縛り付けるつもりはないが、寂しい気持ちは否めない
そうして食事を終えると、俺達は普通に町を出た。入るときは色々と面倒だった……何せ気絶した勇者パーティを運び入れたので……わけだが、今はちゃんと意識のあるシュバルツがいるので、出るのは簡単だ。朝の清廉な空気に気持ちよく街道を歩いていると、ティアが改めてシュバルツに話しかける。
「それで、シュバルツ。さっきは具体的な事を聞きそびれちゃったけど、実際には何処に向かって何をする予定なの?」
「まずはこのままギミルの町に行き、そこからツーソンという村を目指す予定です」
「へー。その村に何かあるの?」
「はい。実は少し前から、ツーソンでは謎の伝染病が流行っているとのことで……」
「伝染病!?」
難しい顔つきになったシュバルツの言葉に、ティアが驚きの声をあげる。すぐに辛そうに顔を歪め、しかし次の瞬間には大きく首を傾げる。
「それは……凄く大変だと思うし何とかしたいと思うけど、それって私達が行っても大丈夫なものなの? 伝染病なんでしょ?」
勇者パーティとは、魔王を倒すために世界中を跳びまわるものだ。だがそんな人物がたちの悪い伝染病にかかったりしたら、それこそ世界中に病が広まってしまう。
そんな当然の懸念を口にするティアに、しかしシュバルツは少しだけ表情を緩めて答える。
「それは大丈夫です。どうもその伝染病は、ある程度力の弱い者しか罹患しないようで。私は勿論……不本意ながら、そこの魔王も罹患することはないでしょう。ただティアさんだけは、念のため少し離れたところで待っていてもらった方がいいかも知れませんが……」
「それは……どう思うエド?」
「ん? ああ、ティアなら問題ない。ダークホワイトエルフが人間如きの病を患うことなどないし、我の力で守ってもいるからな」
「……そうか」
俺の答えに、シュバルツが安堵と苛立ちの両方を織り交ぜたような声で言う。それ以上は何を言うことなくシュバルツがこちらに背を向けると、代わりにティアがそっと俺の手を握ってきた。
『それでエド、本当に平気なの?』
『ん? ああ、平気だよ。一周目と同じなら、あれ伝染病じゃなくて呪いだしな』
『呪い!?』
ハッとしたティアが、慌てて口元を押さえつつ俺の方を見てくる。
『呪いって、どういうこと?』
『どうもこうも、そのままだよ。村から少し離れたところに変な像があって、それが呪いを生み出してるんだ。なんでまあ、そいつを壊せば終了だな』
『そうなんだ。ならそれをシュバルツに教えてあげたら――』
『いや、そりゃ駄目だろ』
教えるのは簡単だが、まず信じてもらえないだろう。仮に信じてもらえたとしても、「何故そんなことを知ってるんだ!?」と突っかかられるのが目に見えている。「大魔王パワーだ」でゴリ押すことはできるが、やればやるほどシュバルツとの関係改善が遠くなる諸刃の剣なので、不必要に乱発はしたくないしな。
『死人が出るまでは日数的に余裕もあるし、まずは正攻法で情報収集とかをさせよう。せっかく会話が成り立つ程度に関係を維持できたんだから、シュバルツを「俺達が元の世界に帰るための道具」にはしたくねーしな』
『それはそうね……何だ、やっぱりエドは、シュバルツのこと気にしてるのね?』
『そりゃあまあ、なぁ』
一周目では、俺は普通にシュバルツと旅をしている。そして今回も、本来なら仲間になるつもりだった。やむなく大魔王という立場を選んだから対立するような態度をとっているが、俺個人としてはシュバルツに思うことなど何もないのだ。
『こういう関係になったとしても、シュバルツがいい感じに勇者として成長し、魔王を倒す未来に繋げる方法はあるはずだ。それができりゃ、最初の失敗なんて帳消しにして有り余るだろ?』
『フフッ、そうね。なら二人で頑張りましょ?』
『……ああ』
ごく自然に「二人で頑張ろう」と言ってくれるティアに、俺は思わず顔がほころぶ。が、そんな俺の気分を真っ正面から粉砕するように、振り向いたシュバルツが声をかけてくる。
「おい魔王、今すぐその薄汚い手を離してティアさんを解放しろ! ティアさん、もしよければ私とも少しお話ししてくださいませんか?」
「へ? いいわよ。じゃあエド、またね」
「……ああ、行ってこい」
