全てを救えるはずがないが、最初から諦めるのは違う気がする
混乱する村人達は、「病で朦朧としていたところを勇者の力で助けた」というかなり強引かつざっくりとした説明で、半ば無理矢理納得させた。多くの者が腑に落ちないという顔をしてはいたが、実際伝染病……というか呪いは抜けて健康になっていたわけなので、勇者の不興を買ってまで突っ込む度胸はなかったらしい。
そのほかに、仕事で村にいなかった人々を俺の「失せ物狂いの羅針盤」で探し出して保護したり、本来の元凶である祠の中にあった像をきちんと終わらせてから、俺達は村を後にした。ずっと居心地が悪そうに引きつり笑いを浮かべていたシュバルツも、ようやくにして落ち着きを取り戻す。
「疲れた。本当に疲れた。自分のものではない功績を称えられるのが、こうも辛いものだったとはな……」
「はっはっは、いい経験だったではないか」
「クッ、他人事だと思って……」
シュバルツが忌々しげにこちらを睨んできたが、すぐに前を向いてしまう。若干足取りが荒いのが、せめてもの抵抗といったところだろう。
まあ、それはいい。シュバルツが不機嫌になったことなど、もう一つの問題からすれば些細なことだ。そしてそれに気づいているティアが、今回もそっと俺の手を握ってくる。
『ねえ、エド? 神様の力がああいう形で現れたって事は……』
『……多分、この世界の裏は、もう壊されちまったんだと思う』
『そう、よね……』
俺の語る推測に、ティアがしょんぼりと耳を垂れ下がらせる。俺が世界を二重にしてしまってからは、神の欠片は一貫して俺ではなく世界を壊すことを優先してきていた。だが今回は以前のように俺を狙った……つまり、世界は増える前の状態に戻りつつあるということだ。
だが、それはやむを得ないことでもある。神の欠片がどれだけあるのかわからねーが、これまで散々倒してきたのだから、複数あるのは確実だろう。
対して俺の体は、当然ながら一つしかない。一つ一つ異世界を巡り、そこの問題を解決しては追放されてを繰り返しているのだから、複数の欠片で同時に世界を攻撃されれば、その全てを防げるはずがない。
そして一つ前の世界では、実際に世界がほぼ壊れていた。いや、それ以前の世界だって、その世界の魔王が上手く立ち回っていなければ、とっくに世界が失われていたことだろう。
世界にとって異物たる、俺の力の欠片……魔王が抗うことでしか世界の崩壊を止められないってのは、何とも皮肉な話だ。
『ま、終わっちまったことは仕方ねーさ。仕方ねーと、割り切るしかない』
俺は終焉の魔王であって、天地創造の神ではない。目の前の災厄を終わらせることはできても、既に壊れてしまった世界を蘇らせたりすることは無理なのだ。何かを失う度に同じ事を考えるより、さっさと割り切ってしまった方が楽なんだろうが……
「ティア?」
繋いでいた手を離し、ティアが自分の胸の前で組む。儚く切ない祈りの所作は、悲しく寂しく、だが温かい。
「……せめてこのくらいはしておこうかなって。所詮は自己満足だってことはわかってるけど」
「……いいさ。自分が満足できるなら、それで十分だろ」
死者は何も思わないし、語らない。祈りも手向けも、全ては今を生きる者が、明日を生き続けるために行うのだ。俺がティアの頭を撫でると、ティアは小さく微笑んでから、タタタッとシュバルツの方に駆け寄っていった。
「ねえシュバルツ? 次の目的地はどんなところなの?」
「ん? ああ、次は……そうですね。イーデンの町に行こうと思っています。カルメイラ王国の端にある町ですが、どうもそこの領主が、権力を振りかざして横暴な統治をしているとのことで……」
「へー……一つ聞いてもいい?」
「何でしょう? ティアさんの質問なら、何でもお答えしますよ?」
「じゃあ遠慮なく。それって勇者の仕事なの? 領主の人が悪いことをしてるなら、それを取り締まるのってその……カルメイラ? って国の役人さんなんじゃない?」
