鵜呑みにされるのも無視されるのも、同じくらいに困ってしまう
「魔王ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
自分を押さえ込んでいた……実際にはとっくに俺によって無力化されていた村人をはね除け、シュバルツが俺に裂帛の気合いを込めて斬りかかって来た。その一撃は初めて会った時のそれとは比較にならないほど鋭く、もしあの時この打ち込みをされていれば、俺の持つ剣はあっさりとへし折られていたことだろう。
が、俺が今手にしているのはなまくらではなく、師匠の鍛えた「夜明けの剣」だ。ガチンという高い音を立て、勇者の剣を真っ正面から受け止める。
「何のつもりだ、勇者よ?」
「私が……私が間違っていた! 貴様は間違いなく魔王だ! 人に世に悪意と絶望を振りまく、邪悪な存在だ!」
「……それはつまり、我の対応が気に入らなかったということか?」
「そうだ! あんな、幼い子供まで……っ!」
ガキン、ガキンと、とんでもなく重い一撃を受け止めながら、俺は勇者の声を聞く。怒りを漲らせる勇者の顔は、しかし何処か悲しげにも見える。
「ほんの一週間ほどの付き合いだが……ティアさんがあれほど信じる貴様なら、話が通じるのではないかと思ってしまった! ひょっとしたら、魔王とでもわかり合えるのかも知れないと、あり得ぬ夢を見てしまった!
だが、もう終わりだ! 人の心を理解できぬ貴様に、人の未来を預けられるはずがない! 私の命をかけてでも……ここで貴様を討ち果たす!」
「お前が言っていることは、あの村人達と変わらぬぞ? というか、これで駄目ならお前はどうしたかったのだ? 何もできずに地に伏せていたお前が!」
「それは……それでも……っ! 私の力が及ばずとも、貴様ならできただろう! 村人達を取り押さえ、狂乱の元を取り除くことが!」
「ああ、できたな」
「だったら――っ」
「ハァ……勇者よ。そんなお前に、一つ助言をしてやろう」
「今更何を――」
「誰が何を為したかは……その『終わり』を見届けてから判断するべきだ」
「見届け……?」
「エドー、村の人達、並べ終わったわよー?」
シュバルツの剣を振るう腕が止まったところで、ちょうどよくティアが声をかけてきた。振り向いてみれば、道路に沿う形で村人達が横たえられている。
「おお、終わったか。どうだ? 怪我などはなかったか?」
「見た限りだと、ちょっと擦り傷がある人がいたくらいかしら? 一応軽く傷口を水で洗っておいたけど」
「うむ、それで十分だろう」
「てぃ、ティアさん? それは一体、何を……? 何故村人達を並べているのですか?」
「へ? だって並べてないと、踏んじゃったら大変でしょ?」
「それは……遺体を傷つけないで埋葬するために、でしょうか?」
「埋葬!? え、この人達埋めるの!? 何で!?」
「何でって……死んでいるのでは?」
「そんなわけないじゃない! ねえエド、死んでないわよね?」
「無論だ。殺してなどいないからな」
「へぁ…………?」
カクンと、シュバルツがその場に膝を折る。そのままズリズリと村人の方に近寄っていくと、ちょうどそこにいた村長の首筋にそっと手を当てた。
「脈がある……本当に生きている……!? な、何故だ!?」
「何故? 我はちゃんと『案ずるな、単に無力化しただけだ』と言ったではないか!」
何十人もの村人に力を分散していたせいか、エウラリアなどに比べれば、村人達一人当たりに宿った神の力はかなり微弱なものだった。それでも以前の俺ならばどうしようもなかっただろうが、「終わりの力」をある程度自在に操れるようになった「一つ上」の俺であれば、このくらいの芸当は十分に可能だ。
「それは……確かに…………ならば何故殺さなかった? 配慮はしないと言っていたのに、どうして手間をかけてまで殺さない方法を選んだのだ!?」
「それはまあ……我の都合というか、気分か? 殺すほどの強者でもなく、殺すほどの理由もなく……ならばわざわざ殺さずともいいだろう?
