何をすべきかわかっていれば、優先順位を間違えることはない
とまあ、そんな賑やかな日々を過ごしつつも、俺達の旅は順調に進んでいった。世間的にはシュバルツの率いる勇者パーティであり、その実俺が率いる大魔王パーティは特に問題もなく最初の目的地であるツーソン村に辿り着いたのだが……
「え……?」
「……おい、勇者よ。これは一体どういうことだ?」
辿り着いた村では、村人達が普通に生活をしていた。森に囲まれた小さな村なので都会のように活気に溢れているわけではないが、少なくとも伝染病が流行っているようには思えない。
「エド、これって……?」
「むぅ……」
その様子にシュバルツは戸惑いの表情を浮かべていたが、それは俺達の方も同じだ。「この村が伝染病に見せかけた呪いに冒されている」というのは俺がこの世界にやってくる前に確定している事項のはずなので、これがずれているのはかなりおかしい。
(何だこりゃ? 何の影響で呪いがなくなった?)
「おお! そこにおられるのは、ひょっとして勇者様ではありませんか!?」
原因を考えようとしたところで、俺達の前に一人の老人がやってくる。それは一周目にも見たことのある人物だが、浮かべている表情には雲泥の差がある。
「確かに私は勇者シュバルツですが……貴方は?」
「これは申し遅れました。ワシはこのツーソン村の村長でございます。いやはや、まさかこのような辺鄙な場所に、勇者様がおいでいただけるとは、感無量でございます」
「村長? そういうことなら尋ねたいことがあるのだけれど……」
「はい、何でしょう?」
「実はこの村で、伝染病が流行っているという話を聞いたのだ。それでその問題を解決するために、私達はやってきたのだが……」
「伝染病……?」
一周目の時は土気色の肌をして、倒れそうになりながら「どうか村人を救って欲しい」と縋ってきた村長は、しかしシュバルツの問いに首を傾げ……そして小さく笑い出す。
「ホッホッホ、それは一体何のご冗談でしょうか? ほれ、村民は皆、健康そのものですぞ? おーい、皆! ちょっときてくれ!」
「何ですか村長?」
「そんちょーさん、なにー?」
「あれ、その人どっかで見たことあるような……?」
「皆、この方は勇者シュバルツ様じゃ! どうでしょう勇者様? 仕事に出ている者もいるので全員ではありませんが、我らが病に冒されているようにお見えになりますかな?」
「いや……見えないな……」
村長も含め、集まった村人達は全員肌つやもよく、何処からどう見ても健康そのものだ。だがそれだと、どうしても辻褄の合わないことが一つだけある。
「ふむ、ちょっといいか?」
「まお……いや、エンド?」
突然俺に肩を叩かれ、シュバルツが驚きの声をあげた。だが俺はそれに構わず話を続ける。
「なあ勇者よ、お前がここに来たのは、この村が伝染病に冒されていると聞いたからで間違いないな?」
「ああ、そうだ」
「ならば大分おかしいな? 貴様がもたもたしている間に病が完治してしまったというのなら、まだわかる。だが村長は、伝染病の話そのものを知らないと言った。
なら、最初の情報……この村が伝染病に冒されたという話は、一体何処から出たのだ?」
「それは……まさか勇者であるこの私を、誰かが騙したのか?」
「その可能性もあるが……村長殿よ、一つ問う」
「……何でございましょう?」
「森の奥にある祠……そこにあるはずの呪いの像に、何かしたか?」
「呪い、ですか…………」
俺の問いに、村長が不意に顔を伏せる。いや、村長だけではない。その場に集まった全ての村人から表情が消え、ただジッとこちらを……俺の方を見つめてくる。
「呪いとは酷いですな。あれは神の奇跡を宿す神像ですぞ? ええ、そうですとも。不治の病に冒され死にゆくはずだった我らを、神はお見捨てにならなかった! その偉大なるお力で、我らを救ってくださったのです!」
「村長!? 一体どうしたのだ!?」
急変した空気についていけず、シュバルツが戸惑いの声をあげる。だが俺は油断なく腰を落とし、不測の……いや、予想される未来に対して備える。
「神は我らにおっしゃった! この尊き力によって邪悪なる魔王を討てと! 故に我らは神の使徒! この世界に平穏をもたらすことこそ我らの使命!」
「そ、そうか。うむ、それはとても素晴らしいことだと思うが、そういう荒事は勇者である私に任せてくれれば――」
「神の名の下に朽ち果てよ! さあ皆、邪悪なる魔王を滅ぼすのだ!」
「「「オーッ!」」」
「なっ!?」
「やっぱりか!」
その目を白くギラつかせながら、村人達が一斉に俺に向かって襲いかかってくる。だが俺はそれを素早くかわし、背後に下がって距離を取る。
この村には呪いがかかっていた。だが呪いはなかったと村人は言う。ならば呪いは何処にいった? その答えは……呪いを呪いで上書きしたのだ!