「はは、それは勿論、そうですね。普通なら」
ティアの問いに、シュバルツが苦笑を浮かべる。確かに魔王軍に占領されたとかならともかく、圧政を敷いている貴族の処罰が勇者の仕事というのは、ちょっとずれている感じがしなくもない。
「さっきの村はね、わかったのよ。強い人なら罹らない伝染病ってことなら、人間の中で一番強いはずの勇者が行って現状を確かめるっていうのは、確かに悪い手じゃないわ。だって本来なら決死で集めなきゃならない情報を、安全に調べられるんだから。
でも、政治に関わるのはどうなのかなって……あー、それともシュバルツって、何処かの国の王族だったりするのかしら?」
アレクシスは大国の王子だったので、自国の貴族が関わるような案件であれば出向くことがあった。が、それは勇者としてではなく、あくまで王族としてだ。なのでシュバルツもそうなのかという当然の疑問に、しかしシュバルツは更に苦笑を深める。
「まさか! 確かに私は城勤めの騎士ではありましたが、貴族……ましてや王族などではありません。それに勇者が政治に関わるべきではないというのも、理解できます。ですが……」
シュバルツの表情が、グッと引き締まる。それは何処か危うく、だが眩しい、理想に燃える勇者の顔。
「困っている者がいるのです。ならば私は、それを見過ごすことはできない。何もせずに『あれは自分のやるべきことではない』などと、勝手に諦めたくはないのですよ」
「ふむ。立派な心がけではあるが……そのせいで自分に向かぬこと、どうにもできないことに拘り合って、その結果魔王を倒すのが遅れるようでは本末転倒ではないか?」
「ぐぅっ、魔王……!?」
「もーっ、またエドはそういう! でも、そうね。エドの言うことも間違ってはいないと思うわよ?」
「ティアさんまで!? ……まあ、はい。多少の自覚はあります。ですがこれが私の目指す勇者の形なのです。いい歳をして夢を見るな、もっと現実を見ろと言う者もおりますが、目の前で起きている悲劇が目を反らすべき現実だというのなら、救うべき現実とは何なのでしょう? 私は……逃げたくないのです」
「そうか。まあ、別にいいのではないか?」
「……何だと?」
シュバルツが話しかけていたのはティアになんだろうが、横からそう告げた俺に、シュバルツがジロリとこちらを睨んでくる。
「どういうつもりだ? 貴様が私を肯定するなど……はっ!? まさか私の精神を堕落させ、勇者として貶めるつもりなのか!?」
「我がそう言ったのならともかく、何故自分の考えを肯定されてそうなるのだ!? 勇者シュバルツよ、お前本当に、もうちょっとこう……考えた方がいいぞ?」
「ぐぅぅ、城の中では誰にも認められなかった私の考えを、まさか魔王に認められるとは……っ!」
不満そうに顔を背け、シュバルツが再びノシノシと歩き出す。その様子に俺は思わず肩をすくめてみたのだが……
「…………だが、まあ、あれだ。貴様が私の考えを認めてくれたことだけは、しっかりと覚えておこう」
聞こえるか聞こえないか、ギリギリくらいの声でそう呟かれ、俺とティアは顔を見合わせ笑ってしまう。
「フフッ。シュバルツって、不器用な勇者様なのね」
「面倒臭いの間違いだろ?」
「もーっ、またエドは! 今はまだ、やりたいことにできることが追いついてないみたいだけど……それが釣り合うようになったら、シュバルツはいい勇者になると思わない?」
「なら、そこまで引っ張り上げるのが大魔王の役目か? そいつは責任重大だな」
勇者の前に道はなく、人々はその後を着いていくのみ。だが俺は勇者の前に立ちはだかった大魔王だ。俺を倒すために向かってくるというのなら、その道程に精々いい感じの試練を用意してやろう。
この世界に来て、まだ一月。俺達の旅は始まったばかりなのだから。




