勇者シュバルツの悲劇:下
今回も三人称です。ご注意ください。
「…………はっ!?」
勇者シュバルツが目覚めたのは、何処にでもありそうな宿の一室だった。これといって特徴のない木の天井を見上げながら、勇者はすぐに自分の身に起きたことを思い出してベッドから飛び起きる。
(ここは何処だ? 私は一体……何故生きている?)
「あら、起きたのね?」
「っ!?」
と、そこで不意に背後から声をかけられ、シュバルツは慌てて振り返る。するとそこには自分とよく似た容姿をした、若いエルフの女性が立っていた。
「君は……?」
「私? 私はティアよ。ダークホワイトエルフのティア」
「だ、だーくほわいと?」
「そんな顔しないでよ! 私だってどうかなって思ってるんだから! でもブリリアントゴージャスエルフよりは、こっちの方がまだいいかなって……」
「……あ、ああ。すまない。いや、そうだな。他人の種族名に驚くなど、無礼だった。心から謝罪しよう」
不機嫌そうな顔でブツブツと独り言を言うエルフに、シュバルツはまっすぐに頭を下げて謝罪した。生まれどころか種族にケチをつけるなど、場合によっては殺し合いに発展してすらおかしくない非礼な行いだからだ。
「いいわよ、別に。じゃ、呼んでくるからちょっと待ってて」
「呼ぶ? 呼ぶとは、誰を……ああ、私の仲間達か?」
「えっと……ま、まあとにかく、ちょっと待っててね」
何かを誤魔化すようにして、ティアと名乗ったエルフが部屋を出て行く。そのままシュバルツが少し待つと、部屋に入ってきたのは全くの予想外な人物であった。
「魔王エンド!?」
「ふむ、元気そうだな勇者よ……ちなみに我は大魔王だ」
「貴様、どうしてここに!? 私の仲間はどうした!?」
「お前の仲間なら……もういない」
「…………殺した、ということか?」
シュバルツの目に殺気が宿る。が、それを向けられた大魔王エンドは、微妙に言いづらそうに視線を逸らす。
「そうではない。あの二人はお前より先に正気に戻ったのだが……『自分達に勇者パーティはまだ早かった』と言って、出て行ってしまったのだ」
「あー……そう、なのか」
実は泣いて命乞いもされたのだが、エンドはそこまでは伝えなかった。だがシュバルツは何となくそういう気配を感じ取ってしまい、やり場のなくなった殺気が頭のてっぺんからプシューと音を立てて抜けていく。
「まあ、うん。私の仲間達のことはわかった。長く連れ添っていたならともかく、今回の二人はまだ仲間になったばかりだったからな。前の姉妹と違って命を賭けるほどの目的もなかったようだし……あの殺気、気配? とにかくあれに晒されたのだから、それも仕方ないだろう。
それはいい、済んだことだ。それよりも魔王……お前は何故私を助けた?」
「何故? お前、やっぱり我の話を聞いていなかったのだな?」
「聞いたさ。貴様が世界を終わらせると――」
「聞いてねーじゃねーか! あ、いや、ゲフン……違うぞ、我はそんなことは言っていない。我はあくまで『勇者と魔王の時代を終わらせる』と言ったのだ」
「……? それの何が違うんだ?」
「全然違うだろう! いいか? 勇者と魔王がいなくなるということは、世界から逸脱した力を持つ者がいなくなるということだ。無論それだけで世界が平和になったりはしないだろうが、少なくともたった二人の理不尽な力によって世界の運命が決定づけられるようなことはなくなるはずだ。
それこそが本来世界のあるべき姿。故に我はそうするためにここに来たのだ」
「……つまり、私を殺しに来たということか?」
「だから何でそう物騒な方にばっかり……まあ半分はそうだな。勇者であるお前は、我が力の前に『終わる』ことになる。
だが、同時に魔王も終わるのだから、悪い話ではないだろう? 少なくともお前の旅の最終目的は果たされる。世界から魔王がいなくなり、お前達が言うところの『平和』はもたらされるだろう」
「……………………」