「くっそ、今回はこういう感じか! ティア、こいつら眠らせたりできるか!?」
「ごめん、無理! こんなに興奮してる相手には効果ないわ!」
一般人とは思えない身体能力で俺を捕まえようとする村人から、俺は必死に逃げていく。追放スキルを使えば捕まったところでどうにでもなるとは思うのだが、相手が「神の欠片」から力を与えられた存在となると、こっちの力を無力化してくることも考えられる。
ならばこそひょいひょいよけ続けながらティアに頼んだのだが、どうやら都合のいい無力化は難しいらしい。
「お、おい皆! やめるんだ! 確かにそいつは大魔王を名乗る不届きな男だが、この世界を脅かしている魔王とは別人……別魔王? なんだ!」
「何を寝ぼけたことを! 魔王に違いなどあるはずがないでしょう! 邪魔をするというのなら、たとえ勇者だろうと排除するのみ!」
「何だと!? うぉぉぉぉ!?!?!?」
村人の一部が、シュバルツの方にも押し寄せていく。無論シュバルツが本気を出せば、如何に神の力で強化された村人だろうとあっという間になぎ倒せるだろうが、相手が一般人であるだけにシュバルツはどうしていいかわからず、とりあえずは必死に手で押しのけている。
「ええい、埒があかん! 皆、武器を手に取れ! 鍬を振るい、鎌を刺し、石を投げて魔王とその仲間を倒すのだ!」
「馬鹿な!? やめろ、やめるんだ!」
「ちょっ、待って!? エド、どうするの!?」
刃物や鈍器、投石までされては、流石に耐え続けるのが難しい。シュバルツはやむなく剣を抜いて鍬や鎌を受け止め、ティアは投げつけられる石を風の精霊魔法で弾き飛ばしていく。
しかしそれにも限界がある。村人達が顕在である限り攻撃がやむことはないわけで……ならば大魔王であろう俺が選ぶ対処法は、これしかない。
「フッ!」
「カハッ……………………」
黒い闇を纏わせた剣を振るうと、目の前の村人が息を吐いて地面に倒れる。直接斬ったわけではないのでその体には傷一つないが……同時にその体はピクリとも動かなくなる。
「魔王!? 貴様まさか――っ」
「案ずるな。単に無力化しただけだ。こうしなければいずれ押し負けてしまうからな」
「ふざけるな! 自分が助かるために、罪もない村人を傷つけるなど、勇者のすることではない!」
「……? 確かにそうかも知れぬが、生憎と我は大魔王だ。自分を殺そうとする相手に、そこまで配慮してやるつもりはない」
一振り、更にもう一振り。迫ってくる村人が倒れていき、足下に物言わぬ体が増えていく。
「やめろ! やめてくれ! 村人達よ! 魔王も……頼むからやめてくれ!」
動揺のせいで力を出せず、村人に押し倒されている勇者シュバルツの悲痛な叫びは、しかし誰にも届かない。神の力に浮かされた村人達の恐慌はとまらず、俺も剣を振ることをやめない。
「おかあさん! おかあさん! まおうめ……おまえなんてしんじゃえー!」
動かなくなった母の体を揺すっていた幼い娘が、俺に向かって果物を剥くときに使うような、小さな刃物を手に向かってくる。そうか、向かってくるのなら……
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「……終わりだ」
「おかあ……さん……………………」
シュバルツが絶叫する目の前で、少女がパタンと倒れ伏す。その最後の一振りを以て、俺は全ての敵対勢力の無力化作業を終わらせた。