それと配慮しないと言ったのは、完全に無傷に拘ったりしないということだ。確かに勇者の立場であれば一般人を傷つけるわけにはいかんのだろうが、大魔王である我には関係ないからな」
「無傷……? ああ、確かに擦り傷はあったと…………ということは……」
「う、うぅん…………?」
「あ、起きた。おはよう村長さん。体の調子は平気?」
「ありゃ? 貴方はどちら様で……あれ? ワシは一体……?」
ティアに声をかけられ、目覚めた村長が戸惑いの表情を浮かべる。するとそこにすかさずシュバルツが近づいていって村長の肩を掴む。
「村長殿!」
「貴方は……勇者様!? 何故こんなところに……いや、そもそも何故ワシはこんな……なっ、村の皆が!? これはどういうことなのですか!?」
「……その説明はすぐにするが、その前に教えてくれ。村長殿は、さっきのことを覚えているのか?」
「さっき? さっきというのは、一体いつの……? うぅ、何だか頭にもやがかかったようで……おかしいのぅ、まさかボケがはじまったんじゃろうか?」
「つまり、何も覚えていなくて……でも元気ということですか?」
「そう、ですな。ちょっと体が痛い気はしますが、特に体調が悪いということは……いや待て、そう言えば村が伝染病に……はっ!? い、いけません勇者様! すぐにここを離れませんと、病気が移ってしまいますぞ!」
「いや、それは……それはもう、平気なんだ。そうだろう、エンド?」
「そうだな。その病の原因は、森の奥の祠にあった像から漏れ出す呪いだ。そしてその呪いも、もう消え去っている。実際辛くも苦しくもないだろう?」
「言われてみれば……本当に、一体何が……?」
困惑したままキョロキョロと周囲を見回す村長の横では、次々と他の村人達も目を覚ましていった。当然最後に倒れた幼い少女も、目を覚ました母親に元気いっぱいで抱きついている。
「伝染病は駆逐され、村人には犠牲もなく……ははは、つまり道化は私だけか」
全ての気力が抜け落ちてしまったかのように、シュバルツが力なく笑う。故に俺はシュバルツの傍らに立ち、座り込む勇者を見下ろしながら言う。
「そうだな。お前は無力であり、短慮であった。これを機に、もう少し人の話はよく聞くようにすべきだと思うぞ?」
「…………ああ、全くその通りだ。いやしかし、魔王の言うことを素直に信じるのも、それはそれで勇者としてどうなんだという気がするんだが」
「それを我に言われてもな。確かに我の言葉を完全に鵜呑みにされては、我としても思うところがないわけではないが」
出会って半月程度の大魔王に全幅の信頼を置く勇者とか、人の話を聞かない勇者の一〇〇倍くらいヤバいだろう。そういう意味では、シュバルツにはまだ救いようがある。
というか、こんなに話を聞かない奴だという記憶はなかったんだが……やっぱり大魔王設定のせいか? どうもいい具合の見極めが難しいな。
「……まあ、あれだ。確かに我も、もう少しわかりやすい感じで伝えた方がよかったのかも知れん。故に勇者よ、ここはお互い様だったということで納得せぬか?」
「……それでいいのか? この村を救ったのは、事実上魔王……エンドだろう?」
「我は別に、功績など欲しくないからな。不満に思うなら、押しつけられた名声に見合うだけの実績を、これから積み重ねるがいい。そうして力をつけていけば、いずれは我の魔王討伐に着いてくることもできるようになるだろう。それまでは仕方がないので、我がみっちり鍛えてやる」
「は、ははは……まさか勇者の私が、魔王にそんなことを言われる日が来るとはな……」
「言ったであろう? 大魔王からは逃げられない、と。お前の安寧は前にしかない。我から解放されたければ、精々頑張って我の足手まといにならない程度の実力を身につけよ」
「いいだろう。すぐに強くなって、貴様の力など借りずとも魔王を倒せるようになって……そして貴様をこの世界から追い出してやる」
「フッフッフ、それはそれは、楽しみだ」
やる気を取り戻した勇者の顔に、俺もニヤリと笑って答える。神の欠片の関与という不測の事態を乗り越えることで、大魔王と勇者の間にはほんのわずかに信頼の芽が伸びていった。




