流石の人徳だな?」
出てきた警備兵の半分くらいは、武器を持っているくらいで防具は装備していなかった。おまけに顔が赤いやつもおり、要は酒でも飲んでサボってたってことだろう。
それでも乗り込んだのは俺一人。若い女の襲来に下卑た笑顔を浮かべた野郎共は、ゴンゾのオッサン直伝の「人を殺さずに無力化する筋肉式格闘術」で仕留めてある。わざわざ主張しなくても格闘術にはそりゃ筋肉を使うんじゃないかと思うんだが、当時は聞けなかったのできっとそこは永遠の謎である。
で、三〇人ほどを伸したところで、馬鹿共にも漸く彼我の実両差というものが理解できたんだろう。今回の目的とは関係ないので逃げる奴はそのままに、堂々と屋敷の廊下を歩いてやってきたのが、ここなのだ。
「ぐぬぬぬぬ……小娘が、調子に乗りおって! ここが何処だかわかっているのだろうな! 栄えあるカルメイラ王国の貴族にして、このイーデンの町の領主、デブル・イーデンの家だぞ!」
「そりゃわかってるよ。だからさっき『お前がイーデン男爵か?』って聞いたじゃん?」
「わかっていてこのような狼藉を働いたというのか!? 許さん、許さんぞ! 今すぐひっ捕まえて、虫のようにグチャグチャにすりつぶしてやる!」
肩をすくめる俺に、イーデン男爵が両手を前にして突っ込んでくる。が、俺はそれをひょいとかわすと、男爵の腹に蹴りを入れた。
「ほぐぇ!? げぇぇぇぇ……っ」
「うわ、きったねーなぁ。てかお前、馬鹿なのか? 警備兵を全滅させて来たっていう相手に、何で自分が勝てると思ったんだよ?」
腹を押さえてゲェゲェと吐く男爵に、俺は呆れた視線を向ける。すると男爵は立派な服の袖で口元を拭ってから俺の方を睨み付けてきた。
「ぐぅぅ……貴族である私に、このような仕打ち……国王陛下は絶対に貴様を許さんぞ! この国の法がお前を捕らえ、一族郎党奴隷落ちにしてくれる! 無論、貴様は打ち首だ!」
「はー、そりゃご大層なこって。でも、俺がどうなるかってことと、お前がこれから死ぬってことは関係ねーよな? 最後の言葉がそれでいいのか?」
「……死ぬ? この私が死ぬだと!? 何を馬鹿な! 愚図の平民が貴族を殺すなど、許されるわけがないだろうが!」
「その発言の方がビックリだよ。何でこの期に及んで自分が助かると思ってるんだ?」
「……か、金ならやる! だから――」
「お前が死んだ後で奪っても同じだよな?」
「私を殺せば、国軍が――」
「それはお前が死んだ後の話で、今じゃねーよな?」
「……………………」
言葉を失った男爵が、パクパクと口を動かす。財力や権力が強いのは、それによって暴力を動かせるからだ。だがそのどちらも、今この場では完全な無力。
自分を支えていた力が何もかも失われていることに気づいた男爵は、のろのろとその場に這いつくばって頭を下げた。
「た、頼む! 見逃してくれ! 金も、地位も、名誉も、何もかもやる! だからこの場は私を助けてくれ!」
「……それは流石にみっともなさ過ぎねーか?」
「ぐぬっ……そ、そうだ。こんなみっともない私を哀れと思うなら、どうか助けてくれ! なあ、ほら! お前が望むなら、色々と便宜を図ってやれるぞ? 金や女……いや、お前も女か? なら、えーっと……そうだ! 高級娼婦として雇ってもらえるよう、知り合いの貴族に話を持ちかけてもいい! それだけいい体つきなら、きっといい金に――」
「お前もう黙っとけ」
「ほぐぉっ!?」
ちょっと強めに頭を蹴っ飛ばし、俺は目の前の豚貴族を黙らせた。なお、死ぬというのは「社会的に」という意味であって、別に俺が殺すつもりはない。大魔王はこんな小物をどうこうしたりしねーからな。
