勇者シュバルツの悲劇:上
今回と次回は三人称です。ご注意ください。
それは勇者シュバルツが新たな仲間を迎え、次の街へと旅立った翌日のこと。見通しのいい街道を歩く勇者一行の前に、不意に一人の男が立ちはだかった。
「クックック、貴様が勇者か?」
「いかにも、私は勇者シュバルツだが……お前は誰だ?」
聖王より賜った白銀の鎧と、太陽のようだと称される輝く金髪。森の深い慈愛を示すと言われる翠の瞳を持つシュバルツを見間違える者はまずいない。ならばこそ目の前に現れたのが微妙にしょぼくれた若い男だったとしても、シュバルツは油断なく構えながら問う。
だがそんな勇者に対し、目の前の黒髪の男は引きつったような笑い声をあげ、嘲るような視線を投げかけてくる。
「ほぅ? 勇者が我を……我を『誰だ?』と問うか! ならば答えよう。我はエンド。大魔王エンドだ!」
「……大魔王?」
仰々しく両手を広げて言う男に、しかしシュバルツは顔をしかめる。自分とそう変わらない身長に、自分よりやや痩せている体つきをした、自分より若いであろう人間の男。その身には鎧の一つも纏っておらず、武装と言えるのは腰に下げた安っぽい剣のみ。
はっきり言って、強そうには見えない。だが勇者の直感が、この男を侮るべきではないと告げてくる。
「何だコイツ? 勇者様、ここは俺に任せてくださいよ!」
「いや、しかし……」
「大丈夫ですって! おうお前! 何が目的かわかんねーけど、そんなご大層な名乗りをあげたからには、覚悟ができてんだろうな? 勇者様の一番の仲間であるこのガンド様が、ボッコボコに叩きのめしてやるぜ!」
「あ、おい!?」
シュバルツが止めるより前に、重装に身を包んだ戦士の男が走り出す。全身に金属鎧を纏っているにも拘わらずその速度は普通の大人が走る程度はあり、振り上げた斧が風を切り裂き不審な男の脳天に直撃するが……
「あ、あぁ!? どうなって――」
「笑止」
「ぐはっ!」
確かに直撃した斧は、しかし不審な男を傷つけるどころか、僅かによろめかせることすらできなかった。代わりに男がそっと伸ばした手が触れた瞬間、ガンドの巨体が二メートル近く吹き飛ぶ。
「知らんのか? 大魔王にその程度の攻撃が通じるものか」
「っ!? 気をつけろ、強いぞ!」
「何を今更。我が強いのは当然だろう?」
「燃え尽きろ! 『バーニングランス』!」
不遜な笑みを浮かべる男に、勇者の背後から灼熱の槍が飛び出す。だが鋼鉄の鎧すら溶かして貫通するはずの一撃も、男に触れた瞬間に霧散してしまう。
「そんな!? 魔法がかき消された!?」
「未熟。そして……迂闊!」
「カハッ!?」
しっかりと注視していたはずなのに、勇者の眼前から男の姿がかき消える。それと同時に背後から仲間の呻く声が聞こえ、慌てて振り返ってみれば……そこには腹を押さえて崩れ落ちる魔法師の男の姿があった。
「貴様、よくも……っ!」
「フンッ。身の程をわきまえぬからだ。さあ、これで残るはお前だけだぞ?」
「舐めるな! 私は勇者シュバルツだ!」
「それがどうした!」
勇者の抜いた輝く剣を、男が安物の剣で受け止める。二度三度と斬りかかっても、その差が埋まることはない。
「くっ、何故そんな剣で私の剣を受けられる!? 聖剣ではないとは言え、これは聖王陛下から賜った名剣だぞ!?」
「決まっておろう? それだけ我と貴様の力に開きがあるということだ」
「そんなはずがあるかっ!」
五度六度と剣が打ち合わされても、状況は変わらない。男は余裕の表情を崩さず、勇者の額には一筋の汗が浮かぶ。
だがそれでも、勇者は諦めない。せめて仲間が再び立ち上がるまではと必死に剣を振り続け……鋼の打ち合う火花が三〇回目の瞬きを見せたとき、遂に場が動いた。
「む?」
「ハァ、ハァ……見たか!」