大魔王エンドの言葉に、シュバルツは深く考え混んだ。知らずベッドにストンと腰を落とし、うつむき目を閉じ思いを巡らせ……そしてその口が覚悟と共に開かれる。
「……わかった。だが確証もなしにはいそうですかと渡せるほど、勇者の命は軽くない。もしお前が本当に魔王を倒してくれたなら、その時は私の命も、お前にやろう」
「…………やっぱりどっかずれてんだよなぁ」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何も……ふぅ、わかった。ならばお前は我が魔王を倒すのを見届けるということでいいのだな?」
「そうだ。勇者であるこの私を苦もなく倒せるお前なら、きっと魔王も倒せるのだろう。私はそれを見届ける」
「ふむ、どうやってだ?」
「……………………え?」
大魔王エンドの問いに、シュバルツは虚を突かれたようにポカンと口を開ける。
「いや、だから我が魔王を倒すのを、どうやって見届けるのだ?」
「どう……どう? 倒したら、教えてもらう……とか?」
「それでいいのか? 我が『魔王を倒してきたぞ』と一言告げるだけで、お前はそれを信じて勇者の力を差し出すのか?」
「むぐっ、それは確かに、ちょっと…………いや、でも、えぇ?」
先ほどとは全く違う方向性で、シュバルツは再び頭を抱えて悩み出した。だが事後報告で納得できる気はしないし、死体を持ってこられたとしても、それが本物の魔王だと確認する術がない。生きている間なら勇者の直感でわかるが、流石に死体に勘は働かないだろう。
かといって魔王を生け捕りにして連れてきてもらい、目の前で倒してもらうというのはいくら何でも図々しすぎる。なら一体どうすれば……と思考が迷走していると、不意にその肩をトントンと叩かれた。
「ねえ勇者さん? そんなに迷うなら、私達と一緒に来たら?」
「……君達と一緒に行く?」
屈託のない笑みを浮かべるエルフの女性に、シュバルツが頭を上げて問う。
「そうよ。私達と一緒に行くの! そうすれば自分の目で魔王を確認できるし、それが確実に倒されたってわかるじゃない。ねえ、大魔王様? 勇者さんを一緒に連れて行ってもいいわよね?」
「うむん? ティアがそうしたいというのなら、別に構わんぞ」
「なら決定ね! ほら、勇者さん! 一緒に行きましょ!」
そう言って、エルフの女性がシュバルツに手を差し伸べてくる。それをシュバルツがしばし見つめ、その手を掴もうとした瞬間。横から伸びてきた大魔王の手が、シュバルツの手を強引に握りしめた。
「いいだろう。では勇者シュバルツよ。お前を今から我が大魔王パーティの一員として迎え入れる!」
「だ、大魔王パーティ!?」
「そうだ! 光栄に思えよ? 大魔王の仲間になった勇者など、お前が初めてだろうからな!」
「わーい! じゃ、これでみんなで旅ができるわね!」
「うむうむ。賑やかな旅になりそうだ」
満足げに頷く大魔王エンドと、無邪気にはしゃぐダークホワイトエルフのティア。そんな二人を前に、勇者シュバルツの内心に言いようのない焦りが生まれる。
(ひょっとして私は、今とんでもない決断をしてしまったのではないか? 勇者が魔王の仲間などと……え、これは大丈夫なのか?)
「フフフ、悩んでいるな勇者よ」
「いや!? そんなことは――」
「隠さずともよい。ならばそんなお前に、一つ助言をしてやろう」
「助言?」
「そうだ。大魔王には三つの能力がある。その内二つは先の戦いで見せたな? 曰く、大魔王には並の攻撃は効かない。曰く、大魔王には並の魔法も効かない。そして最後の一つは……」
「……ゴクッ」
神妙な顔で唾を飲むシュバルツに対し、大魔王エンドがニヤリと笑ってそれを告げる。
「曰く、大魔王からは逃げられない。今更お前が何をしようとも、もうお前は我が大魔王パーティの一員なのだ! ハッハッハッハッハ!」
「…………あ、あはははは」
こうして引きつり笑いを浮かべながら、勇者シュバルツは史上初めて、勇者として大魔王の仲間になるのだった。




