たとえ気に入らない相手だろうと、意見が重なることはある
「……悪い夢ではなかったのか」
明けて翌日。宿の一階で朝食を食べていた俺とティアを見て、シュバルツが頭を抱える。
「おお、起きたか勇者よ……その第一声は些か失礼ではないか?」
「何故勇者である私が、大魔王である貴様に礼節を払うと思うのだ?」
「……まあ、それはそうだな」
「ほら、こっち来て! 一緒に食べましょ?」
なし崩し的に仲間になった……というか仲間にしたが、別に俺とシュバルツの関係が改善されたわけではない。なのでシュバルツの敵愾心は以前として俺に向けられているわけだが、それでもティアに笑顔で手招きされると、不承不承ながらも俺達と同じテーブルについた。
「あー、貴方は……えっと、ティアさん、でしたか?」
「そうよ。おはよう、シュバルツさん」
「ああ、おはよう……私のことはシュバルツで構いませんよ」
「あらそう? なら私もティアでいいわ」
「いえ、貴方のような女性を呼び捨ては失礼でしょう。私の方はティアさんと呼ばせていただきます。それで――」
「さあ、さっさと食事を始めるのだシュバルツよ! 我を待たせるなど言語道断だぞ?」
「誰が貴様に呼び捨てを許可した! 私のことはシュバルツ様と呼べ!」
「……本当にそう呼んで欲しいか?」
「…………まあ、シュバルツでいい」
しばし思案したシュバルツが、そういって渋い顔になった。その後は普通に食事をしながら、俺達は今後の話をしていく。
「それでシュバルツよ、この後はどうするのだ?」
「どう? どうって、貴様が魔王を倒すのだろう?」
「それはそうだが、いきなり魔王のところに行くわけにもいくまい。我だけならばそれでもいいが、今のお前を連れて行っても途中で死んでしまうだろうしな」
「……それは、私が弱くて足手まといだと?」
「我に手も足も出なかった勇者シュバルツが、自分の強さを誇るのか?」
「くっ……」
「エド……じゃない、エンド様! そんな意地悪なこと言ったら駄目よ!」
「ティア!? いや、これは大魔王的な威厳を出すには必要不可欠というか……」
「じーっ」
「…………わ、わかった。だが今の段階で勇者を魔王のところまで連れて行けないというのは事実だ」
「そう。ならとりあえずは普通に冒険しながら、シュバルツを強くするのが目標ってことになるのかしら?」
「そうだな。ということで勇者よ、お前には当初予定していたであろう勇者活動をこなしつつ強くなってもらう。異論はないな?」
「私の意思が全く反映されることなく、私の予定が埋まっていくことには異論しかないのだが……まあいいだろう。抵抗したところで同じだろうしな」
「うむうむ、いい心がけだ。これからもそういう殊勝な態度を維持するのだぞ?」
「エーンドー?」
「……………………」
ジロリと睨んでくるティアから、俺はそっと顔を逸らす。するとそんな俺達を見て、シュバルツが眉根を寄せながらティアに話しかけてきた。
「なあ、その……ティアさん? 貴方と大魔王とは、一体どういう関係なんだろうか?」
「へ? 私とエ……ンド……あー、もう面倒臭い! 私とエドの関係?」
「お、おいティア!?」
「いいじゃない、言いづらいんだから! ほら、大魔王エンドをエドって略して呼べるのは私だけってことで。で、私とエドの関係は……うーん、仲良し?」
「な、仲良し…………?」
小首を傾げながら言うティアに、シュバルツの眉根に寄った皺が深くなった。そのまま無言でスープを一口飲むと、更に質問を重ねてくる。
「そ、そうか。仲良しか……では、もし失礼でなければ、ティアさんの種族であるダークホワイトエルフというものについて、もう少し詳しく教えてもらってもいいだろうか? 不勉強で申し訳ないのだが、そのような種族は聞いたことがなくて……」
「あ、それ!? えーっと…………」
「勇者よ、それはこんな場所で気軽に聞いていいことではないぞ?」
困った顔で視線を宙に漂わせるティアを見て、俺は横から口を挟む。するとシュバルツがあからさまにこっちを睨んできたが、俺は気にせずパンを千切って口の中に放り込む。
「……それはつまり、貴様が関わっているということか? まさかとは思うが、こんないたいけな女性を洗脳しているのではないだろうな?」
「はっはっは、これは面白いことを言うな。我とティアの関係が、そんな薄っぺらいものに見えるか?」
「見えるに決まってるだろう? 私のパーティを一瞬で瓦解させるような恐怖を振りまく大魔王が、彼女のような純真無垢な存在に本気で懐かれていると? それを信じろと言う方が無理だとは思わないのか?」
「む…………」
正論を言われてしまうと、俺としても返す言葉がない。確かに立場が逆ならば、こんな素直なおとぼけエルフが恐怖の大魔王に懐くとは……いてぇ!?