男の手にしていた剣、その刀身がベキリとへし折れる。素早く距離を取った男に、勇者は追撃よりも己の呼吸を整えることを選んだ。するとその横には立ち上がった仲間達が寄り添い……だが男はそんな勇者一行に、つまらなそうな目を向ける。
「何というか……拍子抜けだな。こんななまくら一本をへし折ったことが、それほど嬉しいか? 何もできずに地べたに転がっていた仲間が隣にいることが、それほど心強いか?」
「負け惜しみを! 実際にお前は唯一の武器を失い、私の仲間は再び立ち上がった!」
「そうだぜ! もう二度と同じヘマはしねぇ! 今度こそぶっ飛ばしてやる!」
「魔法の無効化など、そう乱発できるものではないはず。勇者様達と戦いながら、こちらの魔法にまで意識を回せますか?」
「……………………」
「観念しろ! お前が本当に魔王かどうかは知らないが、そう名乗ったからにはここで終わりだ! この勇者シュバルツが……」
「クッ、フッフッフッ……」
「……何がおかしい?」
突然笑い出した男に、シュバルツは怪訝な視線を向ける。状況は自分達が有利になったはずなのに、背中を伝う冷や汗が止まらない。
「いやいや、終わり。終わりか……まさか勇者が、この我に終わりを告げるとはな……」
「…………降伏するなら、話くらいは聞いてやるぞ?」
「勇者様!? そいつは――」
「いいんだ。たとえ敵であろうとも……どうしても殺さなければならなかったとしても、話を聞かない理由にはならない。さあ魔王エンド、最後に言い残すことは……っ!?」
男……魔王エンドが、シュバルツの前でゆっくりと右手を横に振るう。するとその場を黒い風が吹き抜け、勇者の体に例えようのない悪寒が走った。
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?!?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」
「なっ!? おい、どうしたんだ二人とも!?」
それと同時に、シュバルツの横から仲間達の悲鳴が聞こえた。やむなく視線だけを動かして見ると、そこには恐怖に顔を歪め、赤子のように泣き叫びながら地面に転がる二人の姿がある。
「貴様、一体何をした!?」
「なに、ほんのちょっと撫でてやっただけだ。お前だって感じただろう?」
「それは――」
「それが『終わり』だ。本物の終わりだ」
スッと、大魔王が一歩勇者の方に足を踏み出す。それに対して勇者シュバルツは、自分も踏み出すのではなく、その分だけ後ずさり……そうしてしまった自分に内心で驚愕する。
(馬鹿な!? 勇者である私が、怯えて引き下がった!? こいつは、この男は一体……まさか本当に魔王だとでも言うのか!?)
「どうした勇者よ? お前が我を終わらせるのではなかったのか?」
「……っ! そうだ! 私は勇者シュバルツ! 人々の希望を背負い、魔王を倒す者だ! 魔王エンド、お前は私が――」
「ならば我も改めて告げよう。我は大魔王エンド! 異界にこぼれし我が力の欠片を回収し、勇者と魔王の時代に終焉をもらたす者なり!」
「世界を終わらせるものか! この世界は……私が守る!」
「……待て、話を聞いていたか? 我はあくまで勇者と魔王の時代を終わらせるのであって、この世界を終わらせるわけでは――」
「この一刀に、私の全てを賭ける! 食らえっ!」
「ええい、何で勇者というのは人の話を聞かんのだ!?」
勇者の力が極限まで込められた剣を前に、大魔王エンドは黒い渦から一本の剣を取り出す。夜明けを宿した美しい剣は勇者の剣と打ち合い……地上に落ちた小さな太陽がその光を失った時、立っていたのは大魔王であった。
「及ばなかったか…………すまない、みんな…………」
「ハァ……どうすっかなこれ……」
力を使い果たし意識が朦朧とするなか、勇者シュバルツが最後に聞いたのは、困ったような大魔王の声であった。




