当初の予定とは違ったけれど、結果が同じなので問題ありません
「はーっ、何とかなったか……」
とある小さな街の宿、勇者シュバルツの隣部屋。「少しでいいから、心の準備というか、整理をさせてくれ」というシュバルツの頼みを聞き届ける形でティアと一緒にそこに戻った俺は、室内にあった椅子に腰掛け、盛大にため息をついた。
「お疲れ様エド。上手くいってよかったわね?」
「ああ、本当によかった……ったく、何でこんなややこしいことになったんだかなぁ」
当初の予定では、軽くこっちの力を見せつけた上で「実は俺達も魔王を倒そうとしてるんだ」と明かし、立ち位置は違えど目的は同じということでなし崩し的に勇者パーティに合流する……というのを考えていた。
が、蓋を開けてみれば元の勇者パーティは瓦解し、何故か俺率いる大魔王パーティに勇者を突っ込むという結果になってしまった。ぬぅ、何故に?
「なあティア、何か俺の対応まずかったか?」
「うーん。強いて言うなら、勇者さんの仲間の二人を怖がらせ過ぎちゃったことじゃない?」
「あー、あれなぁ」
もし何もかも駄目になったときに別ルートで繋がる可能性を残すため、あの時ティアは少し離れたところに待機させていた。なのでこっちの状況は見ていたわけだが……なるほど、あれかぁ。
「いや、あれはなぁ……俺もあんなに怖がるとは思わなかったって言うか」
「あれって何をしたの? 黒い風? みたいなのは私の方にも来たけど、私は何も感じなかったから……」
「そりゃ俺のすることがティアを傷つけるわけねーだろ。あれは……あれだ。こう、魂を直接ひっかいた的な?」
「え、それ平気なの!?」
俺の言葉に、ティアがギョッとした表情をする。だがその反応こそ俺としては心外だ。
「平気平気。あんなの何でもねーよ。確かにほんのちょこっとだけ終わらせたけど、イメージ的には……こんな感じ?」
言って、俺は目の前のテーブルを軽く爪でひっかいてやる。が、当然その程度で木製のテーブルに見えるような傷が刻まれるはずもなく、指先でテーブルを擦ったティアが微妙な表情で首を傾げる。
「えっと……?」
「目をこらしたって見えねーし、触ったってわかんねーけど、それでもひっかいたってことは一応傷はついたんだよ。それと同じくらいってことだ。寿命が縮むことも力が弱くなることも、何なら一〇〇〇回死んで生まれ変わっても何の影響もないのは俺が保障する」
「えぇ……? それなのにあんなに怖がったの?」
「まあ、『魂に直接触れられる』なんて、普通に生きてりゃありえねーからなぁ。物理的な現象に無理矢理置き換えるなら、心臓を直接指で突かれた……かな?」
「えぇぇ……それはあのくらい怖がるわよ。だって喉元に刃物を突きつけられるより強烈に、逃れられない死を連想させられたってことじゃない。しかも逃げることも避けることも防ぐこともできない形で、一方的によ?」
「あーん? …………まあ、そうだな?」
「ハァ……エド、やりすぎ」
「いてっ」
呆れた顔をするティアが、俺の脳天にチョップを落としてくる。そうか、やりすぎか。いやでも魔王っぽい感じを出すとなると、あのくらいしかやりようが……ぐぬ。
「大魔王っぽい演技って、難しいんだな……」
「というか、そもそもなんで大魔王なの? あと何でエンド?」
「ん? ほら、前も言ったろ? 一般人枠で押しかけても、勇者側からしたら失礼な馬鹿ってだけで取り合ってもらえないだろうし、衛兵呼ばれたら終わりじゃん? でも大魔王ならそういう『人としてのしがらみ』を全部ぶっ飛ばして、無理矢理同行できるかなーって。
あと名前を変えたのは、何となくというか……エドだと迫力が足りねーかなって」
ぶっちゃけ、あの状況から勇者と強引に同行するなんてのは「善良な一般人」ではどうやっても無理なのだ。もしそれを強行するなら、それこそ何らかの事件を起こして、それの解決のために……という、要は逃げちまった二人の前に勇者パーティにいた格闘家姉妹みたいな状況を作り上げるしかない。