「いてぇ!? 何するんだよティア!?」
テーブルの下で、ティアの蹴りが俺の臑に見事に命中する。見えてはいないはずなのに、何故こうも一番痛い部分を確実に狙えるのか……痛い。
「今何か、エドがとっても失礼なことを考えた気がしたの。それとシュバルツ。心配してくれるのはありがたいけど、私はちゃんと自分の意思でエドと一緒にいるから、大丈夫よ。ねー、エド?」
「いや、その同意を俺に求められても困るんだが……いや、あれだ! とにかくティアは我の魅力にメロメロなのだ! 貴様が邪推するようなことは何もない! 大魔王の名にかけて誓ってやろう!」
「……そうか。大魔王の誓いなど馬糞より価値がないが、ティアさんがそう言うのであれば、今は引き下がろう。
ですがティアさん。いつか貴方の目を、私が覚ましてみせます。なのでそれまでは、どうかこの魔王に染まることなく、健やかな貴方でいてください」
「馬糞ってお前……ってか一ミリも引き下がってねーし。何だおい、喧嘩売ってんのか? 我、大魔王ぞ? お前なんてひと捻りなんだぞ?」
「もーっ! 隙あらば喧嘩しようとしないの! それよりシュバルツ、食事が済んだら、その後はどうするの?」
「あ、はい。そうですね。保存食などの必要なものはそもそも準備済みなので、早速次の町に向かおうかと。仲間達が逃げなければ向かおうとしていた場所があるので……」
「そう。ねえエド、私達の方は?」
「問題ない。昨日のうちに買物は済ませてある」
大仰に頷きつつ、俺は「彷徨い人の宝物庫」から保存食を取りだしてみせる。今回は大魔王なので、追放スキルを隠す気は全くないし、その必要もない。そしてその現象に、シュバルツが過剰なまでに驚いてみせる。
「なっ!? 何だその黒い渦は!? 何故そこから保存食が出る!? いや、待て、買物!? 魔王が買物だと!? その金はどうしたんだ!? まさか罪もない一般市民を手にかけて奪ったのか!?」
「……もうツッコミどころが多すぎるので纏めて答えるが、大魔王たる我の力で別空間に色々なものをしまっておけるのだ。で、金はそこに大量に入っているし、換金できる貴金属などもある。誰からも奪っていないから安心しろ」
「そんな話信じられるか!」
「え、本当よ? 私も一緒に買物したんだし」
「そうですか。ティアさんがそう言うなら、信じましょう」
「……勇者よ、いくら何でも我とティアの扱いが違いすぎないか?」
「何を言ってるんだ魔王? 貴様とティアさんの扱いが同じわけないだろう? もしもティアさんが立っているのが私の隣だったなら、貴様は私とティアさんを同列に扱うのか?」
「馬鹿を言え、ティアは特別に決まってるだろう!」
「そうだ。つまり何の問題もない……だろう?」
「む……? そうだな。ティアが特別であること異論はない」
ティアは特別……ここにきて初めて、俺と勇者の意見が一致した。流石に握手まではしないが、バッチリ合った視線で頷き合う。
「えぇ? 何でそんなところでだけ通じ合うの!?」
「はは、それだけティアが魅力的ってことだろ?」
「そうですよ。ティアさんは素敵な女性だと思いますよ?」
「はうっ……も、もーっ! ほら、早く食べて、さっさと出発しましょ!」
耳の先まで赤くしたティアが、モジモジしながら凄い勢いでパンを囓り始める。そんなティアに遅れないよう、俺もまた手早く食事を済ませていった。