つーことで、これで屋敷の制圧はほぼ完了だ。後は……
「現れろ、『失せ物狂いの羅針盤』。捜し物は、イーデン男爵が働いた悪事の、決定的な証拠だ……うおっ!?」
手の上に浮かんだ金属枠のなかで、幾つもの景色が素早く切り替わっていく。どうやら証拠は複数の場所にあるらしい。
まあ、考えてみれば当然だ。裏帳簿だの何だのってのは、相手が裏切らないようにする保険であると同時に、自分も裏切れなくなる弱みでもある。複数の相手とそういう取引をしまくっていれば、その数の倍だけ証拠が存在することになる。
うーん、これならわざわざここを襲わなくてもよかったかも知れねーけど……いや、表向き真っ当な商会とかだと、絶対この家より警備が厳重だろうしなぁ。それにそっちだと別の貴族の証拠なんかもあるかも知れねーしな。
うん、やっぱりこっちで正解だ。俺はあくまで大魔王であり、この国の腐敗した貴族を一掃する正義の使者とかじゃねーんだからな。
「あー、じゃあこの屋敷の中にある証拠ってことで……お、あっちか」
指定を絞ると、すぐに黒塗りの金庫が映し出された。その後は羅針の導くままに歩けば、すぐに男爵の私室へと辿り着く。どうやら面倒な仕掛けで隠されているようだが……
「よっと」
証拠を残さずこっそりとなら大変でも、壊していいなら楽勝だ。隠し扉になっている壁も、専用の鍵と特殊な暗号を解かないと開かない金庫も、斬ってしまえばそれで終わり。こうして俺は重要書類を回収すると、そのまま何食わぬ顔で普通に屋敷を後にして……
「で、これがその書類だ!」
「……魔王。お前は本当に……あー……」
イーデンの町にとった、宿の一室。人目のない場所でこっそり男に戻った俺が自分の部屋にシュバルツを呼び出すと、「彷徨い人の宝物庫」から名前やら数字やらの書き連ねられた紙の束を取り出して渡す。
するとシュバルツが泣きそうな顔でそれを受け取りつつ頭を横に振り、呼ぶまでもなく俺の部屋にいたティアは恨めしそうに俺を見てくる。
「うぅ、私も行きたかったなぁ。悪い貴族を正面から糾弾できる機会なんて滅多にないもの!」
「そう言われても、ティアは変装とか無理だしなぁ」
俺に関しては、男が女になっているという時点でほぼ正体がばれることはない。同時に二カ所に出現させることこそできないが、「不可知の鏡面」や「追い風の足」などを駆使すれば、常識的には辿り着けない距離でそれぞれの存在を確認させることだってできるしな。
が、ティアは無理だ。まずエルフの時点で目立つし、ちょっと服を変えるなんてので誤魔化されるのは子供だけなので、どうやっても正体が露見してしまう。まあ今回は大魔王パーティなのでばれたらばれたでどうにでもなったんだが……
「やめて……やめてくださいティアさん。その、本当に……後生ですから……」
「ああ、うん。言ってみただけだから、気にしないで。ね?」
「お願いします……本当にお願いします…………」
腹の辺りを抑えながら懇願するシュバルツを前にしては、流石のティアも我慢せざるを得なかったのだ。実はティアがこっそりと白いつけ髭を用意していたのを俺は知っているんだが……悪いなティア、そいつの出番はまた今度ってことにしておいてくれ
「では、後は頼むぞ勇者よ!」
「わかった……なら数日待ってくれ……頼むから、大人しく待っててくれ……」
「お、おぅ。大丈夫だ、そのくらいならティアと観光でもして待っていることにしよう」
「…………では、行ってくる」
そう言い残して、シュバルツがフラフラとした足取りで部屋を出て行く。悪徳貴族を追い詰める必殺の一手を手にしたはずの勇者の背中は、何故かとても煤けていた。




