事情があるのはわかったが、汲んでやるとは言ってない
後半は三人称となります。ご注意ください。
そんなこんなで、二週間ほどかけて辿り着いたイーデンの町。遠くには大きな帆船が二隻ほど停泊しており、港町らしく人通りはあるのだが……
「おお、ここがイーデン! 割と賑やかだけど……でも何だか、寂しい感じ?」
「秒で矛盾してるじゃねーか! いや、言いたいことはわかるけど……」
確かに人はいる。客引きをする露店もあれば、大荷物を抱えて運んでいる人足もいるし、何なら食料品の買い出しをしている母親と娘と思わしき人達だっている。
が、そんな人達の半分くらいは、何となく表情が沈んで見える。一部の羽振りのよさそうな奴らの影に隠れて、苦しい生活を何とか耐えている人々がいるという感じだ。
まあ、その原因はわかりきっている。というか、だからこそ俺達はここに来たわけだからな。
「で、勇者よ。これからどうするつもりなのだ?」
「まずは適当なところに宿をとって、それから周辺住民に聞き込みだな。そうやって集めた情報から、領主であるイーデン男爵の不正の証拠を手に入れる」
「ふーん? 明らかに悪いことをしてるってわかってるのに、『お前の悪事はお見通しだ!』とか言って乗り込むわけにはいかないの? だって、別にここで暮らしていたわけでもないシュバルツの耳に入るくらい、ここの領主さんが不正してるって知れ渡ってるわけでしょ?」
「ははは、それは流石に無理ですよ」
俺にはぶっきらぼうだったのに、ティアの問いには途端に満面の笑みを浮かべてシュバルツが答える。こいつは本当に……まあいいけど。
「いいですかティアさん、貴族の悪事というのは、たとえどれほど怪しくあからさまであっても、動かぬ証拠がなければ訴えられないのです。というのも、怪しいからという理由で貴族家に調査が入れるようにしてしまうと、そのどさくさに紛れてありもしない罪をでっち上げられたり、あるいは全く関係ない事件の証拠が何故かそこから発見されたりしてしまうからですね」
「うわー、いかにも権力闘争って感じね」
シュバルツの説明に、ティアが露骨に顔をしかめる。そんなティアに苦笑を向けつつも、シュバルツの説明はまだ続く。
「そうですね。更に言うなら、あえて怪しい言動をしたうえで訴えさせるという手もあります。たとえば今回の場合、私でなくても他の貴族家の誰かがイーデン男爵を訴えたとして、でも確たる証拠が見つからなかった場合、どうなると思いますか?」
「ほえ? えーっと……間違えました、ごめんなさい……じゃ、済まないわよね?」
「勿論です。その場合、無実の貴族を訴えたとして、訴えた側が正式に抗議を……つまりは弱みを握られることになるわけです。そうなると、万が一にも失敗はできない。つまりどれほど怪しくても、厳然たる証拠がなければ動けないということです。
実際、そういう力関係を理解している貴族は、割と堂々と不正を働きます。明らかに怪しくても、確実な証拠さえ握られなければ訴えられないとわかっているからです。ここのイーデン男爵もそんな貴族の一人でしょうね」
「えぇ? 余所者の私が言うことじゃないかも知れないけど、国ってそんなので大丈夫なの?」
「大丈夫なんだろ? 現に今も、こうして国が成り立っているのだからな」
「魔王……くっ、確かにその通りだ。王家が強い力を握っていれば、これでも成り立つ。要は王家がお目こぼしできる程度に抑えるなら、不正だろうと黙認するということだからな。
当然、限度を超えれば国が動き、そうなれば流石に男爵程度ではひとたまりもない。清濁併せのむ……貴族がほどほどに私腹を肥やすことを黙認する代わりに、大きな不正は許さないと締め付けているのがこの制度なのだ。だが……」
そこで一旦言葉を切ると、シュバルツがギュッと拳を握りしめる。
「貴族にとってはほどほどだろうと、民にとっては大金だ。民を苦しめ必要以上に搾り取った金を、民のためではなく己のために使う貴族を、許しておくことはできない! だからこそ、私は……」
「ふむ、お前の考えは理解した。そういうことなら、我も協力してやろう」