離れていくティアを見送り、俺は二人の背を見つめるようにして歩く。
「その、ティアさん。今朝はああ言いましたが、やはりティアさんのことをもっと詳しく教えていただけませんか? 私と同じ髪と目の色をしたティアさんは、どうにも他人と思えないのです」
「そう? 別にそれほど珍しい色じゃないと思うけど……」
「そんなことはありませんよ。魔王を討つ使命を神に与えられた勇者である私と、魔王に囚われたティアさんが同じような容姿をしているのは、きっと運命です。互いのことを深く知り合えば、よりよい未来も見えてくるのではないかと……」
「う、うーん……まあいいけど、じゃあ種族のこと以外ね? あれは……ほら、本当にちょっと……アレだから」
「ははは、わかりました。それを話してもらえるくらいティアさんから信頼されるまで、いつまでもお待ちしますよ。ではまず私のことから――」
(おーおー、楽しそうだなぁ)
笑顔で会話する二人の姿に、俺は強い危機感を……覚えたりはしない。というか、容姿にしろ性格にしろ人好きのするティアなので、その隣で誰かが笑顔で話しているというのは珍しくもなんともない光景なのだ。
それに、シュバルツの言い分ではないが、ずっと俺だけにティアを縛り付けているというのは確かによくない。せっかく色んな世界を巡るのだから、普通なら見られないものを見て、出会えない人達と出会い、様々な経験と思い出を積み重ねるのは、間違いなくティアの人生にとってプラスになるだろう。
(いつか…………)
と、そこでふと思う。ずっと一緒にいてくれるというティアの言葉を疑うつもりなどこれっぽっちもないが、じゃあもしティアが違う道を歩くことを心から願ったならば……俺はティアを送り出すことができるだろうか?
色んな力を取り込んで「一つ上」の存在に……人ではないモノになった俺ではなく、同じ人である誰かと何処かに行くことを望んだならば。いつか来るかも知れないその日を、俺は――
「エド!」
「ん? ああ、何だ?」
名を呼ばれ、俺は意識を現実に戻す。するとティアはともかく、シュバルツが少し離れた位置にいて……どうやら知らず足が遅れていたようだ。
「何だじゃないわよ! ちゃんと遅れずについてこなきゃ駄目でしょ?」
「はは、そうだな。すまん」
「いいわよ別に。私の方がお姉さんなんだから!」
「うわ、それ久しぶりに聞いたな……」
「ハッ、随分と悠長なことだな? そのまま遅れ続けて、私の目の前から消えてくれてもいいんだぞ?」
「ほぅ? 勇者よ、お前何故自分が我と一緒にいるのか、その理由をもう忘れたのか? お前が自力で魔王を倒せないから、我が倒すところを見せてやるためなのだぞ?」
「うぐっ!? そ、それは…………」
「ほら、またそういう風に! もーっ、しょうがないんだから」
ペシッと、ティアの手が俺の額を叩く。別に痛くも痒くもないが、ティアの手が触れたところが少しだけ熱い。
「エドは大魔王なんだから、もっと悠然としてなきゃ駄目でしょ? ほら、行きましょ」
差し出された手を、俺は何の疑問も抱かず握る。互いの未来が何処に繋がっているとしても、今この瞬間、ティアは俺を引っ張ってくれる。
それでいい、それで十分。それで満足しておくべきなんだろうが……
「なあティア。シュバルツと何を話してたんだ?」
シュバルツには聞こえない程度の小声で、俺はティアにそう問うてみる。本当に聞かれたくないなら「二人だけの秘密」を使うべきなんだろうが……何となく。そう、本当に何となく、こっそり話をしたい気分だったのだ。
「え? 別に特別な事は話してないけど……何? 気になるの?」
「……まあ、ちょっとだけな」
「ちょっとだけ? 本当に? うりうり」
「チッ、いいだろ!」
「はいはい。それじゃ後でゆっくり教えてあげるわね」
ニヤニヤ笑いながら人の頬を突いてくるティアから顔を背けると、そう言ってティアが一歩前に出て……だが俺と同じ速度で歩き出す。するとすぐにシュバルツに追いつき……
「待たせたな、勇者よ」
「全くだ。さあ、急ぐぞ。今も病に苦しんでいる人々が、私の到着を待っているのだからな!」
そうやって張り切るシュバルツと共に、俺達は全員が同じ速度で歩いていくのだった。