が、そこまで仕込むとなれば時間をかけて大きな事件を起こし、何より被害者を用意しなければならない。そんなことをするくらいなら俺自身が悪役になる方がよっぽど早くて簡単だろう。
「ちなみに、もし大魔王作戦が上手くいかなかった場合は、ティアを『世界樹の巫女』ってことにして、運命とか因果とか、そういう感じの小難しい理屈をこねくり回す予定だった」
「世界樹って……だから私の種族を『ダークホワイトエルフ』なんて訳の分からないやつにしたのね?」
「そういうこと。設定上は闇落ちしたダークエルフから生まれた光のエルフって感じだな」
「何それ!? っていうか、そもそもダークエルフって何? ひょっとしてダスクエルフのことだったら、あの人達はみんないい人よ? あ、それともこの世界にはそういうエルフがいるの?」
「ダークエルフはいるな。この世界だと一応魔王側の勢力って扱いだ」
ダスクエルフとは、ティアの世界にいた褐色肌のエルフ族のことだ。その肌色故に夕暮れと名付けられた彼らは男なら筋肉質に、女なら豊満な体つきになりやすいという特徴があるが、逆に言うとそれだけである。当たり前だが闇落ちしたりはしていないし、概ね陽気で気のいい奴らだ。
対してこの世界のダークエルフは、闇の魔力によってその肌が黒く変色したエルフ……らしい。らしいというのは、実際には見たことがないからだ。魔王軍の幹部だか暗殺者だかにいるらしいが、少なくとも一周目の俺がその姿を目にすることはなかった。
……という感じの説明をすると、ティアがフンフンと頷いてから自分の体をマジマジと見つめ直す。
「ふーん、闇の魔力……そういうのがあるのね。でも、あれ? それならダークホワイトじゃなくて、ダークライトエルフじゃないの? それかブラックホワイトエルフとか?」
「……そういう細かいことを言うなよ。それはほら、万が一実在したらヤバいからそうしたんだって」
「あ、それもそうね。まああっちの方よりはずっといいけど」
「ブリリアントゴージャスエルフは嫌だったのか?」
「嫌よ! 絶対嫌! いくらエドでもこれは譲れないんだから!」
「お、おぅ!? いや別に、無理に押しつけるつもりはねーけど……」
かつてこれほどまでにティアが激しい反応を示したのは、純ミスリルがロックワームのウンコだと教えたときくらいだ。そんなに嫌だったのか……割と響きはいいと思うんだがなぁ。
「まあとにかく、勇者パーティに入ることはできたんだ。これで何とか最初にしくじった分は取り返せたか」
「勇者パーティって、私達の方に勇者を入れた場合でも大丈夫なの?」
「平気だろ、多分。一緒に行動してさえいればいいんだしな」
少なくとも人数差が影響しないことは、ハリスやゴウが大丈夫だったので証明されている。ならば俺、ティア、シュバルツの三人で動く分には問題無いはずだ。
「ならいいけど……じゃあ次は? 普通に冒険するの?」
「そうだな……」
ティアに問われ、俺は顎に手を当て考え込む。正規の仲間二人は抜けてしまったが、戦力的には俺とティアの方が圧倒的に上なので、危険な場所の探索などは問題ない……どころかむしろ今回の方が楽だ。
対して人の街で活動する場合は……いや、別に平気か?
「そうか。俺が無駄に暴れたりしないなら、普通に活動しても平気なのか。ならとりあえずは一周目に倣って旅をするのがよさそうだな」
今後の道程を思い浮かべてみても、特に問題がありそうな場所はない。少なくとも一周目の通りであれば、俺が行く先々で「我こそ大魔王なり!」なんて喧伝しない限りは平気だろう。
「ふむ、そういうことなら、出だしはのんびりと行くか」
一周目と違って魔王討伐という結末まで世界を進める必要はあるが、それはもう少し勇者との関係をどうにかしてからだ。ならば焦る必要はないし、焦ってやるべきこともない。
久しぶりに弛緩した空気を、俺はまったりと満喫することにした。