「……いいのか?」
伺うようにこちらを見てくるシュバルツに、俺は大きく頷いてみせる。
「当たり前だ。というか、そのつもりがないならそもそもこんなところまで来てやるはずがあるまい?」
「そう、だな……よ、よし! そういうことなら手分けして情報を――」
「待て、勇者よ」
自分の考えが認められたことがよほど嬉しいのか、早速動き出そうとするシュバルツを、しかし俺は手で制する。
「何だ魔王? ああ、確かに宿を取って活動拠点を決める方が先か? 私としたことが、少々先走りすぎてしまったようだ」
「いや、そうではない。そして話を聞け。いいな? ちゃんと聞くのだぞ?」
「……まるで私が人の話を聞かないような物言いだが、いいだろう。聞いてやる」
「うむうむ、それでいい。で、だ。確かに我はお前の考えは理解した。それに協力してやるとも言った。が、お前の指示に従って動くとは言っていない」
「どういうことだ? まさか貴様……っ!?」
何かを察して驚愕するシュバルツに、俺はニヤリと笑って「俺の計画」を説明してやった。
「むーん? 何だ、騒がしい」
部屋の外から聞こえてくる喧噪に、イーデン男爵は酒の満たされたグラスを置いて顔をしかめる。豪華な調度品に囲まれ、昼間から仕事もせずに酒を楽しめるのは、正しく貴族の特権だ。
「おい、誰か! 誰かいないか!」
テーブルの上に置かれたベルを、男爵がチリチリと鳴らす。だが普段ならすぐにやってくるはずの使用人が、今日に限って待てど暮らせど現れない。最後は苛立ちと共にベルを床に叩きつけてやったが、ギィンと大きな音が響いてすら、扉を開けて入ってくる者はいなかった。
「何故誰も来ない!? くそっ、使用人に甘くし過ぎたか? これは厳しくしつけねばならんな」
実際には、男爵が使用人に甘かったことなど一度もない。支払う給料は相場よりも三割安く、特に下働きのメイドに至っては容姿と若さだけで選んでいるため貴族家で働けるほどの能力はなく、男爵は常に叱責していた。
ならば何故そんな者ばかりを雇っているかと言えば、そうしてひれ伏す使用人の姿を見ることで、性的なものとはまた違う恍惚感を得ているからだ。泣きながら土下座するメイドの頭を踏みつけることを想像した男爵はペロリと舌を舐めあげたが、今はそれより自分の呼びつけに誰も応じないことの方が問題だ。
「誰でもいい! 誰かいないのか! ジュテル! ジュテルは何処だ!」
父の代から仕えている執事……忠義ではなく、この家でなら横領をしやすいからだが……の名を、男爵が大声で呼ぶ。だがそれすらも反応がなく……そこで初めて、男爵は屋敷の中に何か異変が起きているのではないかと考えた。
「正面口の方が騒がしいのか? ひょっとして間抜けな民が、下らぬ抗議でもしているのか?」
税を下げて欲しいとか、労働環境を見直して欲しいなどという我が儘な贅沢を、ごく稀にだが陳情しに来る民というのは存在する。だがそんな身の程知らずはたたき出して終わりだ。なのに時間がかかっているということは……
「ひょっとして人数がいるのか? まさか反乱!? いや、そんなことできるはずが……」
男爵という家格は、貴族の中では木っ端だ。が、港という商業の要所を抱えるこの領は、一般的な男爵家よりもずっと収入が多く、貧乏な子爵家よりも勝ることすらあるくらいだ。
なので、この屋敷には相応の数の警備兵が配属されている。数十程度の一般人なら、例え武器を手にしていても十分に対処できるはずであった。無論何百何千という規模なら別だが、流石にその人数が蜂起する予兆は見逃さない。
ならばこそ、イーデン男爵は考える。一体何があったのか? 様子を見に行くべきか? それとも万が一を考え、財産を纏めて逃げる準備をするべきか?
とりあえず部屋に戻り、窓から庭の様子でも見てみようかと思ったところで……
「へーい、お前がイーデン男爵か?」
「なっ!? だ、誰だ貴様は!?」
「俺か? 俺はエッダ! 大魔王エッダ様だ!」
廊下の角から姿を現したのは、挑発的な笑みを浮かべる若い女であった。




